新起動戦記ガンダムW ~果てしなき成層圏へ~   作:美羽
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こんにちは、今回オルコッ党の皆さんの反感を買うのではないかとびくびくしている美羽でございます。
それとガンダムW原作のネタバレもございますのでご注意を


第十二話 担う者として

アリーナ 数分前

 時間はセシリアがティアーズを射出したところまで遡る。
ヒイロは最初こそ初めて見る兵器に驚きはしたものの、それが何なのかを素早く理解し先程と同様回避行動に移った。
恐らくこれが情報にあった特殊武装なのだろう。そう考えながらセシリアと周りに展開するビットに注意を向け、隙を探る。
 何故ヒイロがここまで素早く対応できるのかと言うと、ヒイロの最大の武器が理由だった。
彼の最大の武器はウイングガンダムの火力の高さでも、スピードの速さでもない。
それは“反応速度の早さ”だ。
通常の人間は度合にもよるが物事に反応し、それを脳で理解し、行動に移る。と言う判断に至るまで0.3~0.6秒程、遅い者では1秒近くかかると言われている。
しかしヒイロはそれ以上、それも“計測不能”と言うとんでもない早さで判断に移っているのだ。
その為、並大抵の攻撃では彼に当てるのはおろか足止めすることすら叶わない。
しかもヒイロはここまでの戦闘でセシリアの弱点を既に二つも見つけていたのだ。

 まず一つ目、この起動兵器――確かティアーズと言っていた――は動かすのに余程の集中力を必要とするのだろうか、それで攻撃を仕掛けてくる間は射撃をしてこなかった。
逆に、セシリアが撃っているときはティアーズを使ってくることは一切なかった。
つまり射撃と並行してあれを動かす事は不可能だと言う事、これは単に彼女の実力不足もあるだろうからこの戦闘では改善の余地はないだろう。
 加えて、この兵器はヒイロが以前使用していたMS、『メリクリウス』の【プラネイトディフェンサー】とよく似ている。
用途こそ異なるが、“独立して行動し相手の動きを制限する”と言った部分では酷使しているため、使っていたこともあり対応が素早く追いついた。
だがティアーズに関してはそれだけではない。
彼女はこれの使い方がワンパターンであることも弱点として挙げられる。
 四基ある(うち)の二基を前方で引きつけ、残った二基で後方、もしくは挟む形で取り囲み攻撃する。
陽動、奇襲を同時に行いダメージを狙う。確かに有効的な戦法ではあるがそれ故に読まれやすい。
ヒイロはそれを一瞬で見抜き、いとも簡単に四基とも撃破してしまったのだ。

 そしてもう一つ、これはセシリアの最大かつ致命的すぎる弱点とも言えるだろう。
それは、予想外の事態が起きた時動きを一瞬停止してしまう事。
間合いに入られれば撃墜されてしまう可能性が非常に高い、中距離射撃タイプである彼女にとっては(まさ)しく『致命的』だった。
その為基本的にサーベルのみで戦っていたヒイロはかなり優位に戦闘を運ぶことが出来たのだ。
 恐らく奥の手だったのだろうミサイルも、間をすり抜けると言う人間離れした動きで撃破、当のセシリアも顔を驚かせ、動きを止めている。
これで終わりだ……! ヒイロが心の中でそう呟き、最後の突撃を仕掛けた、

その時だった。

(……? アリーナに異常発生……?)

 突如、彼の鼓膜を激しく揺らすアラート音が鳴り響き次いでメッセージが表示される。
内容は『シールドバリアーに異常を検知』と書かれていた。
ヒイロはセシリアへの攻撃を中断し、発生場所を素早く特定する。
そこは丁度、自分が今いる位置から真後ろに当たる所だった。

「了解、直ちに急行する」

 本来戦闘中に敵に背を向けるなど自殺行為も良いところだが、今はそれどころではない。
万が一戦闘続行に支障が出るようなことなら放っておくわけにはいかなかった。
そしてヒイロは異常発生箇所に到着する。

「これは……」

 それを見た時彼は僅かに声を漏らした。
観客席に張られているはずのシールドの一部に、穴が開いていたのだ。
穴の直径は広く、人間一人、恐らくヒイロぐらいなら簡単に通れる程のサイズはあるだろう。
これではグラウンドからのISの攻撃に被害が遭わないよう生徒たちを守る本来の役目を果たしていないことになる。
それは誰がどう考えてもかなり危険だった。

