2015年6月8日00時58分
国立大学改革が着々と進んでいます。特に文系学部が大きな転換を迫られ、大学の機能強化も求められています。オピニオン面で3月に掲載した「文系学部で何を教える」には多くのご意見が寄せられました。反響を元に、大学の役割とは何か、改めて考えました。
■教養・実学、対立しない
愛知県の公立大学で英文学を学んだ村上明子さん(38)は、「何とぜいたくな時間だったんだろう」と学生時代を振り返ります。「他者の意見を聞き、自分の意見を言う。異国文学に触れることで世界を知る。成果主義とは無縁でいられた『貯蓄』こそが、その後のしんどい人生を下支えしてくれていると思う」
適性もわからず、目的意識もないままの入学だったそうです。2年間休学して、北海道の富良野塾で演劇を学んだり農業をかじったり。卒業後は上京してアルバイト生活を送り、10年ほど前に故郷の愛知県半田市に帰って40人近い小学生を預かる学童保育の仕事につきました。学校の教師にいい思い出がなかったので、子どもと向き合う職に出会えたことを自身でも驚いているとか。
「人生は不測の事態の連続です。でも、すべての経験はいつかピースがかみあい、どこかにつながっていく。目先の技能だけではなく、将来の選択肢、可能性が広がるように人の土台をつくっていくのが、教育の役割なのではないでしょうか」
一方、都内の私立大学で米文学を学んだ横浜市の渡辺裕香子さん(64)は、40代に入って通った翻訳者養成学校で、講師から「政治経済や科学など専門知識を持たないとダメ」と言われ、小説を読んでのんびり過ごした学生時代を悔やみました。薬学関係の知識がある友人の稼ぎは、自分の倍以上。その後、翻訳の仕事はやめて銀行のコールセンターに転職しました。
自身の後悔をふまえ、長女の英文科進学に反対し、社会科学系の学部へ行かせました。勉強が好きでなかった次女には、手に職をつけた方がいいと、専門学校を勧めました。
従来の大学の役割を教養の習得だとする意見に対しては、「甘い」と思うそうです。「右肩上がりの社会はとうに終わり、格差が深刻です。卒業後、自活しなければならない人は、しっかり実務を身につけるべきです」
大学で教える立場からの意見も寄せられました。神戸市にある私立大学准教授、鷹野正興さん(53)は「生きていくための知の技法」という問題提起に賛同します。学内には、司法書士の合格率アップに熱心な大学の方針に批判もありますが、学生に具体的目標を持たせて資格を取らせるのは学生にとっても大学にとっても有益だ、と考えます。「その部分がない大学は、速いペースで日本社会から淘汰(とうた)されていくでしょう」
ただ、ローカル大学は職業人育成だけやればいい、とする意見には強い違和感を覚えたそうです。ローカルな大学からアカデミズムの道へ進む機会を奪い、一方でグローバル大学からは専門職業人へ進む機会を奪うことにならないか。学生の視点が欠けている、と。
二者択一的な議論は避けるべきだと語るのは、東京都品川区の滝口学さん(37)。多くの命が失われた阪神大震災に衝撃を受け、大阪の国立大学で生命倫理を学びました。生命はどこから生まれるのか、といった机上の講義の多くには、学生時代、期待したほどの充実感を得られなかったと言います。
卒業後は外資系大手製薬会社に就職。営業マンとして働き、20代で既に1千万円近い年収など恵まれた境遇にありましたが、幸福感はなかったそうです。10年ほど企業で働いたあと、郷里・静岡県の国立大看護学科に入り直し、去年から都内の病院で働いています。「看護師として、患者さんの闘病や回復の過程に立ち会う日々を通して、ようやく生命倫理の本質や働く意義が意味づけられるようになりました」
でも、それまでの模索は無駄でなかった、営業の経験があったからこそ学問の意味にたどり着けた、と付け加えます。「実践と抽象的思考は対立するものではなく、両者の行き来が大切と思う。だから時代に対応するために人文的教養を切り捨てたり、逆に旧来型の学問にしがみついて実務不要と開き直ったりするのは、どちらもよくない。より良い方向へ、共に変わることが、大学改革になるはずです」
■変化、対応できる人を
高知大学では今春、大学改革の一環として「地域協働学部」が発足しました。地域が抱える課題を解決する担い手を育てよう、との狙いがあります。上田健作学部長に、その背景を聞きました。
◇
最近の学生をみていると、人間のなかで暮らすための基本的な技や姿勢が育っていないように感じるんです。家と学校と塾をぐるぐると回るだけの生活で、社会体験があまりにも少なかったせいでしょうか。
