社説:安保転換を問う 防衛費…財政リスクも議論せよ
毎日新聞 2015年06月10日 02時30分
集団的自衛権の行使などを可能にする安全保障関連法案の議論で、重要であるにもかかわらず、あまり話題にならないのが「お金」だ。国外での自衛隊の活動が大幅に拡大し、米軍との連携も強まる。そうなれば、防衛費を増やさざるを得ないのではないか。自然に湧いてくる疑問だが、政府は具体的に語ろうとしない。
防衛費への影響に関する国会での数少ないやりとりの中で、中谷元防衛相は「装備の大増強が必要になるということではない」とかわした。すでに防衛大綱や中期防衛力整備計画(中期防)で総額が固まっている、との根拠だが、現在の中期防の対象は2018年度までの5年間だ。毎年実質0.8%の伸びを想定するが、19年度以降はわからない。
防衛費を増やしたいというのが本音ではないか。そう思わせる安倍晋三首相の発言があった。4月末に訪問したワシントンで「経済を成長させれば、社会保障の財政基盤が強くなり、防衛費をしっかり増やしていくことができる」と語っている。
問題は、成長率上昇による税収増だけで余裕が生じるほど、日本の財政難は軽くないことだ。
目を国外に向けてみよう。
米国ではこのところ、国防予算の大幅な削減が続いている。10年度から5年間で総額16兆円相当圧縮された。戦費を含まない基本予算でも4兆円規模の減少だ。財政健全化の一環である。米国と「特別な関係」を保ってきた英国も、米軍幹部が懸念をあらわにするほど国防関連の歳出を切り込んでいる。
国の債務残高(国内総生産比)で日本は約230%と、米国の約110%、英国の約96%よりはるかに深刻だ。最も財政健全化を迫られている危機的状況なのである。
仮に防衛費の本格的な上積みを政府が望んでいないとしても、安保法制を整えることで、米国に日本の負担増への期待を抱かせることになりはしないか。また、中国との緊張関係をさらに悪化させ、日本が防衛費を増額せざるを得なくなる事態を自ら招くことにならないか。ここで忘れてならないのは、中国の国防費がすでに日本の3倍ほどあり、今後も年10%近い伸びを続けていく可能性があるという現実である。
日本の今の財政は、日銀の異次元緩和で人為的に維持された異例の低金利が支えている。国民の命とくらしを守るための安保法制というが、財政危機に見舞われ、社会保障を維持できなくなっても国民の命やくらしは脅かされる。
政府には、内なる財政のリスクも含め、安全保障を語る責任がある。