「ユイ君!!」

 その時、観客席から叫ぶように自分の名前を呼ぶ声がする。
声の主は一年一組のクラスメイトだ、確か名前は『相川清香』と言ったか。

「何があった?」
「それが分からないの!! 二人の試合を見ていたらいきなりシールドに穴が開いて、それで皆パニックになっちゃって……!」

 見るとそこにいたのは彼女だけでなく、見覚えのある生徒たちがその顔を困惑させていた。
中には突然のことに動けなくなってしまった生徒たちも多数見受けられる。
相川清香も、話せるところを見ると他の生徒たちよりも幾分マシなようだが、彼女の顔はヒイロに懇願するような表情になっていた。
このままでは不味い。
直感的にヒイロはそう思った。

「ねぇユイ君、私たちどうしたらいいの? ねぇどうしたら……」
「落ち着け、焦っていては冷静な判断が出来ない。そうなれば被害が出る可能性が高くなる」

 まずは彼女たちを落ち着かせ自分の言葉が届くようにすることが第一目標だ。
ヒイロはビームサーベルをシールドにしまう。

「そ、そうね。まずは落ち着かなくちゃ、すぅ、はぁ、すぅ」

 何度も深呼吸して動転しているのを何とか抑えると、周りの生徒たちも落ち着かせるべく声をかけていく。

「皆落ち着いて! ユイ君が来てくれたわよ!!」
「え……? ほんと……?」
「ほんとに? ……良かった……」

 相川清香がそう言うとクラスメイト達はたちまち正気を取り戻し、希望を宿したかのような瞳になる。
なぜ自分の名前を出して落ち着くかは分からないが。

「それでユイ君、次はどうすれば……?」
「焦るな、直ぐにそこから避難させる」

 恐らくこの分では決定戦は中止だ、そこでここからはヒイロが彼女たちを誘導するべくそこに降りることにしたのだ。
今後異常が発生するのがアリーナだけに留まるとは限らない、万が一のことがあっては遅いのだ。
ヒイロがISを解除しようとした

「……!?」

その時だった。
 
 画面中央、目の前に高らかなアラート音と共に赤い文字でこう表示される。
『警告 敵機のロックオン検知』と。

(まさか……)

 嫌な予感がしたヒイロはISを展開したまま素早く後ろ、セシリアの方へ体を向ける。
そして、ヒイロがセシリアの姿を確認したのと、彼女が持つスターライトmkⅢから蒼いレーザーが放たれたのは、ほぼ同時だった。

「くっ!!」

 咄嗟の判断でシールドを前方に構え、迫りくる一撃に備える体勢を取る。
そして、ヒイロの体にレーザーが着弾した。

「きゃぁぁ!?」
「な、なに、何なの!?」

 後ろにいる生徒たちの悲痛な声がヒイロの耳に飛び込んでくる。
一方ヒイロはこの状況でまさか彼女が撃ってくるとは思っておらず、僅かに対応が遅れシールドで防御したのだ。
しかし今回は逆にそれで正解だった。
いつもの自分だったら今の攻撃は反射的に回避していただろう。
そうしていたらどうなったか……考えたくもない。
そしてあと数秒解除するのが早かったら、レーザーで焼かれていたことだろう。
そう考えた時、

「っ!!」

 再び蒼い閃光がヒイロに迫る。
またしてもセシリアはその引いてはいけない引き金を引いてしまったのだ。
ヒイロの体に先程と同じ衝撃が走った。

「ユイ君!!!」
「来るな! 離れろ!」

 後ろにいる誰かが自分を呼びながら近づいてくるのが分かった。
今近寄られたら危険だ、そう思いヒイロは来させないように叫び、離れるよう指示を出す。
ヒイロはセシリアの攻撃を止めさせるべく通信を入れる。

「何の真似だ!? 今すぐ発砲を止めろ! オルコット!!」

 しかし、通信の返答は無く、代わりに返って来たのは三発目のレーザーだった。

「ちっ!」

 ここで躱すわけにはいかない。
かと言ってここから離れてしまえば彼女たちを不安にさせてしまう可能性がある。
ならばここで踏ん張るしかない。

(声が聞こえてないのか……? そもそもアリーナの異変そのものに気付いていないのか……?)

