千の証言・投稿:<空襲>照明弾の光で新聞が読めた=東京都八王子市の鈴木俊彦さん(82)

2015年06月04日

 私は昭和20(1945)年には旧制静岡中学の1年生でした。6月19日、静岡市もB29の爆撃を受けて市の大方は焼失しましたが、その時の記憶は今なお鮮烈です。

 まずB29は夜空に大きな照明弾を落とすのですが、これが風船のように中空に浮いていて、その明かりで防空壕(ごう)の中ですら新聞が読めるほどでした。その次に、B29はゆっくりと市内上空を旋回しながらガソリンをまき、なんと焼夷(しょうい)弾を落とすのですから、丸焼けになるのは当然です。その綿密な計算に驚くばかりでした。

 あの頃、B29はマリアナ諸島の基地から御前崎にやってきて富士山を目指したのですから、静岡市はその中間に位置する主要都市に当たります。いつかは爆弾を受けると、ビクビクしておりました。昼間、B29の大群が上空を進むのを見上げると、まるで久留米絣(がすり)のような美しさでした。B29が青空の上の小さな十文字のように見えたからです。

 今でも70年前の空襲の夢を見ることがあります。実に恐ろしい体験でした。

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