連鎖世界



 状況が、本来進むべき未来とは徐々にずれていくことを感じ取り、彼は柳眉をひそめた。
「仕方ない、か……」
 一度瞳を閉じ、彼はゆっくりと立ち上がった。

 愚かな争いを続ける、この世界を救うために。






 閃光が虚空の闇に散る。
 それと共に揺れる艦体に、タリアは唇を噛み締めた。
 思った以上に、デストロイの火力が生き残っている。
(相変わらずの非常識な防御システムだこと……!)
 次の瞬間、デストロイの無数の砲口が狙い定めるように、ぐるりと回転する。


「回避――!!」


 ミネルバの艦体が急速に傾き、その傍らを幾筋もの熱量を伴った光が駆け抜ける。
 だが、すべてを避け切れず、次いで衝撃が貫く。
「左舷艦底部に被弾! 及び、格納庫に損害!」
 その報告にタリアが息を呑んだ瞬間だった。
 メイリンが振り返りざまに叫ぶ。
「艦長! 本艦より離脱する機影!」
「ええっ!?」
「何ですって!?」
 アーサーとタリアの驚愕の声が重なる。
 だが、次の瞬間、タリアの脳裏に閃くものがあった。
(まさか……っ!)
「誰でもいい! 議長の所在の確認を!!」
 そして、タリアは数分後、自身の疑念が現実だったことを知る。


 衝撃は着艦直後だった。
 完全に固定する前だった二機のモビルスーツは体勢を崩して倒れる。
 ミネルバに来るまでに負った損傷で火花が飛び散るコックピットからルナマリアは飛び出した。
 そして、同じように体勢を崩して倒れているブレイズザクファントムに集まる整備員の中へと割り込む。

「レイ!!」

 ルナマリアの声に応じるように、整備員が歪んだコックピットを抉じ開け、その中からレイが這い出てくる。
 そして、駆けつけてきたルナマリアを一瞥し、立ち上がる。
「レイ!」
「俺なら大丈夫だ。それよりも、ギルは」
 かなり大きな衝撃だった。
 被害がここだけとは限らない。
 絶対の信頼を寄せる相手の安否を口にするレイに、ルナマリアはわずかに呆れを滲ませる。
「レイ、あんたって、本当に」
「何だ」
 深い溜め息を吐いて、ルナマリアはかぶりを振った。
「何でもないわ」
 そして、二人はその場から離れ、艦橋に向かう。
 今までの戦闘では、デュランダルは艦橋にいた。今回も同じはずだ。
「失礼します!」
 突然、現われたレイとルナマリアに、真っ先に反応したのはメイリンだった。
「お姉ちゃん!!」
 その声に、ルナマリアは一つ頷く。
 同時に、メイリンは表情を緩めた。
 一時は、もう二度と会えないと思っていただけに再会できたことがこんな状況下でもメイリンは嬉しかった。
「艦長、議長はどちらに?」
 素早く艦橋を見て、レイはそこにデュランダルの姿がないのに眉をひそめた。
「それはこちらが聞きたいものね」
 鋭くタリアが告げると同時に、正面のモニターの片隅に通信映像が入る。
「グラディス艦長」
 タリア同様厳しい顔つきのマリューは艦橋内にレイとルナマリアがいるのを見て、ほんの一瞬目を瞠った。
 だが、すぐに意識を切り替えて、タリアに尋ねる。
「デュランダル議長が貴艦から離脱したとか」
 その言葉に、レイとルナマリアは息を呑む。
「ええ、こちらの不手際ね。監視を置くべきだったわ」
 舌打ちをしかねないタリアの様子に、マリューはかすかに苦笑した。
 相手の立場が立場なだけに、その措置も難しいところだったろうが、それは間違いなくタリアの本音なのだろう。
「行く先は――アプリリウス?」
「いえ、それは」
 どうだろうか。
 タリアが思案した瞬間だった。


「メサイアだ」


 不意に割り込んできたレイに、一斉に注目が集まる。
「メサイア……移動要塞、ね。確かに、あそこなら」
 頷き、タリアはマリューに告げた。
「本艦はメサイアへ向かいます」
「分かりました。デストロイはこちらに任せてもらって結構よ」
 優しい面立ちのマリューの強気な発言に、アーサーが思わず呆けた。
 それと同時に、レイが踵を返し、艦橋を出ていく。
「レイ!?」
 ルナマリアが慌てて追いかける。
「どこに行くのよ!?」
「メサイアへ行く」
「どうやって!?」
 二人の機体は先ほどの衝撃で出せなくなっている。
「レジェンドがある」
「は!?」
 足早に歩きながら、レイは拳を強く握り締めた。
「……デスティニーと同時期に作られた最新機体だ」
「な! じゃあ、何で、あんた、ザクファントムで」
 シンが乗るデスティニーの性能を知るルナマリアは驚きを込めて呟いた。
 フリーダムを墜とす気なら、より性能が優れたレジェンドに何故乗らなかったのか。
「レイ、あんた」
 さっと顔色を変えたルナマリアを横目で一瞥し、レイは口を開いた。
「勘違いするな。アレに乗らなかったのは別の理由がある」
 レイの脳裏に、仮面を纏った男の顔が一瞬過ぎる。
 『彼』の棺となった機体の流れを汲むレジェンドに、搭乗することを躊躇わせたのはキラ・ヤマトとフリーダムに覚える感情がレイ自身のものなのか、それとも、特異な出生を共通点で持つために生じるものなのか判断がつかなかったためだ。
「何よ、それ」
 だが、レイはそれ以上答えようとしなかった。
 その態度にルナマリアは不満げに足を止め、不意に何かを思い出したように通路の通信装置に駆け寄った。