 ヒイロはセシリアの状況を思考しながらレーザーの一撃に耐え続ける。
装甲のおかげでダメージは少ないが体に衝撃は走る。
少しでも気を抜けば防御が崩されるかも知れない。
 ここに来て、彼はバスターライフルの調整を怠ったことを後悔していた。
威力を抑えた弾丸なら威嚇として使い、セシリアを止めることが出来ただろう。
だが最大出力の今の状態で撃てば今度はセシリアが危険となる。
それどころか、上空に張られているシールドバリアーを破壊してしまう可能性も出てくる。
当然この距離ではマシンキャノンもビームサーベルも届かない。
残された選択肢は一つだけだった。

(奴の攻撃が止むまで防衛するしかないか……!)

そう結論づけたヒイロは、既に五発目のレーザーを防いでいた。




 


 セシリアの心の中で渦巻く感情は、この短時間で目まぐるしく変化していった。
自慢の射撃もまるで歯が立たず、特殊武装ブルー・ティアーズも一瞬で破壊され、切り札だったミサイルまでも突破された。
いよいよもって打つ手なし。シールドエネルギーの残量も絶望的だった。
その時浮かんだ思いは、驚愕、混乱、恐怖など、様々な感情が生まれ彼女の心を支配していった。
その全ての感情に共通していたことは、彼の力に圧倒されていた。ただそれだけ、とてもシンプルな答えだった。
 セシリアは目の前で起きているこの状況が信じられなかった。
いや、認めたくなかった、と言うべきかもしれない。
まるで蛇に、いや蛇なんてものよりも遥かに強大で恐ろしい存在に睨まれたかのように、セシリアは指一本動かすことが出来なくなっていた。
 瞳に映る映像がまるでスローモーションのように流れていく。
眼前にいるトリコロールカラーの鮮やかな機体が止めを刺すべく、一直線に向かってくる。
やられる……!
そう思いセシリアは咄嗟に目を閉じた。

(……?)

 しかし、いくら待っても先程の重い一撃は襲ってこない。
不思議に思った彼女は恐る恐る目を開けた。

「……え?」

 瞼を開くとそこには思っていた光景とは裏腹に、自分に迫っていたであろうヒイロが背を向いて後退していくのだ。
そして観客席のとある一画を前にして体をそこに停止させる。
戦闘中には決してありえない行動だった。
 本来であれば、対戦相手であるセシリアは疑問に思い状況の整理、そして行動に移るのがベストだった。
だがこの時の彼女は……

(な、なんなんですの……!? あの男は……!! 今まで攻撃を仕掛けておいて、散々私の無様な姿を晒させて、ここに来て情けをかけるんですの!?)

 そう、ここまで彼女はヒイロの圧倒的過ぎる力の前に、肉体的にも精神的にもかなり追い込まれ、疲れ果てていたのだ。
その為、正確な判断と状況整理が出来なくなっていたのだ。

「許しません……断じて許しませんわ……! 私をここまでコケにするなんて……!!」

 セシリアはほぼ無意識の中にライフルを構え、その完全に無防備な背中にレーザーを打ち込んだのだ。
これでダメージを与えられる。
そう考えていたが。

「なっ!?」

 彼女は自分の放ったレーザーがあの嘲笑うかのように向けているその背中に、見事着弾するイメージを浮かべていた。
しかしそれは叶わず、代わりに当たったのは彼が素早く構えた左手のシールドだった。

(くっ……!! あれだけの隙を見せておいて当てさせないなんて……! ですが!)

 セシリアは再度指に力を込め、引き金を引く。
もしも彼女が冷静さを保つことが出来ていたならば、今まで回避行動をしていたヒイロが、突然シールドを使ったことに疑問を抱き、攻撃を中断していたかも知れない。
しかし今の彼女の心には、ようやくヒイロが見せた大きな隙を突いたことに対する喜びと、彼が自分を完全に馬鹿にしていると言う勘違いから生まれた激しい憤りだけが、そこに存在していた。
 だから彼女の耳には、アリーナの異変を伝えるメッセージも、ヒイロが入れた通信も届いていなかったのだ。

(まだですわ!! 折角見つけたこのチャンス、逃すわけにはいきません!!)

