2009年01月13日

RESISTANCE(※長いです。自分語りです)

ブログで自分の事書くって精神的露出症だと思う。あるいはかまってチャンか。もちろん、業務的、お知らせ的。。。その他諸々の使い道がブログにはあるだろうけれど、私のように書かなくてもなんの支障もない人間が誰が見てるかわからないネットの上で自分のことをつらつら書くわけだからね。

自覚は、ある。

今日は、昨日もう書きたい事書いちゃったしいっかなって思ってたんだけど、なんだかある人とTMネットワークの話とかになっちゃって(あーなんだっけなすっごく大好きな曲があったな)って探してたら、「RESISTANCE」見つけちゃって久々に聴いてみたらなんだか色々触発されちゃって、いろんなこと思い出したからブログの編集ページをソロソロと開いてみた。

「RESISTANCE」がヒットしてたころの私は、まだ高校を卒業したばっかりで看護師になりたいかどうかもわからず、ファミレスでバイトしてた。強引な男になぜか見初められストーカー被害にあったりもした。既出のファンクラブ持ちの彼はスプタン在住の群馬にある大学に行ってしまい、手紙と電話だけになってしまった。
次の年にはどうするか進路を決めなければならず、母はそれなりに医療事務、当時だからパソコンでなくワープロの技術を取らせるために学校に通わせながら、3年制の看護学校を進めた。
私んちは田舎だし、3年制の看護学校になると他県に行くことが必須で、しかも理数系ではないが限りなく理数系に近い文系である看護学校に受かる自信もなかった。
高校んときまじめに数学とかしてなかったからな。。。。生物はがんばったけど。

んで、もう年もあけソロソロってころストーブに背中を向けて広げた新聞に「看護学生募集」と求人があった。
市内の精神病院が学校に通う代わりに、看護助手を募集していた。
今までの人生ほとんどがそうだ。今気づいた。直感だ。私は台所にいる母に「お母さん、私ここ行くわ」と言った。入寮が条件、学校は半日、半日は病院勤務。学費は病院持ち。そのかわり「お礼奉公」と呼ばれる勤務を卒業後2年以上こなさなければならなかった。
それでも私はその病院を選んだ。
きっちりした履歴書は多分その時初めて書いたんだと思う。
試験もなんにもない、高校が件の進学校だったというだけで採用になった。

自由気ままに育った私には、寮生活や古い慣習の残る看護学生生活には最後までなじめず、新入生が入って来ても看護師たちのいじめの対象であり続けた。ただ、そういう古い慣習やくだらないいじめに屈することが本当にイヤだった。特に古い意味のない男尊女卑的な慣習には反抗をし続けた。卒業して病院を去るまで。
精神科の看護師になりたいから看護師になろうと思った。今でもその気持ちは変わらない。だからこそ負けるのがイヤだった。
寮の規則違反を繰り返し(主に門限を破る)、男性の看護師の食べた後の食器は女性が洗うという慣習も無視した。目的はこの病院で「准看護師」の資格をとりもうワンランク上の学校へ進学し「正看護師」になることなのだから、先輩と後輩との無駄な慣習も、1年目が朝5時半におき前日の夕食の片づけをし朝食の準備をするという昭和初期から続いてきた習慣もばかばかしいと何度もすっぽかした。もちろん、代わりの人に頼んだりはしたが。
だって、目標を達成するために必要なことさえすればよいとその時は考えていたから。

とにかく、反抗に反抗をかさねた。高校時代の延長だった。いじめは日に日にひどくなり、看護学校を卒業する前になって、総婦長が退職するように遠まわしに退職を勧めてきた。その婦長は、高校を卒業をしてその病院に助手として就職し、看護師になったその病院しか知らない看護師だった。その病院は昭和初期のまま時間が止まっているような精神病院。今は知らない。
だが、私の知ってる精神病院であそこまでひどい処遇の精神病院も今だ知らない。

最新の設備をもつ病院へ実習へ行き勉強を積み重ねた自分にとって、その病院しか知らない婦長なんかに上からものを言われたくなかった。「清潔操作もできないくせに」心の中では完全に見下していた。今となっては失礼なことだとは思う。
レベルは低かったとはいえ、彼女には彼女なりに積み重ねたものがあったはずだからである。




ちょっと嘘。猫は執念深いのだ。ちょっとばかり彼女より最先端の精神科看護のトレーニングを受け、中退だけど大学院まで行ったことを鼻にかけていることは秘密。


ただその総婦長を止めた人がいた。いまでも私足を向けて眠れない人の一人であるその病院の院長先生だ。

だが、私は受験を前にして病気で倒れてしまった。

2年間、反抗し続けた自業自得も手伝っていじめにいじめ抜かれ、その上私はその当時2人の男の間で恋愛問題を抱えていた。両手を引っ張られている状態と言っていいだろうか。毎晩朝方まで勉強をし、7時には病棟へ行き陰険ないじめ(ものを隠したりとか)にあっていたから、掃除や配膳は他の看護師が気がつかないところまで気を配ってやった。文句を言わせないように。しかし、それも1日のうち2時間ほどの病棟勤務での話だった。