だから大学に入っても、自ら教養を身につける学びができていない。知識は実践のなかで活用され、知恵に変わってこそ教養として身につくもの。でも教室で学んだ知識は「情報」としてしまい込まれ、日々の生活は別にある。そんな分裂した姿を見るにつけ、伝統的な教養教育では成果が期待できない時代なんだな、と感じていました。
地域協働学部では、地域という現場に入り、体験することから始めます。新入生67人は、中山間地域や限界集落など県内6カ所を訪ねる。草取りから祭りの手伝い、収穫作業まで、いろんな要望に応えるなかでヒアリングもし、地域を五感で感じてもらうのです。2年生になると、どこか1カ所と徹底的にお付き合いする。2年間で地元の資源を見つけ、活性化のために何ができるかを事業計画にまとめ、地元の人と一緒に実践する、という計画です。
恐らく失敗の山だろうと、覚悟はしていますよ。でも、それで構わない。地域のかたにも、「地域力を学生の学びと成長に生かし、学生力を地域の再生と発展に生かす」という理念を共有していただいています。
少子高齢化が著しい高知県は、日本社会が将来抱える課題の先進県です。この田舎の「強み」を、私たちは生かしたい。厳しい現実に向き合い、地域の人々と協働するなかから活路を見いだす。そんな経験を通じて磨き、学んだ技は、どんな世界でも通用すると思うんです。結果は仮に失敗だったとしても。
地域の社長さんは「即戦力」なんか求めていませんよ。誰もが欲しいのは、激しい時代の変化にも柔軟に対応していける人材、自らの足で立って成長していける人間です。そんな人材を多く育てていきたいのです。
■国立大学法人支援課長・豊岡宏規さん
社会も産業も大きく変わっているいま、大学も変わっていかないといけない。そんな認識が、国立大学改革の出発点としてあります。政府の産業競争力会議でも議論が進められ、全国86の国立大学の役割をはっきりさせて、今後まとめられる成長戦略の柱の一つとなる見込みです。
文部科学省としても、昨年実施した国立大学のミッションの再定義を踏まえた組織改革、特に人文・社会科学系や教員養成系の学部・大学院の「廃止」や「社会的要請の高い分野への転換」を含めた見直しを求める方針を打ち出しています。国立大学法人は6年サイクルで「中期目標」を掲げています。16年春から第3期に入るにあたり、見直しを加速していただきたい。来春からの新学部発足など組織改変を検討している大学はたくさんあります。
キーワードは「機能強化」。各大学には「地域活性化の中核的役割」「特色のある全国的教育研究の展開」「世界最高の教育研究の展開」といったなかから進むべき方向を明確にしてもらい、それぞれの強み、特色を発揮して、競争力と付加価値を生む大学にしていこうという狙いです。
国立大学の運営費交付金も、従来は主に大学の規模に応じて配分していましたが、2016年度からは改革への取り組みへの評価に応じて配分する仕組みを導入する方向です。
■名古屋大学准教授・日比嘉高さん
産業競争力会議が大学改革を議論していることが象徴的です。大学はカネになる、日本が稼ぐためのタネがある、と考えているのでしょう。でも聞こえてくるのは、いま成功している主に理系の特定の分野に資源を集中させるような話ばかり。
イノベーションとは、予想もつかないところに芽が出るから革新的なわけでしょう。この辺で芽が出るだろうと、誰もが思いつくところばかりに水をやって、革新的な成果につながるでしょうか。理系の中にも、危機感を抱いている人はいるはずです。すぐには成果が上がらない研究もあるわけですから。
ガバナンスのあり方も気になります。学長を選ぶ権限は学外者が多く入る学長選考会議に移り、教職員の投票ではトップになった人が学長に選ばれない事態が起きています。その学長に権限を集中させている。トップダウンで改革を加速させたいのでしょう。
「グローバル化」や「地域貢献」を掲げた新しい学部が、今後各地に次々とできるでしょう。そこに運営費交付金の一部を政策的に配分するためには、何とか違いを見つけて評価し、序列化しなければなりません。機能別に分化を推し進めると、評価は必然的に大変な作業になる。膨大な雑務が生じるだけで、得をする人は誰もいないと思うんですが。
◇
国立大学のあり方を考える争論「文系学部で何を教える」(3月4日付)では、経営コンサルタントの冨山和彦さんが「実践力」を重視、日比嘉高さんが「考える力」に力点を置く論を展開しました。73件の反響があり、うち「実践力」派が8件、「考える力」派が40件でした。「国立ならもっと学費を下げて」というご意見も。格差が広がる中、経済的な理由で進学をあきらめる若者を出さないような「改革」も必要ではないでしょうか。
◆萩一晶と藤生京子が担当しました。
おすすめコンテンツ
PR比べてお得!