 この好機を逃すわけにはいかない。
怒りに身を任せミスをすれば、また無様を晒すことになってしまう。
そうならないようにと思い、引き金を引くと同時に徐々に心を落ち着かせていく。
そうして七発目を打ち込もうとした時だった。

『・・コット・ ・ルコット! オルコット!! 聞こえるか!?』

 突如、オープンチャンネルが開いて千冬の顔が大映しとなる。
その切羽詰まった表情から、緊急事態が起こったことは容易に想像できた。
何が起こったのだろうか……?
そう疑問に感じていた彼女には、予想だにしない言葉が伝えられた。

『オルコット! 今すぐユイに対する発砲を止めろ!! それでは後ろの生徒たちまで危険だと言うことが分からんのか!?』
「え……?」

 セシリアは千冬の言葉を直ぐには理解できなかった。
先程まで火山の如く吹き上がっていた怒りが急激に冷めていく。

『オルコット!! 直ぐに発砲を止めろ! 原因は不明だが観客席の一部のバリアーが消滅した! ユイは今そこにいて、生徒たちの壁となってお前の攻撃から守っていたんだ!! お前にはそれが分かっていないのか!?』
「バリアーが……消滅?」

 それを聴いてセシリアはヒイロのいる場所へ目を向ける。
そこには、セシリアを睨むように見つめ、動かまいと踏ん張っている鮮やかなISと、その後ろで怯えたようにこちらを見つめるクラスメイト達の姿があった。
そしてセシリアはようやく気付く。
『アリーナに異常を検知』と言うメッセージが右側に表示されていたのを発見する。
その位置は丁度ヒイロが背を向けている場所、つまり自分が攻撃を仕掛けていた場所でもある。
更に、アリーナに異常が検知された時間と、彼が後退した時間がほぼ一致している。
 つまり彼は情けをかけていたわけでは無く、いち早く異変に気付きそこに駆けつけただけなのだ。
なのに、自分は……

(……違う、違いますわ!! 私がそんなことをするなんて、ありえませんわ!! 私はただ、彼を屈服させたかっただけですわ! その思い上がった思考を崩したかっただけですわ! 私の力が彼よりも勝っていることを! それを扱う上での必要な覚悟が有ることを見せたかっただけですわ!! だからっ! だか、ら……)

 そこで思い出す。
一週間前、彼が自分に向けて言った言葉を。



――……ISがこの世界の平和そのものを支えている、と言う事だ――

――従来の兵器の力を遥かに凌駕し、逆らう者を圧倒していく。それだけISの力は絶大的だ。先も言ったようにISは戦争が起きないための抑止力、もっと言えばこの世界を支配していると言っていいだろう――

――それだけの代物を前にして、どうしてお前たちはそんな平然としていられるのかが、俺は理解出来ないな――



――強力な力を扱う事への自覚と、その覚悟が有ってこの学園に居るのか、と言う事を訊いているんだ――



 セシリアは、愕然とした。
今になってようやく、ヒイロの言葉が痛みを覚えるほど胸に強く突き刺さる。
さっきまで、自分の中で自分を正当化しようとしていたことや、何も知らずに一方的に彼に攻撃を仕掛け続けていた自分がとても情けなくて、とても醜く感じて。
セシリアは、クラス代表決定戦中止のアナウンスが流れるまで、そこを動くことが出来なかった。







その日の夜

 幾ら季節は春と言っても外は肌寒く、防寒具なしでは堪える時間帯だ。
その寒空の下、セシリアはコートを寝巻のネグリジェの上に羽織り、出歩いていた。
あの後、ヒイロと同席で千冬の鬼も逃げ出したくなる説教を受けていた。
その矛先のほとんどは当然セシリアに対して、ヒイロには説教と言うよりも事情聴取に近い内容だった。
結局のところ調べて分かったことは“何もわからない”と言うことが分かっただけだった。
 発生の原因は不明、どこからも、誰の仕業なのかも不明、そもそもの動機も不明。分からないことだらけだった。
ヒイロも「理由は分からない」の一言だけだった。
それでも負傷者は0、死者も0で済んだためそれ程大きな問題にはならず、セシリアも反省文10枚と言う比較的軽い処分を下されたのだ。
 そして現在、セシリアは考え事をしながら散歩をしていた。
考え事とは当然試合のことと、彼のこと。
彼のあの強さ、自分を圧倒させたその力。
そして、彼の言葉。

『覚悟』と『自覚』

 今日の試合を通して、それらについて少し、分かった気がした。
セシリアは、自分がその二つのことを、そしてISのことも、何も分かっていなかったのだと理解できた。
ヒイロが言っていた言葉の意味を、身をもって実感することが出来たから。
そう考えていたとき。

「……あ」

 彼が、いた。
外灯が設けられたベンチに座り、空を見上げている。
片手には先程まで使用していたのだろうか、携帯電話が握りしめられている。
セシリアは様子を窺っていたが。