精神科の肝である患者さんとのかかわりを絶たれるように、私は看護学校1年目のときから外来の薬局で薬を包む仕事を2年間するよう言われていた。これは総婦長からの辞令だった。
しかし、病院の看護師を影で統括していたのは、私に退職を勧めた総婦長の妹で、いじめの指揮は彼女がすべてとり、彼女に逆らう看護師は男性でさえいなかった。てか、男性看護師なんて、定年退職したおじさんがおじいさんになり、暴れる患者さんを抑制するために待機していたような人たちばっかりだから看護師とは呼べない。たとえ免許を持っていようと、今の私や当時の老人看護師のようなのは看護師とは認めない。看護をしていないのだから。

まぁいいや。

で、薬局に私を飛ばしたのはどうやらその影の総婦長らしかった。


恋愛沙汰に関しては、群馬の彼と別れ。。。というか同期で入った同級生の看護学生の男性に告られ、ファミレスストーカーから守ってもらっているうちに自然に恋愛関係になった。こいつをAとしよう。
もう一方は年下だが、私と同じ高校の後輩で姉弟みたいだったが、患者さんからはよくカップルに間違えられていた。こいつをBとしよう。私はBを弟みたいに思っていた。
2年目の春、Bが就職してきたとき配属が同じ病棟になった。(といっても顔を合わすのは夕方の1時間くらいだが)彼は、私がひどくいじめられているのや、私がいない間に私をどういじめるか画策している看護師たちを見てひどく心配してくれていたらしい。
A、Bは自然に仲良くなり、当然私も一緒に行動することが多くなった。

そして事は年末に起こった。
2年目の忘年会の時のこと、若いからとガンガン飲まされたBは当然つぶれた。吐くはつぶれるはで大変で、Aと数人の彼を慕う看護学生と看護師で彼の部屋に彼を送りとどけ、布団に寝かせた。
ただ、寝ゲロが怖いというのとえらくくたびれたというのでBの部屋に1時間くらいぐだぐだいたとき、Bが言ってはいけない寝言を言った。私が去った後だったらしい。
「○○さん(私)大丈夫ですか?○○さんが一番心配」
「○○さん。○○さん。僕がいますから大丈夫ですよ」
彼は朝方までいい続けていたそうだ。

時に触れて私が少し落ち込んでいる時も、Bはよく私にちょっかいを出し笑わせてくれたり、「あと卒業まで少しだから大丈夫」と慰めてくれていた。それが恋愛感情だなんて、日々張り詰めてる私にはわかるはずもなかった。
この件で、それまで私はAの彼女(これだけでも封建的な病院ではご法度だった)から、Aの彼女でありながらBももてあそぶ悪女とか言われる始末となった。後にも先にも、悪女とか。。いやあの程度で。

Bは律儀な人だった。Aに悪いと思う、でも自分の気持ちには嘘はつけないと改めて話をしてきた。どちらかを選んでほしい。
Aとはいわばぐだぐだと付き合った感が否めない。ただ、ストーカーに拉致られ踏んだり蹴ったりされているところを助けてくれたり、バイクに乗っていたAは、よくバイクでいろんなところに連れて行ってくれた。
BはBで1年弱ではあるが必死で私をかばい、励ましてくれた。

なーんだか、もう追い詰められてる私は、その忘年会での彼の無意識下での寝言を人づてに聞き、Bを選んでしまったなぁ。。。。。

そこでAが荒れ、精神安定剤を処方されるほどにまでになってしまった。夜には、自傷行為のごとく轟音をたてて400CCのバイクで出て行った。そこでまた悪い噂が流れる、しかし准看の都道府県試験も卒試も近い、仕事は通常通りハードなのにはかわりない。。。
どんな過酷な状況でも時間は平等に流れるんだとその時知った。


そこでやっと私の体は壊れてしまった。腎臓をやられ入院を余儀なくされたのだ。入院生活のため当の目的であるワンランク上の学校の受験をしそびれてしまった。まぁ、自分の蒔いた種も若干あるな。

その後の恋愛沙汰も、病院での出来事も長くなるからはしょろう。
私は、結果的にワンランク上の看護学校に合格した。
それは二次募集による倍率の非常に高いハードルを越えてのものだったと入学後聞かされた。どんなにハードルが高くたって、あんな場所にいるのはもうたくさんだった。もうイヤだ。その思いがかなっただけだ。
合格を伝えたとき病院の院長が言った。

