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「一人の人間、事件に簡単にレッテルをはることはできない」~『黒い迷宮──ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実』著者・リチャード・ロイド・パリー氏インタビュー~

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15年前に起きた「ルーシー・ブラックマンさん事件」を覚えているだろうか。六本木でホステスとして働いていた21歳の英国人女性が失踪の後遺体で発見されたという事件だ。この事件は英国のブレア首相が森首相(どちらも当時)との会談で取り上げるなど、世界中からの注目を集めた。

今回、この事件の知られざる背景や決定的な証拠がない中で進行した裁判の様子などを克明に描いたノンフィクション作品『黒い迷宮──ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実』(原題;『People who eat darkness』) が刊行された。作者である英国ザ・タイムズ紙の東京支局長、リチャード・ロイド・パリー氏に事件に対する英国でのリアクションや事件の犯人・織原城二について話を聞いた。

英国でも大きな注目を集めた「ルーシー・ブラックマン事件」


―この作品は400ページ以上にも及ぶ長編になっています。この事件に関心を持ち、ノンフィクション作品を執筆しようと考えた理由を教えてください。

リチャード・ロイド・パリー氏:(以下、ロイド・パリー):私は、イギリスの日刊紙記者として、この事件の取材を始めました。この事件が明るみになってから最初の1~2週間は、日本でも英国でも非常に大きな注目を集めていたので、当初はそうした事情から取材を始めたんです。もちろん時間が経つにつれて、それほど注目されなくなるわけですが、そうした状況にあっても、この事件には様々な展開がありました。被害者家族であるブラックマン一家内での確執や犯人である織原城二の異常な裁判などです。

そして、私が休暇で英国に帰ると、知人や友人に「そういえば、あの失踪した女の子はどうなったの」と聞かれることが度々ありました。しかし、いつも満足のいく回答ができませんでした。何故なら、この事件の一部分を語ろうとすれば、別の部分にも目を向けなければいけなかったからです。英国人には、日本における警察の捜査の進め方や役割をうまく説明出来なかったですし、何故そんなに長い期間裁判が続くのかということについても説明が出来ませんでした。

もちろん、新聞記者として日々記事は書いていましたし、場合によってはニュースとは別の形で少し長めの記事で扱ったりもしていたのですが、それでも十分な説明がしきれていないと思うことが度々ありました。なので、この事件について満足に語るためには、400ページの書籍にまとめる必要がありましたし、それが最善の方法だと思ったのです。

―この事件については、当時の日英首脳会談で話題になったことを記憶している人も多いと思います。英国ではどれぐらい話題になった事件だったのでしょうか?

ロイド・パリー:もちろん、事件の段階によって報道の大きさも違うわけですが、まず行方不明になった時の注目度でいえば、英国においても高かったと思います。

事件の段階でいえば、まず行方不明になったタイミング、それから遺体が発見されたタイミング、そして裁判の経過や事件にルーシー・ブラックマンの家族がどのように関わったのか、家族の果たした役割についても非常に注目が集まりました。

捜査や裁判の過程で、ルーシー・ブラックマンの父と妹が大変な努力をした一方で、裁判が進むに連れて、父であるティム・ブラックマンがお悔み金として1億円を被告から受け取ったという事実も明らかになりました。こうした報道が事件に対して新しい方向から注目を集める原因となりました。

基本的に、英国では彼女の家族に対して非常に同情的な視線が送られていましたが、ティム・ブラックマンが大金を受け取ったことで、以降は苦々しい批判に晒されることが多くなりました。

このように、この事件は非常に興味深く、一つの事件の中に様々な要素が詰まっているのです。この事件はまずミステリーとして始まりました。ルーシー・ブラックマンという女性が失踪してしまった。まず「彼女はどこにいるんだろう」という疑問がわきます。そして彼女の遺体が発見されると、“誰がやったのか”という疑問に変わります。程なく容疑者が逮捕され、「誰がやったのかは簡単に解決したが、ではどうやってやったのか」という風に疑問が変化していくのです。