「キラ!」
 無差別に繰り出される破壊の光の乱舞を掻い潜る中で届いた声に、キラは素早く視線を巡らした。
 モニターに、赤い機体――セイバーが映し出されていた。
「アスラン!」
 その瞬間、デストロイの円周部の砲口に光熱の光が宿るのがキラの瞳が捉えた。

「っ!!」

(間に合え!)

 コンソールの上をキラの指が走る。
 同時に、鳴り響いた警告音に、アスランは弾かれたようにレバーを引いた。
「カガリ!」
 その声に、カガリが身構える。
 セイバーが回転するようにして機体を捻ると同時に、モニター正面に閃光が貫くのが見えた。
 一撃がセイバーの右腕を掠め、爆散する。
「く!」
 逃げるセイバーを負うように続く破壊の矢が虚空を照らす。

(速い!)

 追い詰められた、次の瞬間、淡い光が集束して、障壁となり、閃光の脅威を阻む。
「な!?」
 驚くアスランと対照的にカガリが歓声の声を上げた。
「キラ!」
「キラ……?」
 今のはキラの、フリーダムのしたことなのか。
「アスラン、カガリ!」
 安堵を滲ませたキラの映像がモニターの片隅に入り、同時に、フリーダムがセイバーの前に出る。
 よく見れば、その特徴的な翼といい、フォルムはフリーダムだが、微妙な差異がある。
(新しい、機体……?)
「二人とも早くアークエンジェルに! ここは僕が抑えるから!」
 その一言にアスランは我に返った。
「だが!」
 デストロイ相手に、キラ一人では無謀すぎる。
 相手は陽電子砲さえ弾く『バケモノ』だ。
「平気だよ」
 ニコと笑って、キラは続けた。
「ほら、『彼』も来たし」
 そして、キラの眼差しが促すままにモニターを見やれば、アークエンジェルから飛来する機体があった。
 デスティニーだ。
「シン……!」
 デスティニーはアークエンジェルを狙って放たれた一射を、虹色に歪んだ光の翼を広げ、防ぎ切る。
「分かった」
 即座に応じたカガリに、アスランは驚いて見やった。
 キラがカガリの返事に微笑むと同時に、通信が切られ、フリーダムがデストロイに攻め込んでいく。
「カガリ?」
 真剣な眼差しをフリーダムの背を送りながら、カガリは答えた。
「いいから、私たちはアークエンジェルに行くんだよ」
 そして、カガリは唇を噛み締めた。
「このまま、ここにいたって足手まといなんだから、私たちは」
「!」
 突き刺さるような一言に、アスランは息を呑んだ。
 だが、すぐにそれに気付いたカガリが笑う。
「バカ、そんな顔するな。大丈夫、すぐにお前は足手まといにならなくなる」
「え?」
「とにかく、アークエンジェルに行けって!」
 疑問を抱きながらも、アスランの行動は素早かった。
 アークエンジェルの艦橋は、敵機と認証されていたセイバーから着艦許可の要請に一瞬戸惑った。
「セイバー、被弾しています! どうしますか?」
 チャンドラの一応の確認に、マリューは即座に応じた。
「着艦を許可します!」
 続けて、マリューは格納庫にいるマードックに連絡する。
「緊急着艦準備! それと、アレの準備はいい!?」
「オッケーですよ!」
 そして、マリューは素早く視線を正面に据えた。
 眼前では相変わらず巨大なモビルスーツが破壊を振りまいている。
「セイバー着艦後、最大戦速! エターナルとガーティ・ルーの位置は密に確認して!」
 高らかに命じ、マリューは宣言した。
「いい加減、黙らせるわよ!!」




