一瞬、聞き間違えたかと耳を疑った。

 「現在の憲法をいかに法案に適用させていけばいいのか、という議論を踏まえて閣議決定を行った」。安全保障関連法案を審議する衆院特別委員会での、中谷元・防衛相の答弁である。

 前日に衆院憲法審査会で3人の参考人が安保関連法案は「憲法違反」と断じたことを受け、民主党の辻元清美氏が「政府は法案を撤回した方がいい」と指摘したことに対するものだ。

 憲法「を」法案に適用させる――驚くべき発言である。

 言うまでもなく、憲法は日本の最高法規であり、憲法「に」法律を適用させなければならない。ところがいま、政府の方針を最上位に置き、それに合わせて法律をつくることで、実質的に憲法を変えてしまおうというまさかの事態が進行している。その一翼を担っているのが、仮にも「法の番人」と称されてきた内閣法制局である。

 法制局は、憲法違反の法案が国会に提出されないよう事前に審査し、「法の支配」を守る役割を担ってきた。いや、「番人」ではなく、曲芸的な憲法解釈でむしろ政治を支えてきたのだとの批判は常にあるが、それでも、現憲法下では集団的自衛権の行使は認められないという一線は守ってきた。

 憲法審査会で笹田栄司早大教授は、これまでの法制局の仕事を「ガラス細工と言えなくもないが、本当にギリギリのところで保ってきていた」と評価し、今回はそれを「踏み越えてしまった」ので違憲だと指摘した。

 だが、横畠裕介法制局長官はどこ吹く風、複数の元長官の批判や懸念にも背を向け、「政権の番人」としての覚悟すら感じさせる。その姿は、人事に手を突っ込まれた時の官僚組織の弱さを見せつけている。

 今回の安保法制を突き詰めると、最後には、生死にかかわる重大な判断を無限定に委ねてしまえるほど、政府を、政治を信頼できるかという問いが残る。

 人事で法を我がものにしようとする安倍晋三首相。専門家集団としての矜持(きょうじ)を捨て、一線を越えた内閣法制局。自らが国会に招いた参考人の「違憲」の指摘を「人選ミス」と矮小(わいしょう)化し、政府に憲法を守らせる役割を忘れて追認機関と化す与党。そして誰が何と言おうとも、立ち止まる気配すら見せない政府。

 自省と自制を欠き、ブレーキのはずれた人たちに、国の存立がかかった判断を委ねられるか――答えを出すのは、首相でも与党でもない。主権者たる私たちひとりひとりである。