連鎖解放



 目の前で繰り広げられている戦闘に、さすがの彼女も一瞬どう判断するべきか悩んだ。
 この艦に配属されてから、複雑極まりない状況下に何度も置かれた。
 だが、それでも、彼女は自らの立場を確たるものとして判断を下してきた――ザフトの軍人として。

「艦長!」

 聞き慣れた動揺の声に、彼女は柳眉をひそめた。
「分かっているわ」
 モニターに映っているのは地球連合の切り札と思わしき巨大なモビルスーツ。
 それに対峙するのは白く優美な強襲戦艦と、淡紅色の高速戦艦。
「アークエンジェルとエターナル……」
 小さく呟き、彼女は鋭く問うた。
「アスランとレイは!?」
 その声に弾かれて、オペレーター席のメイリンが答えた。
「ブレイズザクファントムは交戦中! これは……フリーダム、いえ」
 次の瞬間、メイリンの声が震えた。
「ガナーザクウォーリア……お姉ちゃん!?」
 素早く視線をモニターに走らせれば、展開するパネル映像に赤い機体が映し出された。
 ルナマリア・ホークの機体だ。
「艦長、エターナル転進! こちらを捕捉しています!」
 オペレーターの声に重なるように、モニターにノイズが走る。
「通信回線に強制介入!」
 次の瞬間、正面モニターに画像が割り込み、一人の少女が映し出された。
 薄紅色の長い髪を結い上げ、凛然とまっすぐに見据える蒼い瞳、可憐な容姿から放たれる存在感に艦橋にいたすべての者が一瞬息を呑んだ。
「わたくしは、ラクス・クラインです。わたくしたちは無用の戦いを望みません。ミネルバはただちにこの宙域から離脱して下さい」
 柔らかな、しかし、それでいて意志の強さを滲ませた声音に、彼女は我に返った。
「……残念だけど、それを聞く義務はないわ」
 静かに少女の双眸が細められた。
「貴方は……?」
「ミネルバ艦長、タリア・グラディスよ」
 名乗りを上げ、タリアは続けた。
「貴方に我が艦における命令権はないわ」
 いかに、ラクス・クラインといえど。
 タリアの拒絶に、ラクスは不意に微笑んだ。
「……確かに、その通りですわね。ですが」
 蒼い双眸が煌き、鋭くタリアを射抜く。
「敵だから討つ、軍人だから戦う……そんな定義に縛られ、貴方々は何か忘れてはいらっしゃいませんか?」
「!?」
「何のために、貴方々はそこにいらっしゃるのです? 『人を殺す』ためですか? その手にある『力』はただの『兵器』に過ぎませんか?」
 静かな声は、決して大きくはなかった。
 それでも、その響きは強烈な力を持って聞いた者の心を貫いた。


 何のために?
    ――プラントのために。

 『人を殺す』?
    ――それは戦争だから。

 ただの『兵器』?
    ――ただの道具でしかない。


「どんなに理由をつけようと、『戦争』は『人殺し』です。それでも、その『罪』を覚悟で戦場に立つのであれば、そこに至る貴方々の『理由』は何ですか?」
 思わず、タリアは拳を握り締めた。
「……では、貴方たちにはあると?」
 その決意も、その理由も。
 タリアの問いに、少女は場違いなほどに柔らかな微笑を浮かべた。
「えぇ、決して違えることのできない約束と共に」
 その瞬間、タリアの裡ですべてが繋がったような気がした。
(これが、ラクス・クライン……)
 確かに、これでは太刀打ちできない――『彼』が危惧するはずだとタリアは納得した。
 プラントの歌姫。
 平和の象徴――絶対の信頼を受ける存在。
 彼女の一言は万の理論を容易く覆す。
 それが、人々の心を震わす『真実』だからこそ。
 そして、タリアは一つの決断を下すことを自身に許した。
「……そう、分かったわ」
 タリアの落ち着いた声に、驚いた様子で副艦長が振り仰いだ。
「艦長!?」
 それを黙殺して、タリアは鋭い眼差しでラクスを見据えた。
「けれど、我々はザフトです。その任を遂行するに従い、阻むのであれば、『エターナル』を敵と見做します!」
 驚愕の眼差しが集中するのを気配で察しながら、タリアは動じなかった。
 タリアの宣告を受けても、ラクスは一欠けらの動揺も見せなかった。
 そして、ゆっくりと一言告げる。


