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――わたくしはラクス・クラインです。ザフトの皆さん、わたくしの言葉をどうか聞いて下さい。 全周波数の通信で入った可憐な声に、戦場となる宙域に向かっていたザフト軍の誰もが二年前を想起した。 虚空の海に、無数の戦艦とモビルスーツの大軍。 整然と並ぶ壮観な光景が映し出されたモニターを目の前に、ミリアリアは唇を噛み締めた。 対するのは、オーブのイズモ級戦艦のたった一隻。 向こうがその気になれば、容易に沈められる圧倒的な戦力の差。 その状況下で、毅然とした態度で語りかけるのは、さすが『ラクス・クライン』といったところだろうか。 ちらりと見上げれば、真摯に訴えかける薄紅の少女の握り締められた手がかすかに震えているのが分かった。 どれほど酷似し、同じ声で、同じように振る舞えるのだとしても、その本質までは似せることはできない。 ――どうか、皆さん、今一度、自分自身で考えてみてください。本当に、この戦いが避けられないものなのか、そうして、得られるものがあるのか。わたくしたちの望むべき未来がいかなるものか。 告げるべき言葉を語り終え、通信が切られる。 その瞬間、それまで浮かべていた揺るぎない表情が崩壊し、少女は蒼白になって双眸を閉じて祈るように両手が組んだ。 それを見て、ミリアリアは思わずオペレーター席から立ち上がっていた。 無言で硬く握り締められた手に、自らの手を添えると、少女は弾かれたように顔を上げた。 少し驚きながら、ミリアリアは躊躇いがちに口を開いた。 「……お疲れ」 その瞬間、少女の強張った顔がふっと緩む。 安堵と不安が入り混じった、あどけなさが含まれた微笑に、ミリアリアは軽く目を瞠り、そして、笑みを浮かべた。 彼女は、本当に違うのだと分かった。 ラクスなら、本当のラクス・クラインなら、こんな表情を見せることはしないだろう。 (見れるのは、きっとキラくらいね) 落ち着かせようと近くの艦長席に座らせ、ミリアリアは努めて朗らかに話しかけた。 「何か、飲む? 緊張したでしょ?」 「……ええ、貰います」 答える声もどこか弱々しく、似ていれば似ているほどに彼女――ミーア・キャンベルという少女が浮き彫りになってくる。 ミーアに頷き返し、ミリアリアはちらりと視線を副長席にいるキサカから無言の了承を得る。 そして、その場から離れようとした瞬間、ミリアリアの手が強く掴まれた。 「ミーア?」 「あ、ごめんなさい」 「別にいいけど」 少し考えて、ミリアリアはうろたえるミーアに笑いかけた。 「やっぱ、大変よね、あの『ラクス・クライン』の身代わりをするのは」 「ラクスさんは本当にすごいですもの」 「そのラクスの代役をやっちゃうミーアもすごいと思うけど?」 「そんな……」 小さくかぶりを振り、ミーアはモニター動く気配のないザフト軍を見つめた。 「彼らを止められなければ、意味がないわ……」 そうしているうちに、通信を求めることを知らせる点灯が光る。 その瞬間、二人の顔つきが変わった。 ミリアリアが手早く確認すると、それはザフトの戦艦からの通信だった。 艦名は。 「『ボルテール』……。ミーア」 「分かっています」 ゆっくりと少女の表情が『ミーア・キャンベル』から『ラクス・クライン』のそれへと変わるのをミリアリアは見守った。 「繋ぐわね」 「はい、お願いしますわ」 ふわりと微笑する様は、ラクスそのもの。 ミリアリアは自身の席に戻り、静かに表情を引き締めて、回線を開く。 その瞬間、モニターに移った顔に、沈黙が流れた。 驚愕の表情を浮かべた怜悧な容貌の少年を、ミリアリアは知っていた。 二年前の戦いで、顔だけは知っている。 奪取された四機のモビルスーツの一つ『デュエル』のパイロットだった少年だ。 ややあって、少年は引きつり気味に口を開いた。 「こちら、ジュール隊指揮官イザーク・ジュールだ。ラクス・クラインを出してもらおうか」 (……この人も分かり易い人よね) 内心、呟き、ミリアリアは映像を切り換えようとした。 「了解しました。今、お繋ぎします」 知らぬ振りで平然と流した瞬間だった。 「ミリアリア!?」 まさか、と思うと同時に、自身の顔が歪むをミリアリアは感じた。 