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【書評】
評論家・西尾幹二が読む『昭和天皇 七つの謎』(加藤康男著)
皇室の中心部、すなわち天皇の側近に国民の常識とかけ離れた異質な集団が入りこんだら恐ろしいことが起こる。ことに非常時においては国家の運命を左右しかねない。私はそういう不安をずっと抱いているが、本書の「七つの謎」のうち最重要の第3章「天皇周辺の赤いユダ」、第7章「皇居から聞こえる賛美歌」は戦中戦後に皇室を現実に襲った事件を論じ、日本民族を本当に危うくしたきわどい歴史に肉薄している。
近衛内閣は支那事変の不拡大方針を表明していたがどうしても実行できなかった。軍の中枢に共産主義者がいて、計画的に支那事変を拡大し、日米戦争までもっていって日本を破壊し、敗戦後の共産革命を一挙に果たすと計画していたらどうなるか。関東軍司令官の梅津美治郎にその疑いがあった。近衛文麿の身辺にマルクス主義者を配置したのは彼である。近衛はゾルゲ・尾崎グループの謀略に乗せられたことに時を経て気づき、不明を恥じるが、終戦の決断を急ぐように陛下に上奏(じょうそう)した際、和紙8枚を陛下側近の木戸幸一に渡した。その日のうちに梅津の手に渡り、2カ月後に吉田茂以下の和平工作派が逮捕された。