iPhoneで小説を書き始めた–日本SF大賞の元エンジニアに学ぶ、優れた作品づくりの極意とは

「時間を決めて仕事をする」「作業しやすいものを仕事始めに持ってくる」――これはNPO法人 日本独立作家同盟が5月16日に主催したセミナー「電子時代、独立作家の執筆・出版手法」で、日本SF大賞作家・藤井太洋氏が語った仕事術の一部だ。

本イベントは、作家または作家を目指す人に向け、作品作りで藤井氏が心がけている点を伝授する講演を中心としたものだったが、ビジネスパーソンにとっても啓発的な内容を多く含むものだったので、紹介していきたい。

ブレない作品に仕上げるためのファーストステップ

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藤井氏は「元エンジニア」として紹介されることも多いが、舞台美術、ディレクター、DTP制作などさまざまな職種の経験者。3DCGソフト「Shade」のエンジニアとして会社に在籍していた2011年秋まで、小説を執筆しようと思ったことがなかったという。

初めての作品作りのため、まず行ったのが「小説の書き方指南書」を読むこと……ではなく、執筆用アプリを探して使ってみること。これは当時、会社勤めをしていた藤井氏が、電車での通勤時間40分を執筆時間にあて、その道具としてiPhoneを使うことにしていたからだという。

このような執筆用アプリは、単に長文テキストを入力できるというだけではなく、書き方の基礎を知るのにも役立ったという。

英語版のアプリで「新規作成」すると「Your Great Novel」や「My Great Novel」といった「アゲアゲ感たっぷりのタイトル」(藤井氏)が表示されることが多い。

その後、促されるのが「ピッチ」、日本語で言えば「梗概(いわゆるあらすじ)」の設定だ。ここで決めるのは5W1H(What, Who, Where, When, Why, How)であり、分量ではAmazonの「内容紹介」に掲載されている程度の長さがちょうど良い、と藤井氏。

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「筆の赴くまま、一本筋の通った素晴らしい作品を書ける人もいる。今すぐに書き始めたいというはやる気持ちを抱く人もいるでしょう。ただ、僕の場合はあらかじめこれをしっかり設定し、見返せるようにしておくことでブレない、矛盾のない物語を書いていける。」

“起承転結”より優れている“三幕構成”とは

日本で当たり前だと思われている、小説あるいは物語を書くときのセオリーに「起承転結」がある。しかし、もともと「四行詩」を起源にするもののため、その“間”が明確ではなく、「物語に中だるみが生じてしまう」と藤井氏は語る。

確かに、氏の小説には淀みがない。『オービタルクラウド』(480ページ)、『Gene Mapper -full build-』(360ページ)などかなりの長編でも、緊張感のある物語にぐいぐいと引き込まれ、飽きることなく読み切れる。

その秘訣は「三幕構成」だという。これは数々のヒット作品を生み出しているハリウッド映画が取り入れているもので、事件の「発端」から「中盤」へと進行していく場所が明確であるため、物語が動きやすく展開が早くなるとのこと。

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これまで起承転結に縛られていた人は、スピーディーな展開を生み出す三幕構成を試してみるのも良いかもしれない。

“弱者”叩きに良いことなし

藤井氏が、作品において重視しているのは、「弱者叩きをしない」ということ。これはつい立場が低いと見てしまいがちな「女子ども(おんなこども)」またはマイノリティを、“道具”として扱うような書き方をしないことによって注意しているという。

特に日本では「美少女に悲劇を負わせる作品」が多いため、意識していなくても作品に性差別的内容を含んでしまいがちなので気をつけるように、と藤井氏は語る。

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「実は、作品が英訳された時優秀だとされる技術者について、主人公が言う『テップって女性だったんだ』というセリフが削除されていました。これは主人公が“女性なのに優秀”という意識を持っていると取られてしまわないためです。もちろん蔑視する気などありませんでしたが、より一層気をつけないといけないと改めて思わされる出来事でした。」

「もし、女性を蔑視しているとみなされてしまえば、人口の半分を敵に回し、買ってくれなくなります。別のグループ、別のグループ……と同じようなことをしていけば、買わない人がどんどん増え、離れてしまった人を取り戻すことは、もうできません。それは作家として活動を続けていく上でリスクの高いものとなってしまいます。なので、弱者といわれる人に対する作品内での扱いは、常に注意を払うべき領域といえるでしょう。」

常にスムーズに仕事を進めるために行っていること

現在は会社勤めをやめ、執筆のみを生業にしている藤井氏だが、自由人らしくないワークスタイルをとっている。具体的には、朝から晩までの決められた時間(10時から20時まで)、作業用デスクの前に立ち(氏はスタンディングデスクの愛用者なのだ)執筆またはそれに関係する作業を行う。さながら、書けても書けなくても9時から15時まで必ず机の前に座っていた太宰治のようだ。

ただ、藤井氏が太宰治と違うのは、仕事の始まりが常にスムーズなこと。その秘訣を「良い文を書き終わったところで止めない。次の書くことがすでに決まっている段階で、その日の作業を終わらせ、次の日の朝、楽に書き始められるようにしているから」と語る。また、順番に書き進めるだけでなく「あらかじめ、物語の中で登場人物が語る『決め台詞』を要所要所に配置していき、それをあとからつなげていく方法をとることもある」という。

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これは、作家にとってだけでなく、ビジネスパーソンにとっても役立つ情報を含んでいないだろうか? それは、1)時間を定めて仕事内容に集中すること、2)次の日の始業時の作業内容を明確にしておくこと、3)後が楽になる要素だけ決めておく方法を修得する――というものだ。

気になる評価をあえて「気にしない」

最後に藤井氏は「作品への読者の評価」について、作家が覚えておくと良いいくつかの考え方を挙げた。

作品を酷評された場合、人によってはそれを“自分という人格に対する評価”と考えてしまいがち。しかし「そのレビューはあなたではなく作品に対してなされているのです。その区別をつけましょう」と藤井氏。

加えて、成果物を自分で卑下すること、逆に良く見せようとすることもNGだと藤井氏は感じている。卑下することは「その作品を楽しんでいる人をばかにすることになる。また良く見せるため(Amazonでおなじみのレビューによる)評価をコントロールしようとするのは不誠実。公正でないものはいずれバレる」と警告する。

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この話から、自分でベストを尽くした、と感じているのであれば、成果物はすでに自分から独立したものと考え、小細工することなく評価を人に委ね、意見を聞くべきところは聞くこと。また、たとえ厳しい評価を得ることになったとしても、それを自分の人格への攻撃と受け止めない強い心を持つことの大切さが学べた。

これは作家だけでなく、“成果物”を求められるビジネスパーソンにも当てはまるのではないだろうか。

そのほかにも藤井氏は「文章力を身につけるため、本を読む、あるいは丸ごと書き写す」「原稿を推敲する際、逆から行ったり、全く別の閲覧環境で行ったりする」「作品のジャンルを意識して、届けたくない人に届かないように工夫する」ことなど、作家に向けて自らが実践している極意を伝授。参加者は一様にメモを取り熱心に耳を傾けていた。

 

ビジネスセミナーを受講するのも良いが、さまざまな種類のトークイベントやセミナーに出席することも刺激や示唆を得る一助になるのでは? そのように感じられる講演であった。