「わたくしは、信じています」


 その瞬間、通信が途絶する。
 次いで、襲ってきた衝撃に、タリアは強くアームレストを掴んだ。
「敵モビルスーツからの攻撃です!」
「うええっ!? ま、まさか、フリーダム!?」
 情けない叫びを上げるアーサーに、タリアは一言で否定した。
「いいえ」
 それを補うようにオペレーターの報告が重なる。
「ライブラリ照合なし!! 光学映像出ます!!」
 次いで、モニターに出された機体に、誰もが目を瞠った。
 今まで見たのことのない巨大な機体。
 無数の装備から放たれる砲火は虚空を真昼のように照らし出す。
 その狙いは主にアークエンジェルに定められているが、標的はエターナル、ミネルバも含まれているようで思い出したかのように攻撃が向けられていた。
 通信が途絶したのも、エターナルが被弾したせいだろう。
 その中で、フリーダムが唐突に何もない虚空に向かって、砲火を放つ。
 真空の闇を閃光が横切った直後、突然、現れた艦影にタリアは息を呑んだ。
「『ガーティ・ルー』……!」
 因縁深い敵艦の姿に、タリアの表情が引き締まった。
「ブリッジ遮蔽! コンディション・レッド、発令!」
「ブリッジ遮蔽!」
 タリアの命令を復唱し、艦橋が薄闇に沈んでいく。
「レイは今何をしているの!?」
「ダメです、電波状態が悪くて繋がりません!」
 メイリンの返答に、タリアは唇を噛み締めた。
「アスランは!?」
 その瞬間、ミネルバの真横を赤い機体が飛び去っていく。
 同時に、工廠から入ってきた通信に、タリアは絶句した。
「……アスランが、アスハ代表と……?」
 こんな時に何を考えているのか。
 一瞬、過ぎった疑問は次いで艦橋に現れた男の姿に氷解した。

「議長」

 タリアの呟きに、男は常と変わらぬ落ち着き振りで応じる。
「すまない、グラディス艦長。状況は聞いているかな」
「……えぇ、アスランがアスハ代表と本艦より離脱したことは」
 離脱、否、それは『離反』と言うべきだろうかと思いつつ、タリアは答えた。
 ……それとも、解放とでも。
 彼を取り巻く、あらゆる束縛は、彼が本来望んだであろう『未来』をひたすら遠ざけるものであったから。
 守りたいと思うのに、守れぬ無力さと、許されぬ現実。
 揺るぎないものであるのに、たった一つを貫く困難さ。
 解き放たれるに至る少年の葛藤を思い、タリアはわずかに双眸を伏せる。
「ああ、そうだ。彼にも思うところがあるのだろう。向かう先は?」
 ちらりとタリアがオペレーター席の部下を見やれば、驚愕に固まっていたメイリンが我に返って慌てて二人が乗っているセイバーを追跡する。
「アークエンジェルに合流する模様です」
「やはりか」
 一つ頷いて、男はタリアを見やった。
「タリア」
「分かっています」
 静かに表情を引き締め、タリアは命令を下した。


「タンホイザー、起動! 照準、前方、エターナル!!」


「ええ!?」
 タリアはアーサーの驚愕の声に、動揺する彼を鋭く一瞥した。
 それに気づいて、アーサーは慌てて作業に入る。
「タンホイザー、起動っ!」
 ゆっくりと艦首が開き、巨大な砲口に膨大な圧縮エネルギーが収束していく。
(さあ、どう動く?)
 鋭く双眸を細め、タリアは正面に位置する淡紅色の戦艦を見据えた。





「ミネルバ、主砲、本艦に照準捕捉!」
 危機を訴える報告に、ラクスはぴくりとも動かなかった。
「ラクス」
 前方に座るバルトフェルドの呼びかけに、ラクスはわずかに視線を動かした。
「いいえ」
 揺るぎない眼差しをミネルバに注ぎ、ラクスは続けた。
「どうぞ、このままで」
「ラクス様!?」
 驚愕の声を零すダコスタをバルトフェルドは一瞥して制すると、泰然としている少女を軽く見上げる。
「それで、いいんだな?」
 ラクスは小さく頷いた。
「わたくしは、信じています」




 導かれる光は破壊の閃き。
 すべてを呑み込み、虚空に溶かす、暴虐の輝き。
 立ち阻む『敵』を滅ぼし、撃ち砕くそれは『戦女神』の裁きとも言えた。



 その破滅の光が巨大な砲口が溢れる瞬間、タリアの口から号令が迸った。



「てぇ――――っ!!!」



 虚空の闇が押しやられ、光が世界を覆う。
 その眩い光に深い陰影を刻まれたラクスの容貌に淡く溶けるような微笑みが浮かんだ。


「……っ!?」


 タリアは双眸を瞠って、思わず腰を浮かせた。


 ミネルバが放った強烈な輝きとは違う光がそこに在った。
 ほのかに薄く輝く光は荒れ狂う破壊の意志を受け止めるように、展開された「盾」。
 それを掲げるのは「自由」の名を冠し、力を伴う意志を秘める存在の「剣」。