「……誰だ」
「ひぇ!?」

 なんと、ヒイロは顔をこちらに向けていないにも拘らずセシリアのいる所へ正確に声と顔を向けてきた。
そしてセシリアの姿を確認するとその警戒心を解く。

「お前か……」
「お、お前かとはなんですの!? お前かとは!? ……コホン、まぁ良いでしょう」

 ヒイロとはあの試合が終わって以来会っていなかった。
彼は過ちを犯した自分を問い詰めることも責めることもしなかった。
ただ何も言わず部屋を出て行くだけだった
普段の彼女なら憤慨しているところだが、あの時は逆にその無愛想さが有難いと思った。

「……そう言えば、まだあなたにはきちんと謝罪をしておりませんでしたね。ヒイロ・ユイさん、本当に申し訳ありませんでした。私の軽率な判断と行動があなたを含むクラスの皆さんを危険に晒してしまいました。あなたの言葉をもっと早く理解していれば、このようなことにはならなかったのに……」
「……いや、お前が理解できたならそれでいい」

 セシリアが頭を下げながら謝ったのに対しヒイロはそう呟いた。

「……隣、良いですか?」
「……ああ」

 許可を得て、彼女は空いていたヒイロの隣に座る。
正直なところ、セシリアはヒイロのことを探していたのだ。
最初は部屋に行ってみたものの、そこには彼の姿が無かったため、散歩がてら探していたのだ。
その理由は、どうしても聞きたかったことがあるのだ。

「あの、よろしいでしょうか……?」
「なんだ?」

 一呼吸置いて、聞きたいことを話し始める。

「……失礼を承知でお聞きします。もしもあなたが今日の私の立場だったとして、あの時誰かを殺めてしまったとしたら……あなたはどうしますか?」

 そう、彼が言っていた覚悟、それを教えてほしいのだ。
今日の一件、もしかしたら自分が誰かの命を奪っていてもおかしくはない。
もしもそうなった時、彼ならどうするかを彼女は知りたかった。
 仮にそうなった時、もう自分は代表候補生として存続することは出来ない。でもそれでいいと、セシリアは考えていた。
自分は、両親が遺した莫大な遺産を金の亡者から守るべくありとあらゆる勉学を重ねた。その中で手に入れたIS、『ブルー・ティアーズ』と言う絶対的な力の象徴、それを扱えるとあれば使わない手は無かった。
でも今回のように誰かを傷つけてしまう、誰かの命を奪ってしまう可能性があるのなら、自分にそれは相応しくない。それを扱う資格は無いと、そう考えていた。
 先程千冬からも厳重注意を受けた。今回は負傷者が一人もいなかったから良かったものの、一歩間違えれば学園内だけの問題では無く、国際問題にまで発展しかねない。
ISを扱う上で何が必要なのか、それをみっちり教え込まれた。
勿論それは彼女自身も理解していたつもりだった。理解していたはずだった。
それでも今回のような失態を犯したのは、やはりヒイロが言った言葉通り、自分に覚悟も自覚も足りなかったせいなのだろう。
 そして、もしも過ちを犯してしまった時、彼ならどうするかを聞きたかったのだ。
彼女は説教と事情聴取が終わっても、そのことしか考えていなかった。

「………」

 ヒイロはセシリアから視線を反らし、前を向く。
少し間が空いて、彼はおもむろに語りだした。

「……かつて俺は、取り返しのつかないミスを犯したことがある」
「え……? 取り返しの……つかない?」
「ああ」

 ヒイロの顔は相変わらず、冷静な表情をしている。
しかし彼の瞳は、どこか深い悲しみを浮かべているような、そんな様子が覗える。
まるで、誰かに懺悔するかのような……
セシリアは突然のことに戸惑ったが、彼の瞳を見て話を聞くことにした。

「オルコット、俺の過去のことは知ってるか?」
「は、はい。兵士として特殊な訓練を受け、傭兵として生きてきた……ですか?」
「そうだ」

 正確に言えば少々異なるが、彼女に話す分には問題ないだろう。

「俺は自分達に敵対関係のある人物が現れると言う情報を掴んだ、俺はそこに向かい奴を叩くことを計画した。それが成功すれば、今後の俺達の行動がかなり有利になるのは間違いなかったからだ」
「……」

 ヒイロはあの時のことを思い出していた。
まだ地球に来てそれ程日が経っていない時の出来事だった。
敵対組織、『OZ』を叩く絶好のチャンスだと思っていた。

「奴がいるであろう基地の襲撃に成功し、任務は順調だった。その時、基地から逃げ出す連中を発見した。俺は迷わずそいつらに向かい、一人残らず殲滅することに成功する」
「……」