「君はもっともっと大きな病院で立派な看護師になりなさい」
やんちゃではねっかえりの私に院長はそういって背中を押してくれた。

国家試験に合格した時、一番に院長に合格を知らせに行った。
いつもとかわらない穏やかな声で「おめでとう」と言ってくれた。
その後、私は念願の大学病院で働くことになった。

振り返ってみれば、ほんの2年の出来事だ。
いたたまれない状況も、どんないやみも私の異常なくらいの負けず嫌いと若さで乗り切れたんだと思う。マジ生意気な学生だったしね。ただ、仕事と勉強は完璧にやった。文句言われるのがイヤだったから。
恋愛に関しては結局、もめにもめてBがやけでエッチしてしまった同級生を妊娠させてしまったことであっけなく終わってしまった。
「○○ちゃんのことはもう忘れたい。忘れんと壊れそうなんよ。もう俺の前にこんで(来ないで)顔もみたくない」
最後に言われた言葉は長い期間私の恋愛に影響を与えた。

Aとは進学した学校が他県だったのと、その他諸々の理由からこっちから強引に別れた。

自分の過去を美化するつもりもないし、美しいものでもないと思う。私はずいぶんとひどいことやってきたし、大人からみたら可愛げのない娘だったと思う。
今、私が病気で看護師をできないのもあの頃のツケが回ってきたんじゃないかと思っている。そのくらい人の心も思いも重いだけで踏んづけて歩いてきたと思う。

バチが当たった。今はそう思っている。

ただ、偶然にも今日「RESISTANCE」を聞いたときあの時必死で反抗していた愛しくおばかなやつと、曲の中に出てくる反抗し続ける「君」とを重ねずにはいられなかった。

たくさんの人に支えられて、たくさんの人に馬鹿にされ、虐げられ、ほめられ、尊敬され、応援され、愛され、嫌われ。。。。

今の私は、こんな思いまでしてなった看護師さえまだできない体だけれど、「私は本当は看護師なんだから」という驕りを捨てきれずにいた。
だが、前述したように今の私は看護師でなんかない。
ただの病気のおばさんだ。

今できることをしよう。
頭で思うばかりでぜんぜん行動が伴ってなかった自分に今さらながらに気づいた。

病気を治すことが先決だが、そろそろ前に進んでいいんじゃないか。

もうそろそろ、私も「幸せになりたい」と思うことを自分に許していいんじゃないか。

もうそろそろ、「幸せになるための努力とがんばり」をみせてもいいんじゃないか。

「喰霊ー零」のEDのように歩くには早いんじゃないか。

看護師なんかもうしないなんて決めるには早いんじゃないか。。。

そう思えてきた。

一時的な気分の高まりかもしれないけれど、私のRESISTANCEはまだ終わってない。







なーんてな。かっこつけちゃって3日でこけちゃったら笑ってやって頂戴。







長文読んでくれて乙。


※万が一関係者の方が読んでいたら。
ごめんなさい。これが私の真実であり事実です。
そして、まだ自分のことを棚にあげて全く通り一遍のことを許せていない自分がいます。
私は言うことは大きいですが、器は小さいです。
死ぬまでにまっいっかと思えるようになるかも自信がありません。
ただ、当時感じた生々しい悔しさや辛さが今の私にまで持ち上げてくれたことに関してだけ感謝します。


ま、読んでるわけないと思うけど。
posted by りお at 10:51| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
長いよっwww
かれこれ30分以上もこのページ開けっぱだよw

まひろが思うに、謝る必要も、今結論を出す事も無いと思う
過去のコトはその時々に自分の判断で選択した積み重ねでしょ?
もしかするとまだその事は完結していないかも(まだ途中なのかも)しれないよ

まだ白黒付けなくても、グレー部分があっても良いと思うのだー
りおちゃんの性格上、すごくキッパリしてる感じだから、そういうのイヤかな?
Posted by まひろ at 2009年01月14日 14:31
ああ、どんな事があっても強く諦めずに君のレジスターという、パートにイビられても機械のパートナーのレジだけは嘘をつかない味方だぞと職場という名の戦場で戦う人達にエールを送る歌ですね、知ってます。
あと、こうも歌ってたな。
いつも違う生き方を夢見ていた君だから 別れじゃなく始まりを見つめていたね
てさ。
Posted by Spooky ◆spOOky/Bc6 at 2009年01月14日 15:19
>まひろ
グレーでいられなかったから今まで苦しかったんだ。やっとグレーを受け入れられた感じだよ。

>すぷ
そうそう、最近のレジスタは性能がってちがっ
最後の歌詞、まさに今そんな気分だよ。
Posted by りお at 2009年01月14日 19:48
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/112541187
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック