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 1997年に神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件で、山下彩花さん(当時10)が亡くなってから23日で17年を迎えるのを前に、母の京子さん(58)が朝日新聞などに手記を寄せた。この17年を振り返り、当時14歳だった加害男性(31)から今年2月に届いた手紙に対する感想などをつづっている。全文は以下の通り。

    ◇

 彩花が通っていた神戸市立竜が台小学校前の道が、「花いっぱい週間」の花々で鮮やかに彩られるこの時季、赤い道を歩くたびに心がなごみます。

 今年もまた、神戸連続児童殺傷事件が起きた3月16日が巡ってきました。今年は、事件の日と同じ日曜日のせいか、例年と比べると心がざわざわして、たくさんのことを思い出しました。

 彩花のとびきりの笑顔、甘えてすねたしぐさ、一緒に奏でたピアノ、そして、最後に交わした言葉……。

 事件から17年もの時間が過ぎたのに、目を閉じると、まるで昨日のようにあの日のことが鮮明によみがえってきました。

 事件当時は絶望に覆われた日々でしたが、時の流れとともに、自分の人生を取り戻すことができたように思います。いつの頃からか、3月16日と23日は、悲しみと苦悩を追体験する日ではなく、たくさんの人からいただいた真心に、あらためて感謝する日になりました。

 夫は、ずいぶん前から少年野球のコーチとして、楽しみながら子どもたちとふれあっています。私は、竜が台小学校には、つらくて長い間足を踏み入れることができませんでした。でも、数年前から、6年生の「命の授業」で体験を話しながら命の尊さを一緒に考え、絵本の読み聞かせボランティアを始めてからは、懐かしい校舎に行くのが楽しみになりました。私の語りに耳を傾ける子どもたち、キラキラした瞳で無心に絵本を見つめる子どもたちから、いつもパワーをもらっています。

 この子たちが、目を輝かせて生きていける日本社会を残すのは、私たち大人の責務だと痛感しています。

 先日、千葉県柏市で痛ましい連続通り魔事件が起きました。そのニュースを見たときには、「なぜ、何の罪もない人が、命を奪われる悲惨な事件があとをたたないのだろう」と悲しくなりました。また、その容疑者が、神戸連続児童殺傷事件の加害男性に理解を示しているような報道がなされ、胸がつぶれる思いです。

 今年も、加害男性からの手紙を弁護士から受け取りました。繰り返し読みましたが、一昨年あたりから手紙の印象が変わってきたように感じています。

 人間とは、神性と獣性を併せ持つ生き物。以前から私は、そんな思いを持っていましたが、彼の手紙を読んで、やはりこの世には、善だけが100%を占める人もいなければ、悪が全ての人もいないのだと感じました。全ての人が光と闇とを抱え持ち、ときに湧きあがる自分の中の魔性と闘いながら生きているのではないかと思います。その魔性に負けてしまった時に、人は罪を犯すのかもしれません。

 加害男性は、生涯をかけて償いながら生きることを選びました。

 彼が、自分の罪を真正面から見つめようとすればするほど、計り知れない苦痛が伴うでしょう。でも、いばらのような道を歩みゆく過程で感じる命の痛みこそが、償いの第一歩ではないかと思っています。

 2014年3月23日

 彩花の命日に寄せて

 山下京子

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 〈神戸連続児童殺傷事件〉 1997年2~5月、神戸市須磨区で小学生の男女5人が襲われ、山下彩花さん(当時10)と土師(はせ)淳君(同11)が亡くなり、女児1人が重傷を負った。現場近くに住んでいた当時中学3年で14歳だった男性が殺人容疑などで逮捕された。