ミャンマー:「スーチー大統領」遠のく
毎日新聞 2015年06月10日 21時55分(最終更新 06月11日 01時39分)
◇軍司令官、改憲を否定
【ネピドー春日孝之】ミャンマー国軍トップのミンアウンフライン最高司令官(59)=上級大将=は9日、首都ネピドーの国軍迎賓館で、日本メディア、外国新聞社として初めて毎日新聞の単独会見に応じた。軍優位を規定した憲法について、改正へのハードルが極めて高い改正条項に触れ「それがあるから(軍優位は揺るがず)国家が安定している」と述べ、改正はあり得ないとの踏み込んだ姿勢を示した。
国会は最高司令官が指名した軍人議員が4分の1を占める。憲法改正には「全議員の4分の3超の賛成」(436条)が必要で、国会採決で最高司令官が事実上の拒否権を握っている。国会では改正論議が続くが、最大野党・国民民主連盟(NLD)のアウンサンスーチー議長はこの条項の改正を「民主化への核心」と位置づけ「最優先」に掲げてきた。
最高司令官は一方で「私たちは複数政党の民主制に乗り出したばかりだ。まず(少数民族武装勢力の)武装解除が不可欠で、統治権を永続化できるレベルにまで国を安定させる必要がある」とも述べた。国の安定を獲得するために軍優位を維持すべきだとの姿勢を示したものだ。
何はともあれ憲法の根幹には触れるな、との強い決意をにじませた格好で、スーチー氏などの反発は必至とみられる。
ただ、核心部分以外での改正については「憲法は生き物であり、機能していないところは改正すべきだ。軍人議員は改正案を提案している」と述べ、改正に全面反対しているわけではないとの柔軟な姿勢も強調した。
一方、スーチー氏は大統領職に意欲を示しているが、英国籍の息子がいるため、憲法の大統領資格条項(59条)に抵触する。今年11月には2011年の民政移管後初の総選挙があり、国会での大統領選と続く。だが総選挙でNLDが圧勝しても、スーチー氏の大統領選への「出馬」はかなわない。
最高司令官は、この条項の改正の可否については言及を避け「彼女は自らの経験を基に、この国のためにできることがある」と述べるにとどめた。
最高司令官は民政移管に際し、当時の最高指導者タンシュエ氏から後継指名されて国軍トップに就任。昨年11月、初めてメディアのインタビュー(米政府系ラジオ局VOA)に応じた。
◇最高司令官発言(要旨)
ミャンマー国軍のミンアウンフライン最高司令官の発言要旨は次の通り。
【憲法改正】安易な改正は利益にならない。まずは国家の安定を確保する必要がある。2011年から複数政党の民主制に乗り出したばかりだ。(少数民族武装勢力の)武装解除が不可欠で、統治権を永続化できるレベルにまで国を安定させる必要がある。
(軍優位を規定した)436条に関して言えば、この条項によって国家の安定が保たれている。国家の安定が確保された後には人々はもはや改正は必要ないと思うはずだ。今はまだ、436条の改正にふさわしいタイミングではない。(国の根幹に関わる部分以外は)憲法は生き物であり、機能していないところは改正すべきだ。軍人議員は改正案を提案している。
【アウンサンスーチー氏】スーチー氏の個人的な印象を語るのは難しい。(建国の父である)アウンサン将軍の娘であり、国民によく知られた人物だ。彼女は自らの経験を基に、この国のためにできることがある。彼女には一人の国民として認められた権利があり、それに基づいて行動するのであれば、この国にとって有益だろう。
【IS】(ISがミャンマーに浸透する可能性を)警戒する必要がある。ラカイン州の問題は二つあり、一つは困窮から難民となるイスラム教徒の問題だ。もう一つがISのような(イスラム過激派が絡んだ)宗教的な問題だ。
ISの動向を注視しており、(ロヒンギャが)扇動されないとは言い切れない。いくつかの報告は受けているが深刻ではない。現状では潜在的な脅威だ。ISの問題は、1国ではなく、多くの機関や国と連携して対処する必要がある。
【対中関係】少数民族のコーカン武装組織のリーダーは旧ビルマ共産党の元幹部であり、中国は1985年までビルマ共産党を支援してきた。武装組織には麻薬や兵器製造など違法ビジネスをやめるよう繰り返し警告したが、(彼らは)代わりに警官を殺した。
今回(の戦闘再開)はコーカン武装組織が自らの利益のために動いたものであり、中国政府とは関係ないと思う。中国政府がコーカンを支援している明白な証拠はない。中国はミャンマーの隣国であり、我が国の発展を支えてくれる戦略的パートナーだ。
【タンシュエ元国家平和発展評議会議長】国軍のよき父親だ。個別の政治問題に言及することはないが、折に触れて国家の利益のためになる指導をしてくれている。率直に言えば、国軍は彼の努力によって近代化を遂げた。同じように彼はミャンマーを民主主義に向かう道へと押し出した。
11年に大統領に選出されたテインセイン氏は各派に停戦を呼びかけ、現在では銃声を聞くことはほとんどなくなっている。これもタンシュエ氏の築いた(民主化の)基礎がなければ困難だっただろう。【ヤンゴン支局】