さらに、裁判が始まると、そこにルーシー・ブラックマンの家族が登場し、新たなドラマが展開されていくわけです。ルーシー・ブラックマンの家族というのは、ごく一般的な英国人の家族ではありますが、この家族の対応を通じて明らかになる英国と日本との違いや、家族としてお互いに干渉し会う部分や離れる部分などは読者にとっても興味深いのではないでしょうか。

最後に最も大事な部分ですが、犯人である織原城二という人間についてのミステリーです。このような犯罪をおかしてしまう心理状態をもった織原城二という人間が、どのように作られたのかというミステリーですね。

“織原城二”という人物を生み出した経歴や背景に迫ろうとした


―本の中で描かれている織原という男は怪物じみていると思いました。彼の裁判は非常に異質なものでしたし、通常報道で目にする犯罪者のイメージからは大きく逸脱しています。筆者として織原に対して、どのようなイメージをもっているのでしょうか?

ロイド・パリー:そのご指摘に部分的には賛同します。穏やかな言い方をしても、彼は普通ではない。犯罪者として見ても、普通の犯罪者とは違いますし、警察も同じように異常な犯罪者とみなしたと思います。そして、その点が警察を最も苦しめ、捜査を困難にさせた部分でもあるでしょう。

一方で、「怪物」という印象については賛成しかねます。私自身、怪物というものを信じていないですし、織原城二についても怪物ではなく人間、我々と同じような一人の人間だと考えます。

その前提に立った上で、私は彼がどのようにして、このような織原城二という人格になったのか、ということを考える必要があると思います。確信として言えるのは、彼の過去や経歴の中に、今の織原城二を作り上げた何かがあるに違いないということです。彼自身は一人の人間ですが、今の彼を彼たらしめているのは、彼の過去や経歴です。

このミステリーについて、私自身、答えを探そうとしましたが、ついに得ることはできませんでした。私はジャーナリストなので、心理学者などの専門家ではなければ解明することが出来ないのかもしれません。

ただ、私はこうした問題について何らかの“答え”を見つけたといったように振舞うことはやめようと思っています。何故なら、私の興味は、「こいつは怪物だ」「こいつは悪人だ」とレッテル貼りをすることではないからです。そういってしまうと、そこでその会話、ストーリーは終わってしまう。そうでなく、「どうしてそういう人物が生まれたのか」と考えていく作業を、私はこの本を通じて進めていったと思っていますし、「何がその人をそうさせたのか」ということに重点を置いて執筆しています。

―今回の取材を通じて感じた日本の警察制度や司法制度の問題点については?

ロイド・パリー:私が日本の警察や裁判に関する意見を表明している部分は、この本の中でもそれほど多くないと思います。ただ、例外的に日本の“機関”としての警察については批判的に書いています。

もちろん、この本を書くにあたって、何人かの警察関係者、元警察官に取材をしています。そうした取材源にたどり着くことは、今回の取材の中でも最も難しい部分でありました。ただ、実際に話を聞いてみると、それぞれが非常に細かいところまで、有益な話をしてくれました。個人としては親切で、私の手助けをしてくれる非常に良い方ばかりでした。ただ、それは個人として良い方だったということで、警察という機関になるとまったく違ってしまうのです。

本の中に書いてある、いくつかの理由で私は警察に対して批判的なのですが、その理由の一つとして、何人かの女性が警察に自分が織原らしき人物により被害にあった可能性を訴えているという事実があります。ルーシー・ブラックマンの事件の何年も前からそういう報告があったわけです。

もし、これらの報告が警察内でしっかりと処理されて、きちんとした捜査がなされていたら、もう少し早い段階でなされていたら、もしかしたらルーシー・ブラックマンや他の女性は今も生きていたかもしれない。

これらの警察の失態というのは、何段階かで指摘できるのですが、まずはそういった被害にあった女性からの訴えを真剣に取り合わなかったということが一点。これについては、「彼女らの仕事がホステスだった」というバックグラウンドから真剣に取り組まなかった部分もあると思います。

また、行動が迅速ではなかった。これは彼女たちの通報に対して迅速でなかっただけではなく、ルーシー・ブラックマンが失踪した後の捜査や取り組みも決して迅速ではなかったと考えています。

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