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2013年4月30日

2013年4月30日 (火)

AKB0048 21-24話前半を観た感想

今日も引き続き,AKB0048を観てみた。
ダウンロード時間の都合で,今日は24話前半までしか観られていない。
元みぃちゃんが意外と早く正体をバラしていて拍子抜けだった。
まあいいいいけど。
しかし,それで,元みぃちゃんがAKB0048への裏切りが失敗して研究生に降格すると
言い出したら,本物のみぃちゃんもスキャンダルで研究生に降格したのだから,
アニメだからと言って滅多なことは言えないと思った。
ツバサも元みぃちゃんも,センターノヴァとして消えていったメンバーを
取り戻そうとしていたが,私にはセンターノヴァとして消えるということが
イマイチ理解できなかった。
センターノヴァとして消える人生,生涯ひとりの人生を,女の子が望むか?
・・・望まないと思うのである。
人生のある一時期はひとりで戦うこともあるかも知れないが,
一生戦わねばならぬ運命というのは違うと思う。
いや,たとえば,美空ひばりだとかマイケル・ジャクソンのようなヒトは,
一生戦ったと言えると思えるのであるが,彼らはどこか,自分の芸能人などとしての
キャラクターに翻弄されてアップアップで,それが人生を短くしたと思うのである。
一生戦うヒトはけっきょく,死ぬ間際に,ココロから生まれて来てよかった!と
言える人生を送れていないのではないかと,私などは思ってしまうのである。
アップアップの人生で50歳程度で亡くなってしまうくらいであれば
(ちなみに,美空ひばりは52歳,マイケル・ジャクソンは50歳で亡くなっている),
腹八分目で抑えた人生で,80歳まで生きてもらったほうが,
トータルでいろんなことができると思うし,AKBの子らにもそうして欲しいと思う。
今後いくら現実のAKBを,メンバーや秋元康が崇高なものに昇華できようとも,
センターノヴァとして消えるという設定はどうしてもおかしいと思うのである。
キララドライブも,アイドルに反応してエネルギーとなるように受け取れたが,
そうするとこの作品の中では,AKBなどのアイドルは,例えがよくないかもであるが,
現実世界における核エネルギーみたいなものと言えると思った。
核は平和にも利用できるし,軍事にも利用できる諸刃の刃であるからである。
(核は事故や,ヒトの恣意的な操作などはない前提で。
実際には恣意的な操作ありまくりとも思っているが)
しかるに,核はその与え得る被害を前提に,争いのカードとなることはあっても,
核自体が戦争の対象となり,生成や消滅をかけた目的になることは有り得ない。
たとえばアメリカが,核の獲得のために戦争を始めるなんてことは有り得ないのである。
そういう現実とAKB0048と比較すると,力を秘めていることが明らかな
AKB0048が芸能禁止になる理由がどうも希薄と思えるのである。
逆に,智恵理の父親は,凪沙の父による,芸能のある星のほうが労働効率が
上がるという論文を,信用しなかった。
これは,アイドルがエネルギー源になれることを智恵理の父親は信じていないことを
意味しており,アイドルに関してどうも設定に矛盾があると思った。
モフフとかフンギーの出てくるところは,モフフがピカチュウで,
フンギーは王蟲とトトロの合いの子みたいなイメージを持った。
しかし,設定が薄っぺらい。
フンギーに対して,言葉は伝わらないけれども歌を歌えば伝わるというのは,
それ自体は悪くない設定と思うのであるが,23話まできて突然そういう話が出てきて,
丹念に描きもせずにたった一曲の間に人間とフンギーが仲良くなれてしまうという描写は
描き方が短絡的過ぎておかしい気がする。
私がよく主張することに,いくらいいことを言っているとしても,
相手の受け取りやすい言葉を提示せねば,相手は,アタマでは分かったつもりでも,
ココロの底から理解することはできないのである。共感はできないのである。
フンギーに歌を歌って分かり合えました,という設定も,あの短時間では,
視聴者は,そういうことも有り得るかも,とアタマでは分かってもらえても,
たとえば自分のペットの犬に1曲歌っただけで瞬時に仲良くなれるかどうかを
考えたら分かるが,ココロの底から共感してもらうのは難しいのではないかと思う。
そして,ココロの底から共感してもらえない作品は,どんないい理屈を言おうが
忘却の彼方に消えてしまうのである。
そういう人間の摂理を,河森監督はどうも分かられてないように思う。
私がマクロスを観たのはいまから約30年前,小学校2,3年の頃のことであったが,
子供心に,リン・ミンメイの恋愛の設定など面白いと思った。
しかし,リン・ミンメイに費やした深さが,AKB0048では感じられないと思う。
機会があれば,検証のため30年ぶりにまたマクロスを観てみたいと思うのであるが,
いくらあのときよりも安いカネしかもらえていないからといって,
河森さんも,よりよいアイデアをよりたくさんカタチにできるくらいに
成長されていなければ困るわけで,そういう河森さんの深さが感じられないと思った。
凪沙と智恵理が,お父さんに対して一生懸命言ったら分かってくれる,と言っていたが,
現実は,たとえば殺戮し合っている人々を前にして歌ったとしても,
全員無視するであろうことは容易であるし,一生懸命言ったとしても
受け取り手が聞く気を示さねば伝わらないのである。
たとえば私がいくら実母に一生懸命言っても,しかもそれを30年間続けても,
自分の私利私欲しか考えない実母は,いつまで経っても理解しようとしないのである。
そのあたりが,まだまだ認識が甘いと思った。
ところで,智恵理のお父さんはたまに出てくるが,お母さんは全く出てきていない。
もしかしてお母さんは,亡くなった設定なのであろうか?