「フ、フリーダム!?」

 アーサーが驚愕の声を上げるのを聞きながら、タリアは目の前の光景に見入っていた。
 白く輝く光の盾はタンホイザーの破壊の光を波紋を広げるような感覚で受け止めていた。
 それはまるで、行使する『彼』の心のようだ……淡く儚く、容易く砕けそうなのに、揺らぐことのない強さ。

「これが、オリハルコン、か……」

 ぽつりと届いた呟きに、素早くタリアは光の盾に魅入られたように鋭い双眸を細めている男を見やった。
(オリハルコン……?)
 すぐさま状況から、タンホイザーを防いだ「光の盾」のことを示しているとタリアは理解した。
 これまで幾度となく、思ったことだが、相変わらずの「タヌキ」だ。
 その穏やかな素振りに、どれだけの情報を隠し持っているのか。
 だが。
 不意に、タリアは小さく吐息を零した。
 これで、結果は出た。
 自然に緩む頬とは対照的に、タリアの瞳に強い光が灯る。そして、ゆっくりと口を開いた。
「デュランダル議長」
 その瞬間、男から恍惚にも似た笑みが消え、常に浮かべている穏やかなそれに切り替わる。
「何かな、グラディス艦長」
「ただちにブリッジから退出して下さい」
「……タリア?」
 その呼びかけに、タリアは失笑を零した。
「私は、このミネルバの長たる者。私の命令に従っていただきます、デュランダル議長」
 わずかに男の頬が動き、探るような眼差しが束の間タリアに注がれた。
「……もちろん、この艦の艦長は君だ。だが、分かって欲しい。私もまた、その責務において、この戦いの行く末を見守る義務があるのだと」
 その言葉に、タリアは艶然と微笑んだ。
「ええ、それは、もちろん。ですが」
 次の瞬間、タリアの顔から笑みが消え、鋭く揺るがぬ強さを持って男を見据えた。
「我が艦の任務遂行の邪魔になるような行為は控えていただきます」
 無言で双眸を細める男に怯む様子なく、タリアは続けた。
「どうぞ、ご心配なく。我が艦は沈みません」
 そして、ブリッジからの退出を無言で命じるタリアに、やがて男は鷹揚に――少なくとも表面上は――頷いた。
「……分かった。君を信頼しよう、グラディス艦長」
「光栄です」
 さらりと受け答え、男がブリッジから消えると同時にタリアはゆっくりと体から力を抜いた。
 そして、部下たちの注目に気づき、きりりと表情を引き締める。
「何をしているの、まだ戦闘中よ!」
「は、はいっ!」
 慌てて我に返るクルーが、それでも、ちらちらと視線を寄越すのにタリアは嘆息した。
「……言ったでしょう、沈みはしないと」
「艦長、では!」
「戦わないのに、沈むなんて冗談じゃないわ」
 その言葉に、アーサーは続ける言葉を見失った。
 それを一瞥し、タリアは毅然と宣言した。
「我が艦の本来の『任務』はプラントを守ること。決して、『敵』を滅ぼすことではないわ」
 それはミネルバだけではなく、ザフト全体に言えること。
 そして、『敵』は決して目の前にある『彼ら』ではない。
「すぐにエターナルと連絡を取って! 彼らと話します」
「か、艦長〜っ!?」
 たった今、主砲で狙った相手と連絡を取ると言い出す上司に、アーサーが奇妙な声を上げた。
「何か問題でも?」
「いえっ、でも……あのっ!」
 慌てるアーサーに、タリアは緩やかに双眸を細めた。
「あの状況下、撃つことができたのに、それをしなかった。それだけで『敵』ではないと判断するのは不足かしら?」
「!?」
 あの時――タンホイザーが撃ち放たれる直前、フリーダムは艦首を打ち抜くことができた。
 あの時――地上の海と同じようように、この虚空の海で。
 しかし、それだけの『力』を持ちながら、それ以上の『想い』と『力』で、タリアの意志を受け止めた時、彼女はたった一度だけ自身に許した『賭け』に勝ったのだ。
 その事実に、タリアの顔に無意識のうちに誇らしげな笑みが浮かび上がった。
 ミネルバのタンホイザーは敗れた。
(けれど)



「勝ったのは私よ」






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