なぜ?最先端病院で相次ぐ死者
6月10日 20時11分
日本が世界に誇る先端医療の信頼が揺らぐ事態となっています。重い肝臓病の子どもを中心に、国内でこれまでに5000人以上の患者の命を救ってきた生体肝移植。
「医療産業都市構想」と銘打ち、その技術を海外に向けてアピールしようと、生体肝移植の世界的権威を病院長に迎え、去年11月、神戸市に開設された病院「神戸国際フロンティアメディカルセンター」で問題は起こりました。
生体肝移植の手術を受けた9人の患者のうち、インドネシア人を含む5人がいずれも手術後、1か月以内に死亡したのです。死亡率は日本の平均を大幅に上回り、これから生体肝移植を受けようという患者にも不安が広まっています。
今後も手術を続けるとする病院に対し、中止を求める学会。医療現場ではいったい、何が起きているのか。
科学文化部の稲垣雄也記者が解説します。
高い死亡率の原因は・・・
問題が発覚したのはことし4月。
病院の開設からことし3月までの4か月間に生体肝移植の手術を受けた7人の患者うち、4人が相次いで死亡したことを受け、専門の医師で作る日本肝移植研究会が調査に乗り出しました。
この事態を受け、病院側はいったん手術を中止すると発表。
この病院の理事長は、2000例以上の手術経験を持つ生体肝移植の世界的権威、京都大学の田中紘一名誉教授でした。
亡くなった4人のケースではいずれも田中理事長が執刀するか、手術に参加していて、「亡くなったのはいずれも手術前の状態が悪く、治療を尽くしたが助からなかった患者だ。ミスがあったとは考えていない」と説明していました。
死亡率が高いのは難しい手術が多かったためだと主張したのです。
研究会との対立
ところが、調査を行った日本肝移植研究会は、病院への聞き取りなどをもとに、亡くなった4人のうち3人は、手術の計画や術後の管理などに問題がなければ命を助けられた可能性があるとする報告書をまとめました。田中理事長の主張とは真っ向から対立する意見です。
報告書は病院に送られ、詳細は明らかにされていませんが、実は、報告書では、1つ1つのケースについて、患者が亡くなった原因や問題点などを検討していました。
具体的には、死亡した生後10か月の胆道閉鎖症の男の子のケースでは、出血を抑えるためのビタミンKが投与されておらず治療が不適切だったとしたうえで、通常、顕微鏡などを使って子どもの細い血管をつなぎ合わせるのに、そのための医療器具が準備されておらず、血管がうまくつながらずに肝臓の機能が低下し、死亡したとみられると指摘しています。そのうえで、顕微鏡などを使った手術をしていれば男の子は助かった可能性があるとしました。
また、40代の男性のケースでは、提供された肝臓に脂肪がたまり機能が落ちていたのに、移植する肝臓の量が足りないかもしれないことについて十分、注意が払われていたのか疑問だと指摘しました。
報告書では、さらに、移植医療で重要な循環器内科の医師などが病院に常駐しておらず、体制が不十分だといわざるをえないと指摘。
組織を抜本的に改めるまでは、移植手術は中断すべきだとしたのです。
反論し、手術再開も・・・
この報告書に対し、田中理事長は会見を開いて、「ミスや判断の誤りはない」などと反論しました。
そして、手術の際、ほかの施設の医師に参加してもらうことが決まり、「安心して手術を受けてもらえる体制が整った」などとして、今月3日に手術を再開。
しかし、再開後の1例目となった63歳の男性も手術直後に死亡しました。
これで、これまでに手術を受けた9人のうち5人が死亡したことなり、死亡率は50%を上回りました。
手術再開後に患者が死亡したことについて、田中理事長は記者会見の中で、「50%程度の成功率が得られるとして行い、家族にもリスクを説明した。家族の思いに答えられず重い責任を感じている」と述べたうえで、「患者さんの思いを必ず次の患者さんの役に立てると誓いたい」などとして、今後も手術を続ける方針を明らかにしました。
広がる不安
生体肝移植の手術は、重い肝臓病の子どもを中心に、国内でこれまで5000人以上の患者の命を救ってきました。
現在では大学病院を中心に30余りの病院で行われていますが、1年生存率の平均は80.8%と世界トップクラスの成績です。
欧米に比べて脳死のドナーが少ない日本では、移植でしか助からない重い肝臓病の患者を救うほとんど唯一の治療法として、世界に先駆けて生体肝移植の手術の技術が発展してきたという背景があります。
しかし、生体肝移植の国内での普及の中心を担ってきた田中理事長のもとで行われた手術で死亡が相次いだことで、医療現場には不安が広がっています。
生体肝移植を行う都内の病院の医師によると、これから手術を受ける患者から、「生体肝移植は危ないのではないか」、「本当に受けて大丈夫か」といった不安の声が聞かれるようになり、中には「手術を考え直したい」と言う患者も出ているということです。
信頼の失墜懸念
そして、こうした不安が海外にまで広がり、日本の医療の信頼が失われるのではないかと懸念されています。
神戸国際フロンティアメディカルセンターは、日本の医療を海外にアピールすることなどを目的に、神戸市が進める「医療産業都市構想」の中核施設の1つとして設立された経緯があり、これまでに亡くなった5人のうち2人はインドネシア人でした。
問題を受けて記者会見をした日本移植学会の高原史郎理事長は、「日本の移植医療の信頼が失われるのではないかという危機感を抱いている」として、日本肝移植研究会と合同で病院に対して要望書を提出しました。
要望書では、▽体制が整えられるまで肝移植を自粛すること、▽体制が整備されたかどうかは第三者が確認すること、そして、▽これまで行った9例すべての手術について、第三者による検証を行うことを病院側に求める厳しい内容になっています。
これについて、病院は「現時点では要望書が届いていないのでコメントできない。内容を確認したうえで対応を検討したい」としています。
一連の問題について、神戸大学大学院の具英成教授は「移植手術は、術後も24時間体制で感染症や拒絶反応がないか経過を慎重にみていかなければならず、循環器や感染症などさまざまな診療科の医師の手厚いバックアップ体制がなくては成り立たない医療だ。現状の体制で取り組むのは無謀だったと思う」と述べたうえで、「生体肝移植は健康なドナーを傷つける医療なので、いくら患者が期待しているからといって成功率を度外視してやるべきではない」と指摘しています。
注目される立ち入り検査
こうしたなか、神戸市は重い腰を上げ、ようやく調査に乗り出しました。今月8日、手術の体制に問題がなかったかなどを調べるため、病院の立ち入り検査を行ったのです。
これについて、専門家からは、その後、2か月近く神戸市の病院に対するチェック機能は果たさないまま、手術が再開されたという批判も出ています。
日本が誇る生体肝移植の手術でなぜ患者の死亡が相次いだのか。病院の体制は本当に整っているのか。
近く公表される神戸市の立ち入り検査の結果が注目されます。