地方創生の具体策:都会のサラリーマンは果たして地方移住を希望するのか?

尾崎弘之 | 神戸大学経営学研究科教授、経営学者

都会のプロ人材が地方経済貢献に期待されている。

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大企業の管理職が地方に移住する

6月4日、民間有識者でつくる日本創成会議(座長・増田寛也元総務相)は、「東京など1都3県で高齢化が進行し、介護施設が2025年に13万人分不足する」との推計結果を発表しました。同時に、施設や人材面で医療や介護の受け入れ機能が整っている全国41地域を移住先の候補地として示しています。

この調査結果は政府の地方創生政策と同じベクトルにあります。政府は、大都市圏の人材が多数地方に移住して、地方創生に貢献してもらうという画を描いています。この場合、若者が農業に従事する、テレワークでIT産業を興すといったパターンと、大企業のベテラン管理職が専門スキルや経験を生かして、地方企業の底上げに貢献するという二つのパターンが想定されています。

後者の管理職を地方へ動かそうという試みのひとつが、4月に発表された、政府系ファンドの『地域経済活性化支援機構』(REVIC)による人材派遣子会社の設立です。新会社は、大企業のベテラン社員である「プロ人材」を、地方の中堅・中小企業に対して、最大で100人規模で紹介する事業を展開するようです。プロ人材とは、財務、マーケティング、生産管理、海外業務などの専門的なスキルや経験を持った人材を指します。40歳代以上が想定されています。

地方企業の成長に貢献する「プロ人材」

地方の中堅・中小企業は一般的にプロ人材が不足しています。地方で優良企業と見做されている会社(食品メーカーが比較的多い)が突如全国区に躍進することがあります。東京のアンテナショップで商品が評判になって口コミで広がる、ネット通販が爆発的に伸びるなどして売上が急増します。ここまでは社長個人の才覚で何とかなっても、その次のステージを目指そうと思うと、社長ひとりではままならなくなるのです。

「次のステージ」とは、生産量の桁を上げる、アジア市場に進出する、生産拠点を海外に移すといったことが典型的です。大量生産に移行するには従来よりも数段上の生産管理が求められます。また、今まで国内の小売店営業ばかりやって来た営業部長が、いきなりASEAN市場を開拓せよと言われても、簡単には行きません。さらに、EUで販売するために規制が厳しいEUで工場を作れと言われても、田舎の工場長には無理です。社内に人がいないからと、外部コンサルタントに丸投げしてもうまく行くはずがありません。事業は社内スタッフにオーナーシップがないとだめなものです。

私は次のステージを狙っている地方企業経営者数十人に聞いてみましたが、「残念ながら自社内にそんな経験を持った人材はいません。」という返答が殆どです。上のステージに行くために必要なスキルと経験を持った人材はどこにいるのか?大企業のプロ人材の中に適任者がいるはずです。

「プロ人材」の地方移住を阻む課題

では、プロ人材の地方移住は円滑に進むのでしょうか?過去にも、似たような構想が存在しましたが、あまりうまく進まなかったのが実情です。都会から地方への移住が円滑に進まない理由は、受け入れ側の地方企業の問題と、転職する側のプロ人材の問題に分けることができます。

前者の受け入れ側の問題は、社長が都会のプロ人材を活かす環境を設定できないことです。専門性が高い人材を雇うのであれば、今までの社内流儀を変える必要があります。「そういうやり方はうちの会社に合いません」と主張する保守的な古参社員がいれば、社長が彼らを説得しなければなりません。そうでないと、転職者は孤立します。

また、グローバル市場に進出するなら、年中、地方にベッタリいるのではなく、フレキシブルな勤務スタイルも必要でしょう。社長主導で人事制度を変えなければなりません。さらに、「うちは大企業みたいに高い給料は払えないから。」という言い訳ばかりしては、良い人材は来てくれません。要するに、経営者が人材活用のあり方を変える本気度を見せないと、プロ人材は魅力を感じないのです。