「よぉ、お疲れさん!」
 コックピットから降りた瞬間、かかった声に、アスランは振り向いた。
(確か、アークエンジェルの整備の……)
 だが、アスランの思考が答えを導き出すより先に、カガリが口を開く。
「アレの準備は!?」
 開口一番の言葉に、マードックは笑った。
「艦長からも言われてるぜ。いつでも出せる」
 その瞬間、カガリは安堵とも落胆ともつかない表情を浮かべた。
「……カガリ?」
 アスランが呼びかけた瞬間、カガリは勢いよく、その手を掴んで引っ張った。
「来い!!」
「え、カガリ!?」
 まるで決死の覚悟をした武人のようなカガリの気迫に、マードックは無言で道を譲った。
 引きずられるようにして、連れて行かれた先で見つけたものに、アスランは絶句した。
 まさかという思いに包まれながら、呟きが零れる。
「……ジャスティス?」
「インフィニットジャスティス。フリーダム同様、ファクトリーが作った機体だ」
 アスラン同様、鉄灰色の機体を見上げたまま、カガリは硬い声で続けた。
「お前のだ」
「……」
「お前が帰ってきた時に、望むならとキラとラクスが」
「……カガリは?」
 その一言に、カガリが弾かれたように顔を向け、そして、きつく唇を噛み締める。
「私、は……」
 琥珀の眼差しが束の間彷徨うように揺れ、だが、それはやがて明確な意志を持ってアスランを見据えた。


「考えてなかった」


 一瞬、何を言われたのか、アスランは理解できなかった。
「カガリ?」
 むすりと不機嫌そうに、何か文句でもあるのかと睨みながらカガリは答えた。
「だって、仕方ないだろ。私はそれどころじゃなかったんだし!」
 セイラン家の圧力、汚されたオーブの理念、一国の代表として無力な自身。
 カガリを悩ませる問題は事欠かない。
「……」
(いや、分かるが)
 それはちょっとひどくないか。
 ちょっぴり傷ついているアスランに気付くことなく、カガリは偉そうに言い放つ。
「だから、今更私がああだこうだ言うのは変だろ。というか、さっさと行ってこい。どうせ、ぐだぐだ悩んだって何も解決しないんだから、お前の場合」
「……」
 アスランには返す言葉がなかった。
「カガリは、それで、平気なのか?」
 ようやく口に出せた言葉に、我に返り、アスランは自身の情けなさを思い知った。
 見れば、カガリはポカンと呆気に取られたような顔をしている。
 ただでさえ、情けないところばかり見せているというのに。
 しかし、やはり、カガリはアスランの様子に気付くことなく、溜め息混じりに答えた。
「平気じゃないぞ。アスランもキラも危なっかしいし、お前たち二人とも時々バカになって自分のことを考えないし」
 大仰な溜め息を吐いて、カガリは小さく笑った。
「二年前は、だから、私も行った。で、行って正解だったんだが……」
「……」
 ますます、アスランには返す言葉がない。


「でも、もう私は行けない」


 その声音の強さに、アスランは我に返った。
(そうか、カガリは)
 今の彼女はオーブ代表。以前のように、自分の思いだけで動ける身ではない。
「自分で選んだことだから。私がやるべきことは他にある」
「カガリ」
 そっとアスランに呼ばれ、カガリはにこりと笑った。
「アスラン、今、お前がやるべきことは?」
 その問いに、アスランは静かに苦笑した。
 力を欲した――大切な人を守るための力を。
 だが、力を望んだために、大切な人を傷つけるのは愚かでしかない。
 それでも、アスランが力を望むのは。
「俺はそんなに器用じゃないからな」
 ぽつりと呟いて、アスランはカガリに笑いかけた。
「行って来る」
 戦うだけがアスランの力ではない。
 だが、今、カガリが留まるのが彼女の戦いであるように、アスランは行くことが彼の戦いなのだ。
 欲した力は地位でも権力でも、ましてや戦士としてのものではない。
 ただ、大切な人が笑っていてくれるように。
 もう、傷つくことがないように。
 そのための『力』がアスランは欲しかった。
「戦って、それで何がどう変わるのか分からないが、少なくとも、カガリやキラたちがいなくなることだけは嫌だから」
「皆、そんなものだ」
「?」
「先のことを分かっている奴なんているものか。神様じゃないんだ」
 だからこそ、まるで、運命の神のように振る舞う『彼』の在り様に違和感を覚えずにはいられない。
「神様じゃないから、取り返しのつかない間違いをしてしまうことだってある」
 オーブの理念を守りきれず、無為に民の命を失ってしまった自身のように。
 多くの命と未来を守るために、戦うことしか知らなかった少女を討ったキラのように。
「どんな人間だって正しいことばっかり選べるはずがない」
 それが人間なのだから。
 そして、カガリはアスランに笑いかけた。
「でも、少なくとも、私は、今、お前がしようとしていることは正しいと思う」
 その手は強く握り締められ、琥珀の瞳がかすかに潤んでいるのにアスランは気付いた。
「カガリ」
「ちゃんと帰って来いよ? 今度は私も迎えに行けないんだから」
「……ああ、分かった」
 苦笑を滲ませながら、力強く頷き、アスランは一歩進み出る。
 向かう先にある、彼の『力』――その象徴。
 すべての人間において通じる『正義』など、どこにもありはしない。
 だからこそ、自身の裡にある、譲れない想いが彼の『正義』だった。


「アスラン・ザラ、ジャスティス、出る!」








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