ワタシの母親を見ているようだ

母親はワタシに対して,「あなただけが生きがい」と言い,ワタシが何年も何年も, 絃のようにいくら,その考えをやめて自分が打ち込めるものを見つけることの 大切さを諭しても,理解しようとはしませんでした。 それが,いまのワタシと母親の不幸な結末に結びついています。 母親は,昭和18年生まれで,親を早くに亡くして,兄の言うままに見合いで来ました。 そして,信じられないことに,それしか結婚の形態はないと考えています。 ワタシは母親を捨てていま,ドイツにいます。 ワタシは母親には連絡を取っていないにもかかわらず,こともあろうか2chに, ワタシの望まぬお見合いを強要し,日本に帰国して, ワタシの人生ではなく母親の望む人生を強要しようとしています。 子供は,親の幸せよりも,自分の幸せを追求する権利があります。 ------ hidenobu onishi 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 http://anago.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1355273129/715 715 :晴:2013/04/20(土) 07:00:57.75 ID:CZv1rwc30 良縁は些細な事から結ばれるものですが、 一度結ばれた縁を切るのは難しいと お花の先生が言っていました。 なにがあっても切れないのが家族の縁ですよ。 パスポートを作ってくれた頃に戻ってくれませんか? ------ このような考えは,日本国憲法の基本的人権にももとることです。 ワタシが母親に望むことはただひとつ。 死んでください。 “カレが私の生きがい”で大丈夫? 「重い」女の思考回路 http://www.sinkan.jp/news/index_3516.html

My enemies may come. Please check at the border of EU. Part3

Dear Deutsche Bundesamt and UNHCR Berlin & Japan office, Reporters without borders
Cc: Prof.Wolferen, ISO central office
I am Hidenobu Onishi, the first refugee of Deutschland from Japan.
My ID number of Deutschland is 5556608-442.
Nervous things are written in Japanese BBS;
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1355273129/l50
900 :最低人類0号:2013/04/29(月) 12:12:16.91 ID:+knvj0mY0
大西が頭悪いのは、政府、日立製作所、母親が一緒に来る事を想定してない事なんだよな。
首相の代理がパスポートと成田までの航空券を提示して、
「帰国できる事になりました。」
日立製作所の人間が「帰国後に何も書かないのであれば、これまでの事は水に流します。」
母親が「私はあなたが傍にいてくれるだけで満足です。ゆっくり自分のペースでやり直しましょう。」
こうなったら随所にホームシックをうかがわせている大西は落ちると思う。
It says, Japaese Government's person and Hitacchi person and my real mother (Hiroko Onishi) will come to see me here in Deutscheland.
It also says, Japaese prime minister Shinzo Abe's proxy will come and present a passport and ticket to Tokyo and say, "Onishi has to go back to Japan."
If things go as mentioned above, I strongly indicate, I am a refugee from Japan.
I am now sueing Japanese Government and Hitachi.
So if Deutsche Government allowes that, I will be in danger from Japan.
I can think that may not be true, but I can't realize the conclusion.
Can you explain, abobe "900" is not true?
Best regards,
Hidenobu Onishi
kotochan0725@gmail.com
http://onicchan.cocolog-nifty.com/