イザークの横合いから顔を出してきた人物の姿に、思わず溜め息が零れそうになる。 「ディアッカ、貴様、邪魔だ……!」 唸るイザークを慣れた様子で軽くあしらい、ディアッカはまじまじとミリアリアを見つめた。 「……何で、お前がそこにいるんだ?」 このバカ、と内心、毒吐き、ミリアリアは答えた。 「それは、こっちのセリフ。アンタこそ、そんなところで、何をしようとしている訳?」 「何って……」 「何よ」 ミリアリアの態度に、ディアッカは苦笑半分困惑半分の表情で呟いた。 「相変わらずみたいだな」 「……」 心の内だけで、ミリアリアは同じ言葉を突き返した。 「ディアッカ、どけ!」 イザークはディアッカを押し退けると、厳しい顔つきでミリアリアを見据えた。 「単刀直入に言うぞ。そこにいる『ラクス・クライン』は本物か?」 ミリアリアはかすかに瞳を細めた。 「どういう意味?」 「そーゆー意味だよ。こっちの情報じゃ、混乱を目的として地球軍が偽の『ラクス・クライン』を利用しているってのがあるんだよ」 割り込んで告げるディアッカに、ミリアリアは努めて冷ややかに笑ってみせた。 「バカじゃない? どうして、私たちが偽者を用意する必要があるのよ」 「だが、オーブは地球軍に組みしている」 否定できない事実だけに、ミリアリアは一瞬口ごもった。 「……それを良しとすると本気で思っているの?」 誰が、とは、あえて言わずに告げると、モニターに移る少年たちは息を呑んだ。 「ラクスの偽者にしたって、そう。そんなこと、本気で許すと思う?」 近くにミーアが一瞬強張った気配がした。 「いや……」 「だが……」 言葉を濁す少年たちに、ミリアリアは一気に告げた。 「キラもラクスも、今も戦っているの」 あの時、見定めた『敵』と。 「逃げてない。諦めてない」 今、自分たちがしていることが最終的に間違っているのだとしても。 それでも、ここにいる意味はあると信じている。 「ラクスの『言葉』……全部、本当よ。それを伝えるために、この艦はここにいるの」 「ミリィ」 ディアッカの呼びかけに、ミリアリアはじろりと睨みつけた。 「アンタに気安く呼ばれる筋合いなんてないはずだけど?」 込み上げてくる苛立ちに流され、ミリアリアは回線を切ろうとする。 「ちょ、おい……っ!」 「出直してきて」 そして、プツリと通信が途絶え、モニターが黒くなる。 その瞬間、ミリアリアは大きな溜め息を吐いていた。 「……ミリアリアさん」 躊躇いがちに呼びかけられ、ミリアリアは脱力気味に首を巡らした。 「ごめん、勝手に切っちゃった」 「いえ、それはいいです。さっきの人たち、ラクスさん、知っているんですよね……」 「え、あぁ、うん」 「だったら、見破られてたかもしれないし」 そして、ミーアはかすかに微笑んだ。 「ちょっと安心しました。……本当は、それじゃ、ダメなんでしょうけど」 そして、二人の少女は互いに微笑み合った。 「一体、何なんだ、あの女は!? 何様のつもりなんだ!?」 一言も言い返すことのできなかった身で今更何を言っても『負け犬の遠吠え』。 そう思いはしても、言わずに、ディアッカは隣で唸っている戦友に問いかけた。 「……で、どうする?」 「どうするもこうするも! 大体、貴様は何で平然としていられるんだ! バカにされたんだぞ、バカに!」 「いや……まぁ、今回に限った訳じゃないし」 渇いた笑みで受け流し、ディアッカは問いを重ねた。 「で、どうするんだよ。あそこまで言われてさ」 その瞬間、イザークは押し黙った。気難しい表情で苛々と考えている様子に、ディアッカはかすかに笑った。 結論は出ている。 ただ、それを易々と認めたくないのだろう、負けず嫌いの戦友は。 「……確かに、戦わずに済むなら、それが一番だ」 低く呟きながら、それでも、表情は不愉快さを明確に映し出していた。 「まあ、そうだよな」 不意に、イザークは溜め息を吐いた。 「今度こそ、軍罰ものだな……」 「まあ、そうだよな」 丸っきり同じ返答に、イザークは鋭くディアッカを睨みつけた。 「貴様、やる気があるのか」 その言葉に、ディアッカはにやりと不敵に笑った。 「もちろん。あそこまで言われて大人しくしていたら男が廃るだろ?」 |
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