転職する側のプロ人材の問題は、受け入れ企業側の問題とコインの裏表と言えます。自分に専門性があり高い給与を貰う価値があると主張するなら、目に見える成果を示さなければ周囲は納得してくれません。大企業と違って、人材が不足しているのが中堅・中小企業です。以前なら部下がやってくれた仕事も自分でこなさなければなりません。「俺が三菱◯×で働いていたころは・・・」と、過去の栄光を自慢すると確実に部下にそっぽを向かれ、成果を挙げるどころではなくなるでしょう。

彼らは大企業で役職定年過ぎて社内失業状態になっても、地方の名も無い企業に移るよりは、大企業ブランドに定年までしがみついた方が金銭的・社会的に得かもしれません。そう思う人は地方への転職を結局諦めます。奥さんの反対が転職を断念する決め手になることも多いです。

両サイドの問題は、お互い「向こうが悪いからうまく行かないんだ。」と相手のせいにしやすい構造になっています。多くの地方優良企業は、大企業のプロ人材を多少であれば雇った経験があります。もし、過去に上記のような問題が生じていれば、「大企業から雇っても、カルチャーが違うからうまく行かない。」ということになってしまうでしょう。

人材サービス協議会の『ホワイトカラー中途採用実態調査』によると、中途採用実績がある会社の過半数が「いい人がいれば採用したい」と回答しており、「積極的に採用したい」の13.1%を大きく上回っています。プロ人材の採用が簡単でないことがここでも分かります。

プロ人材の地方移住を仕掛けるREVICの関係者も、こういった問題は意識しているようです。各道府県に「プロフェッショナル人材センター」を置いて、プロ人材を本気で採用したいと考えている地元経営者の発掘を行っています。都会と地方の給与格差を一定期間埋める補助金もメニューに含まれています。また、プロ人材が地方に行った時に失敗しないよう、彼らに対する研修プログラム作成も手掛けるようです。

政府の施策では足りないこととは

ただ、REVICの試みでは解決できない重要な問題があります。それは、たとえ地方移住に興味を持っていても、実際に「手を挙げる」プロ人材がなかなか現れないことです。

現実は、今の動きを冷ややかに見ているプロ人材が少なくありません。経産省は『人活支援サービス支援創出事業』という、中堅・中小企業に移る大企業社員を増やす研修プログラムの作成事業を数年前に実施しました。補助金が出るためタダで研修を受けられるのですが、参加企業の人事担当者によると、応募する社員を集めるのにかなり苦労したようです。さらに問題なのは、研修を受けても、実際に転職した社員の数が極めて少なかったことです。地方移住だと政府が笛や太鼓を叩いても、肝心のプロ人材たちが殆ど踊らない可能性があるのです。

しかし、大企業内で大きな比率を構成しているバブル入社世代が、あと数年で50歳になります。さらに10年後には、人数が多い団塊ジュニア世代が50歳代になります。彼らの大半が60過ぎまで社内に残れば、プロ人材といっても、大量の社内失業者になってしまいます。これでは、本人達の精神衛生上も悪いし、人事の停滞による企業競争力の低下にもつながります。

このコラムでこの問題の解決方法について、様々な角度から論じて行きます。

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尾崎弘之

神戸大学経営学研究科教授、経営学者

1960年、福岡市生まれ。東京大学法学部卒、ニューヨーク大学MBA、早稲田大学博士号取得。野村證券、モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス投信執行役員、VC・ベンチャー企業の役員などを経て、2005年に東京工科大学教授。2015年から現職。エネルギー・環境ビジネスを調査中。財務省(財政投融資)、経済産業省(ベンチャー)、環境省「環境成長エンジン研究会」などの委員を務める。TBS「みのもんた朝ズバッ!」、よみうりテレビ「ウェークアップ・プラス」などテレビ出演多数。近著『再生可能エネルギーと新成長戦略』(エネルギーフォーラム)

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