ジブリ汗まみれ「山形市・シベールアリーナでの鈴木敏夫講演会」の回を聴いて思ったこと

スタジオジブリの皆々様,とりわけ鈴木敏夫さんへ
下記を聴いての感想です。
■2012/10/05 山形市・シベールアリーナでの鈴木敏夫講演会
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol235.mp3
ほんとうは,
■2012/11/08 渡辺恒雄さんが語る、盟友・氏家齊一郎氏について。
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol241.mp3
を聞いて書こうと思ったのですが,あまりにもネタにならなかったために
仕方なくもうひとつ聞いてみました。
渡辺さんの声が聞き取りづらくて,よくわからなかったというのもあります。
東大卒で新聞社に勤めたならば,もっとヒトをひきつける話術がないのか?
と思ってしまいます。
私は,最も頭のいい人間とは,アホに対してわかりやすく興味を持てるように
説明できる人間だと思っているのですが,渡辺さんはそうではないと思いました。
どちらかといえば,人々に支持されるヒトというよりも,権力をうまく使って
のしあがった,サラリーマンの典型というふうに思えました。
さて,本題の鈴木さんのお話なのですが,こちらは他の回にてお聞きしたような
ことと思いました。
鈴木さんは尾形さんをプロデューサーのあるべき姿として神格化されているようですが,
私は,ある面では尾形さんに倣いたいと思いながらも,全てを支持するわけではありません。
尾形さんはけっきょくのところ,よくできたサラリーマンプロデューサーだったように思います。
私もワーカホリックなところがあるのですが,宮崎さんも高畑さんも鈴木さんも,
それから秋元康さんなんかも,みんな,自分のやりたいことに一生懸命で,
1日8時間労働なんかできっかり仕上げられない,と思われていると思います。
それは,自分が生涯のうちで表現したいことはたくさんあり,1日8時間労働なんかでは
キチンと表せないと思われているからです。
しかるに,尾形さんは,定時で切り上げてカラオケに行かれたのですから,
1日8時間労働で表せる分だけ表したらそれでよし,という考え方だったと思われます。
鈴木さんはじめジブリの人々のように,カネは欲しいけれどもクチは出して欲しくない,
クリエイティブな能力が有り余っているヒトにとっては,それでもいいでしょう。
しかし,鈴木さんもうすうす気づかれているように,クリエイティブな能力を持ち,
それを,たまの気まぐれに思いついたときだけではなくて,何日も何日も継続的に
出していける人間は,世界に数えるほどしかいません。
もし鈴木さんが徳間書店にいなくて,アニメージュに鈴木さん以外を就けざるを
得なかった場合に,では尾形さんはどれだけのことができただろう,とも思います。
アニメージュはもっと散々な出来で,数回発行した後に廃刊になっていた可能性も
じゅうぶんにあると思っています。
それは,尾形さんがバンダイに招かれたときに,「半年くらいブラブラ遊んでくれ」
なんて言葉を真に受けて,バンダイに行かれなかったことからも明らかと思います。
私であれば,常務の肝いりでバンダイに行けるのであれば,遊べと言われたとしても
遊ぶのではなく,常務の威を借りてあれこれと自分のやりたいようにやります。
尤も杉浦さんも,何十年間勤めた徳間書店から環境が変わる尾形さんを気遣って
遊んでくれと仰っただけで,本心ではバリバリやって欲しかったのではないかと思います。
(尤も,名前だけを必要とし,必ずしもバリバリやってほしいとは思っていないような
経営者も多いと思っています)
ヒトと話をするときも,小説を読むときも,映画を観るときも,
自分がその立場になればどう動けるだろう,と考えてみることが重要と思うのですが,
"自分がその立場になれば"とつねに考えられるヒトは非常に少ないです。
私の知る限り,私しかいません。
私は,高畑さんにかつてお会いしたときに,評論を指摘して
「この作品を観てみなさんも考えてみるべきだ」みたいなことをよく書いていることを
指摘して,作品を観てなにかを受け取ったにも関わらず,それを自分で判断せずに,
ヒトに判断することを委ねる姿勢を,批判されていたのを目の当たりにしました。
それに刺激を受け,どんな作品でも,いや森羅万象,必ず自分で判断するクセをつけてきました。
ですから私はいいのですが,世界の人々は全く自分で判断しません。
いや皆自分では判断していると思ってはいるのですが,その判断基準が,
長年培った勉学をはじめとした知見からではなく,
周りのヒトがどう思っているか,すなわち"空気を読む"ことだけに拠っていることが
問題と思っています。
もし,"空気を読む"人々の先手に回って,日本政府が工作員を大勢雇い人々の中に拡散したら?
その上で,好戦的気分を醸成したらどうなるでしょうか?
とくにインターネット上など,IDを変えればいくらでもなりすましができます。
近年まさに"空気を読む"ことを強要する雰囲気が台頭してきたことは,
非常に由々しきことと思っています。
Hidenobu Onishi
Op de geest 45
25884 Viöl
Deutschland
+49-151-2558-8795
大西秀宜
http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/

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