 セシリアは唐突なことで戸惑いはあったものの、彼の語るその様子を見て何も言わず、ただ黙って話を聞いている。

「だが……それは大きな間違いだった」
「え……?」
「俺が殺したのはターゲットの人物では無く、俺達と平和的な関係を築こうと考えていた人物だった」
「え!? それでは……」
「ああ、俺は敵の流した偽の情報に乗せられて目先のことのみを考え行動した結果、無関係な人間を殺してしまった」

 ヒイロはあの時、シャトルにOZの要人が乗っていると思い迅速な判断で撃墜した。
だがそのシャトルには、コロニー側と対話を試みようとしていた連合の和平派の首脳陣が、多くの平和を望んでいた人間達が乗っており、それを堕としてしまったのだ。
その中には、地球圏統一連合最高司令官 『ノベンタ元帥』 も乗っており、彼もヒイロの手によって帰らぬ人となってしまった。

「……その後、俺は殺してしまった人物の遺族に謝罪するために各地を巡り、同時にその遺族たちに審判を委ねた」
「審判を……?」
「銃を渡し、俺の生死を委ねたんだ」
「っ……!!」

 そして彼は、そのノベンタ元帥の遺族たちへの謝罪の旅に出た。
その時の自分には、そうすることしか出来なかったから。
自分に怒りをぶつける者もいた、悲しみに嘆き、崩れ落ちる者もいた、なぜ彼が殺されなければならなかったのか、それを問う者もいた。
それでも、自分を殺す者は誰一人として現れなかった。

(それは……まるで……)

 セシリアは話を聞いて愕然とする。
まるで今日の自分ではないか、そう思ったからだ。
彼女は、今回誰かが命を落とすこととなった場合自分がどうするかを考えていたのだ。
そうすれば、世間に謝罪の意思を示すことが出来ると思っていたから。
だがそれだけでは足りない。
 彼の言うように、世間では無く殺した人物と親しい間柄の人たちに意思を示さなくては、意味が無いから。

「……もしもお前の言うように、俺がお前の立場で誰かを殺してしまったら、俺はあの時と同じことをするだろう」

 あの時、それは話にもあった遺族への謝罪をすること。
そして、己の審判を下させること。
それが、ヒイロ・ユイの覚悟だった。

「……オルコット」

 ヒイロはセシリアの顔を見て言った。

「お前は俺のようになってはならない、決して……」

 その瞳の中には、彼がセシリアに警告するような、そして強く懇願するような光が宿っていた。

「……」

 セシリアは考えた。
もしも自分がヒイロと同じことをしようと思ったとき、それを成し遂げることが出来るのであろうか……

(……いえ、きっと無理でしょう……)

 それは、自分ではあまりにも不可能なことだった。
一族の恨みを一人で背負う、それは度台無理な話だった。
それでも、罪を犯したなら背負わねばならない。それは絶対に避けられない事実だった。
彼はそれを背負ってきた、だからこそ、何も知らなかった、何も理解できていなかった自分にむけてあの言葉をぶつけたのかもしれない。

「……あの」
「なんだ?」
「本当にありがとうございました。私の我儘に付き合って下さって、そしてごめんなさい……今回の一件とあなたの過去を聞いてしまったこと、再度謝らせて下さい」

 セシリアはもう一度頭を下げ、謝罪の言葉をヒイロへ言った。
そして

「……お詫びと言っては何ですが……私のことは『セシリア』と呼んでください。……ヒイロさん」

 微笑みを浮かべてそう言った。
今後彼女は個人の勝手な見解で他人を見下すようなことはしないだろう。
少なくともISを担う者として。

「……考えておこう」

 それだけ言ってヒイロは立ち上がる。

「あっ……」

 セシリアは止めようとするが、声をかける前にヒイロは寮の方へ消えて行った。

「………」

 ほんの少し前の彼女は、ヒイロのあの興味なさげの態度も、自分を前にしても冷静な面持ちもどこか気に食わず、苛立ちを覚えていた。
でもそれは、きっと自分が何も知らなかった子供だったから、なのかも知れない。



バリアー消失の一件はこれで解決したわけではありませんのであしからず。
それとヒイロは過去を簡単に語るような性格ではないと思いますがそこは割り切っていただけると幸いです。
感想、意見、文句お待ちしています。