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ニュースの裏側

[第8回]

長妻厚労相は何を目指すのか
官僚との消耗戦を超えて

高橋万見子 Mamiko Takahashi GLOBE副編集長

昨年12月31日、1人の官僚が長年務めた厚生労働省から去っていった。
社会保険庁長官・渡辺芳樹(56)。定年まで4年を残しての退職だった。
退職に追い込まれたのは、渡辺が懲戒処分を受けた経験があるためだ。

 

1月1日付で社会保険庁は解体され、日本年金機構となった。渡辺は、機構の初代の副理事長に就任すると目されていた。阻止したのは、厚生労働相の長妻昭(49)だった。

処分歴のある社保庁職員を年金機構に採用しないことは2008年7月、自民党の福田政権当時に決まっていた。ただ、この時点で想定されたのは、社保庁で年金記録をのぞき見したり、無許可で組合活動をしたりして処分を受けた職員。渡辺の処分歴は14年前、当時の厚生事務次官・岡光序治の汚職事件に絡む接待問題で受けた減給で、社保庁の不祥事と関係ない。

省内だけでなく、与野党の議員の中にも同情論は少なくなかった。だが、長妻の意思は固かった。
「懲戒処分を受けた方は移行しないと申しあげてきた。トップにだけ例外を認めるのはどう説明がつくのか」
記者会見で、そう言い切った。

長妻は「ミスター年金」といわれ、政権交代の一つの原動力でもあった。
野党時代は、社会保険庁を徹底的に追及し、5000万件の「消えた年金記録」問題を発掘した。年金問題に限らず、大量の質問主意書を出し、官僚たちをてんてこまいさせた。
国会の代表質問で、当時の首相の福田康夫相手に70問以上の質問を浴びせたことでも有名だ。

「妥協しないタイプだった」――長妻が雑誌「日経ビジネス」の記者だったころの同僚はこう振り返る。
一つの特集で50人以上に会う。断られても何度もトライする。取材の前には、資料を山積みにして準備に没頭した。
官僚に対する不信感も、記者時代に培われたようだ。
日経ビジネスでは「『住専』解体―日本経済の時限爆弾」(93年1月)、「“官治国家”との決別―惜しみなく予算は奪う」(同4月)、「太る官民複合体―政界再編で問われる『公益』法人」(同7月)といった特集を執筆した。官僚機構を正常化するという意欲が、長妻を政治の道へ駆り立てていった。

純粋さが機能不全の原因にも

徹底した調査能力や妥協を許さない純粋さは、隠された問題を発掘し、是正へと導く原動力となる。野党政治家や記者なら美点にちがいない。
だが、与党政治家、まして閣僚となれば全体を見極め、妥協しなければならない局面も多い。
異なる立場の政治家や役所、利害が対立する団体や企業、国民の間に割って入り、相手を説得し、物事を決めていく力量が必要だ。

長妻の強みである純粋さやこだわりが、多くの課題を同時に進めなければならない厚労省に機能不全を引き起こした面は否めない。
「記者会見でも記者から問題を指摘されるたびに『調査する』。おかげでサンプル調査がぐっと増えた」(局長)
「細かいところで『根拠は何ですか』と問いただされ、説明に満足できないと『あなたに任せられない』『処分だ』と怒る」(審議官)
ある課長は「まず実態把握を、という指摘は正しい。大臣室で、質問に言い訳ばかりして対策を示せない幹部の答弁を聞いていて、これでは怒られるのも当然だと思った」といい、官僚の側にも非はあると指摘するが、省内では少数派だ。
長妻から降ってくる問い合わせや指示に課員の手がとられ、政策の立案に支障が出るケースもあったという。就任早々から、省内には長妻に対する戸惑いと不満が渦巻いた。

首相官邸をはじめとする調整能力のなさに、長妻自身が翻弄された面もある。
長妻は「マニフェストは国民との約束」が信条。これを忠実に実行しようと努めたが、閣内の政治的思惑や財政制約に振り回された。

昨年10月。長妻は、麻生政権時に立案された「子育て応援特別手当」の給付をやめた。3~5歳児を持つ世帯に1回限り、1人当たり3万6000円を支給するもので、12月の開始に向けて地方自治体が準備をしている最中だった。一度は前向きになったが閣内の反対を受けて執行停止。すると、総務相の原口一博が「地方が混乱する」と反発し、長妻は各方面へおわびに回る羽目になった。

生活保護の母子加算復活でも紛糾した。子育てのため働いて収入を得にくい一人親世帯向けの支給額上乗せを再開するため、長妻は09年度補正分で約60億円を要求した。だが、歳出膨張を懸念する財務省は代わりに高校就学支援などの廃止を主張。長妻が首相の鳩山由紀夫に直訴して財務省側が折れたものの、当時の財務相、藤井裕久は「やり方がおかしい」と激怒した。

年末の予算編成では、民主党の選挙公約で最大の目玉だった子ども手当の創設が大荒れになった。当初、長妻は公約通り、全額を国費でまかなうつもりだったが、財源不足から10年度については半額支給(所要額2.3兆円)に。さらに地方にも負担を求める案が浮上し、所得制限の是非の議論も重なって政府方針は二転三転した。

(次ページへ続く)

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