家庭内暴力の悲劇:妻と娘を守るために三男を殺害した父に執行猶予判決

碓井真史 | 新潟青陵大教授/社会心理学/スクールカウンセラー/番組審議員

暴力は体も心も深く傷つける。

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■「妻と娘を守る義務がある」 三男殺害、父への判決

就寝中の息子の胸を刃物で刺し、命を奪った父に告げられたのは、執行猶予付きの判決だった。~約10年前、三男は都立高2年のとき、精神の障害と診断された。~仕事がうまくいかず、職を転々とした。「自分をコントロールできない」と本人も悩んでいた。昨年夏ごろから家族への言動が荒くなり、次第に暴力も始まった。~父親は、警察や病院、保健所にも相談を重ねた。~警察は措置入院に前向きではなかった。

出典:「妻と娘を守る義務がある」 三男殺害、父への判決 朝日新聞デジタル 12月4日

三男と父親は仲良しでした。しかし、三男の人生は上手くいかず、生活が荒れていきます。母親は、この三男の暴力で肋骨を折っています。三男は、「これから外に行って人にけがさせることもできる」とも言っていました。

家族が無理に入院などさせたら、退院後に復讐される可能性も考えられました。「警察主導の措置入院なら」と病院に勧められましたが、警察からは「措置入院には該当しないのでは」との返答でした。

そして、事件が起きます。現代の精神医療は、この家族を救うことができなかったのでしょうか。

■三男の「精神障害」とは

報道では具体的な診断名がないので、わかりません。ただ、報道では入院しても治療が難しいとあり、また通常の学生生活などをすごしていることを考えると、精神病(統合失調症)などではないでしょう。

可能性として考えられるのは、「発達障害」や「パーソナリティ障害」でしょうか。

私も、息子の暴力的言動を伴うパーソナリティー障害で苦しむ家族を見てきました。

■パーソナリティ障害とは

パーソナリティ障害とは、本人や周囲が困るほどに大きなパーソナリティーの偏りです。パーソナリティ障害の人がみんな危険なわけではありませんが、中にはめちゃくちゃなことをする人もいます。

普段は普通に生活し頭も良くても、何かのきっかけで、家族を殴る、蹴る、家具を壊すといった行動をとることもあります。力が強い男性だと、家族も抑えられません。

暴力だけではなく、家の権利書を勝手に持ち出し売り払ったといった事例もあります。

個性の範囲を超えたパーソナリティの偏りを、パーソナリティ障害(人格障害)と呼びます。「悪い性格」という意味ではありません。

20世紀は、自分を責めて悩む人々、神経症(ノイローゼ)の時代でした。でも、21世紀は、周囲を責め周りを困らせるパーソナリティ障害の時代かもしれません。

出典:21世紀はパーソナリティー障害の時代:Yahoo!ニュース個人有料「心理学であなたをアシスト」

■措置入院とは

入院は、通常は本人が申し込むものです。本人ができなければ、家族が申し込みます。精神科の場合も、本人が入院しようと思ってくれれば一番良いのですが、本人がいやがっても家族の同意を得て、強制的に入院させることもできます(医療保護入院)。

また、何かの理由で家族の同意が得られなくても、「自傷他害の恐れあり」となると、強制的な措置入院をさせることも法的にはできます。

ただ、この朝日新聞の記事を読むと警察に措置入院決定の権利があるように読めてしまいますが、警察に決定権はないと思います。警察官が保護し、2名以上の指定医の判断の上で、措置入院が行われます。この事例では、警察官が措置入院へ向けた「保護」を行わなかったということでしょうか。

家族の追いつめられた気持ちを考えると心苦しいのですが、家族もいて、警察官が行けば落ちついているという状況では、措置入院は普通は行われないと思います。

■苦しんでいる家族

ある家族は、このような状況で苦しみぬき、本人を残して身を隠してしまうことさえあります。そこまで追い詰められるのです。ある家族は、本人を訴えることもあります。普通は家族を訴えることはしませんが、たとえば権利書を息子に盗まれたとしなければ、家は返ってきません。

治療には積極的ではなく、病院に行っても特効薬があるわけでもなく、ずっと危険で訳のわからない状態ではないので強制的な入院も難しく、困り果てている家族がいます。

■ではどうすれば良いのか

措置入院は、統合失調症などで判断力を失っており、放っておくと危険で、そして家族もいない(連絡がとれない)といったケースを想定されて作られたのでしょう。

誰かを強制的に入院させ、本人の意思では退院もできないのですから、やたらと使ってよい制度ではありません(実際にどの程度で措置入院になるのかは都道府県によっても違いはあるようです)。

さて、記事の中で父親の気になる発言があります。

「警察に突き出すことは、三男を犯罪者にしてしまうこと。その後の報復を考えると、それは出来ませんでした」

たしかに、報復は恐ろしいでしょうし、だれだって家族を犯罪者にはしたくありません。しかし、父親による息子殺害が唯一で最善の方法だったのでしょうか。

民事に介入できない警察を動かすためにも、心を鬼にして、息子を犯罪者にしても、被害届を出す選択肢はあったでしょう。息子を単に警察に捕まえさせるだけではなく、そこから何か新しい解決策が見えていたかもしれません。

父親は、病院、警察、福祉窓口など、複数の場所で相談していました。それなのに事件が起きてしまったことは、とても残念です。家族が恐怖を感じるほどの家庭内暴力であれば、第三者の介入が必要です。恐怖に震えたままでは、家族は冷静な判断を失っています。

精神病、夫からの暴力、子どもへの虐待などに対する対策は様々始まっていますが、パーソナリティー障害などによる息子の家庭内暴力に関しては、対策が遅れています。世間の理解も、法律も、相談機関も、不十分です。

その中で、父親の息子殺しのような悲劇が起きています。

暴力からは逃げましょう。暴力を甘んじて受けたりしてはいけません。必要があれが、家から出て避難しましょう。少しでも動いてくれる医師や担当者や民間団体を見つけましょう。時には、心を鬼にしてでも、解決を考えましょう。家族だけで抱え込まず、誰かに話しましょう。

家庭内殺人のような最悪の事態だけは、避けたいと思います。

社会全体で、家族を支援したいと思います。

(一部誤字を修正)

碓井真史

新潟青陵大教授/社会心理学/スクールカウンセラー/番組審議員

東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。スクールカウンセラー。テレビ新潟番組審議委員。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。HP『こころの散歩道』は総アクセス数5千万。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「とくダネ!」「ミヤネ屋」「ホンマでっか!?TV」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』など。監修:『よくわかる人間関係の心理学』など。

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