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| 「たくさんの日本の母の悲しみを…」と話す磯村一路監督=大阪・梅田の東映関西支社 |
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| 鈴木京香(中央)=(C2015「おかあさんの木」製作委員会 |
小学校の教科書に載った大川悦生の児童文学を、鈴木京香主演で映画化した「おかあさんの木」(東映配給)が6月6日から、大阪ステーションシティシネマほかで公開される。「戦地に7人の息子を見送った母親の悲しみに寄り添って撮った」という磯村一路監督に話を聞いた。
−東映の戦争映画といえば、戦場の戦闘シーンがすぐにイメージされるが。
「大日本帝国」や「男たちの大和/YAMATO」などがあった。ことしは戦後70年で、がらりと変わって銃後の戦争、母親から見た戦争を描いた「おかあさんの木」を映画化することになった。「相棒」のプロデューサー、須藤泰司さんが40年前に国語の教科書で読んだ「お母さんの木」に感動した記憶があり、今こそこれをと企画した。
−脚本・監督のプロセスは?
原作は15ページの短編童話。7人の息子が次々と戦場に行くが、そのたびにキリの木を植えてその無事を祈るという話。僕は子どものころ、こんなお母さんが描かれた映画をよく見たような気がする。それは実際に普通にあった話だったからだと思う。脚本で7人は多いから5人にしようかと思ったが、原作通り7人にした。当時はそんな家庭は珍しくなかった。
−お母さん・田村ミツ役に鈴木京香さん。
京香さんはいつかお母さんの役をやってみたいと思われていたようで、原作を読んですぐに出演OKで、作品に対する理解は深かった。美しい女優でメロドラマが似合うというイメージがある一方、すごくオーソドックスなタイプで、戦争の時代の日本人の母親のたたずまいがある。畑仕事や鍬(くわ)を使うシーンがあるが、熱心に練習して取り組んでくださった。
−結婚する前のミツから映画は始まる。
悲しい話なので、ミツが幸せな時代から始めたかった。娘時代のミツは森田彩華さんにやってもらった。僕の「船を降りたら彼女の島」(2002年)で木村佳乃さんの子ども時代を演じてくれた人。夫の謙次郎役は平岳大さん。お父さんの平幹二朗さんによく似てきた。
−謙次郎が楽しい人なのでミツは幸せそうだ。
平さんは謙次郎を少しコメディーっぽく演じてくれた。郵便配達の仕事をしていて、結婚前にミツにラブレターを書いて自分で届けて、彼女は字が読めないので読んでやる。自分が書いたのに他人が書いたように読むのがおかしい。そんな謙次郎だから、7人の息子もいい青年に育ったのだろう。
−子役7人と青年になった7人と14人の息子たちが登場する。
オーディションしながら適材適所で選んだ。青年時代はプロの俳優で、三郎は大鶴義丹さんの弟の大鶴佐助さん。脚本で6男(誠、安藤瑠一)だけ親戚に養子に出すようにしたのは、当時そんなことがよくあったから。その養子まで…とミツの悲しみも強くなる。
−出征のたびに息子を見送るミツが悲しい。
さすがに五郎(石井貴就)の時は見送りの駅のホームで息子の足にすがって泣きだす。それが「非国民」として憲兵に連れて行かれるシーンはさすがに辛かった。木下恵介監督の「陸軍」(1944年)で、母の田中絹代さんが出征して行進して行く息子を見送って、いつまでも泣きながら追って行くシーンがあるが、あれを思い出した。くしくも京香さんはことし、田中絹代賞を受賞された。
−磯村さんのお母さんはどんな人?
父は亡くなったが、母は92歳で健在。若いころ広島県三原市に住んでいて、広島に原爆が落とされた時、翌日ボランティアで広島に行った。その時は原爆と分かっていなかったので被爆しており、僕らに何かあったらと心配していた。そんなこともあって、今回の映画は一度やっておかねばいけない仕事だった。だれよりも自分の母親に見せたい映画になった。
−戦闘シーンがない戦争映画は珍しい。
二郎(三浦貴大)が戦場に行って中国の娘と出会うシーンと、五郎が戦地の洞窟で二郎と遭遇する場面などが出てくるくらいで、いわゆるドンパチの戦闘シーンはない。須藤プロデューサーいわく、ど真ん中の直球勝負。戦後70年の節目だから、子どもを戦場に送り出し、失っていったたくさんの母親たちの悲しみを描く意義があると思うし、先の戦争について問いたいと思う。
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