連鎖誓言



 小型シャトルが艦に収容され、状況が落ち着くや否や、ラクスはそれまでの冷静さがどれほどの努力のものだったかを伺わせる動きで、艦橋から離れた。
 ふわりと浮かぶ体がもどかしい。
 大地を足につけ、力の限り走り抜ければ、もっと早く行けるというのに。
 思いながら、ラクスは艦の後部にある工廠に向かっていた。
 自動ドアが開いた瞬間、視界に飛び込んできた少年の背中に、ラクスは突き上がってくる感情を迸らせた。


「キラ!!」


 その声に弾かれ、振り返った紫の瞳が笑みを滲ませると同時に、ラクスは少年の胸に飛び込んでいた。
 とん、と手すりに背を預けながら、受け止めてくれる感触の心地よさに、ラクスは吐息を零した。
 緩々と見上げると、笑みを浮かべたキラの顔があり、ラクスは不意に恥ずかしさを覚えて、身を離した。
 優しい抱擁はするりと解かれ、ラクスは身の佇まいを整える。
 そして、ふわりと笑顔を浮かべた。


「おかえりなさいませ、キラ」


「うん、ただいま……ラクス」


 二人はにこりと微笑み合い、傍らにあるものにゆっくりと視線を向けた。
 鉄灰色の巨体がそこにはあった。
「……待っていましたのよ、『わたくしたち』は」
「うん」
 頷くキラに、ラクスは俯いて両手を握り締めた。
「本当は、迷いました。けれど、貴方が諦めていないと聞いたから」
 『剣』が毀れても、尚。
 傷ついても、尚。
「ラクス」
 呼びかけられたラクスが見上げると、キラは微笑んだ。
「決めたら、やり通す。……それが成し遂げる方法、なんだよね?」
 思いがけぬ言葉に、ラクスの頬がさっと赤らむ。
 それは、かつてラクスが紡いだ言葉だった。
「……いらっしゃったのですか」
「不可抗力。僕の方が先に入っていたんだよ」
「……」
 むすりと柳眉をひそめるラクスに苦笑して、キラは続けた。
「僕は、皆を守りたいと思った。……ラクスを守ると決めたんだ。だから、諦められる訳がないんだ」
 ややあって、ラクスは溜め息混じりに頷いた。
「分かっていますわ。だからこそ、わたくしも、また、『此処』に在るのです」
 そして、ラクスは表情を改めた。
「キラ、カガリさんが『あちら』にいらっしゃいます」
 その瞬間、キラの表情から笑みが消える。
「どうして」
 問いを放った瞬間、キラは自ら答えを導き出していた。
「――僕のため、か」
 再び、『剣』を手に取る時間を作るために。
 そして、少しでも、『彼』と『彼女』の戦いに希望を齎すために。
「いいえ」
 ラクスは射抜くような蒼い眼差しを向けて告げた。
「……いえ、もちろん、その意志もあったと思いますけど、カガリさんは、ご自分のために行かれたのだと思います。『あちら』にはあの方がいらっしゃいますから」
 その言葉に、キラは瞳を翳らせた。
「まだ、戦うのかな、僕たちは」
「キラ」
 ラクスに微笑んで、キラは彼の『剣』へと視線を向ける。
「大丈夫、僕は負けないから」
 負けられない理由がある。
 決して、譲れない――誰が相手でも。
「……お二人とも、頑固ですもの」
 くすりと笑って、ラクスは続けた。
「ですから、わたくしもカガリさんも放っておけないのでしょう」
 そして、ラクスは静かに息を整えた。
「すでに、アークエンジェルが先行しています。そちらには『彼』が」
「うん」
「ザフト軍はミーアさんが引き受けて下さいましたわ」
 不意に出た名前に、キラの顔がわずかに歪んだ。
 それに気づいて、ラクスは苦笑した。
「そんな顔をなさらないで下さいな。あの方に悪気はなかったのですから」
「分かってる」
 愛想のない返答に、ラクスは小さく溜め息を吐いた。
「分かってる、けど、納得はできないから」
 似たようなことを幼馴染みも言っていたなと思いつつ、キラは気まずげに身じろぐ。
「……わたくしの『言葉』を届けて下さると仰って下さいましたのよ。危険なことも承知の上で」
 駒ではなくなった『ラクス・クライン』など、本物であるラクス同様、暗殺の対象になっていてもおかしくない。
 こうして、信頼のおける武装した戦艦に身を置き、キラの傍にある自身とは違う。
 オーブの戦艦の戦闘能力は水準より高いものだが、一隻だけでは勝負にならない。
 元より、勝つための戦いではないとはいえ、危険を冒しさせている自覚はあった。
 心配そうに表情を曇らせるラクスにキラは慌てて言葉を紡いだ。
「ザフトには『彼ら』もいるから」
「ええ。とりあえず、打てる手は打たせていただきましたけど」
「打てる手……?」
 きょとんと瞬くキラに、ラクスはにこりと笑った。
「はい、ミリアリアさんにご協力をお願いしました」
「ああ、なるほど」
 一人は確実に動きが決まった。
「それで、間に合いそう?」
 キラの問いに、ラクスはニッコリと微笑んだ。
「この艦の足の速さはご存知でしょう。間に合わせてみます」
「うん、ありがとう」
 そして、踵を返し、コックピットに向かおうとするキラに、ラクスは咄嗟に腕を伸ばしていた。
「キラ!」
「……ラクス?」
 ラクスは不意に口を噤み、蒼い瞳に宿る光を揺らしながら言わねばならないと再び口を開いた。
「……キラ、『剣』は蘇りました。けれど、『緋々色金』は使わないで下さい」
「ヒヒイロカネ?」
 ややあって、その言葉に意味するものを理解して、キラは顔色を変えた。
「どうして……? アレなら、きっと」
 あの『盾』ならば、『彼』が『彼女』を『破壊者』から救うことだってできるかもしれないのに。
「……どうしても、です」
「ラクス?」
「お願いですから、キラ」
 真剣に願うラクスに、キラはぎこちなく頷いた。
 それに安堵の笑みを零し、ラクスはキラの手を離した。
「お止めして、すみません。わたくしも艦橋に戻りますわ」
 微笑んで身を翻すラクスに、咄嗟にキラは離れた手を掴み直していた。



「ラクス!」



 ふわりと、唇に触れる温もりに、ラクスは双眸を瞠った。
「……」
 そっと距離を取る紫色の瞳がラクスだけを映していた。
「戻ってくるから、必ず」
 その言葉に、ラクスは緩々と微笑みを浮かべた。
「はい」
 静かに、離れていく手を、ラクスは残る温もりを抱き締めるように胸にやる。
「行ってらっしゃいませ」
 そして、コックピットに消える少年の姿をラクスは見送った。
(わたくしの我侭、なのですわ)
 優しいキラだから、『緋々色金』を、『二人』のために用いることは躊躇いはしない。
 そうして、自身を危機に追いやることを、きっと考えもしていないのだろう。
 絶対の『盾』はどこでも、どこまでも使うことはできる。
 だが、別の場所に、同時に、展開させることはできないのだから。
 無数の攻撃を防ぐ際さえ、わずかなタイムラグがあるのをラクスは知っていた。
 それは、コンマ一秒以下の世界だからこそ、同時に見える。
 だが、本当に意味で『同時』ではない。
 その瀬戸際で、自身を優先してくれと願っても、きっとキラはしない、できない。
(それが、キラだから)
 だから、ラクスは願ったのだ――使うなと。
 最初から使わなければ、下手な余裕を持たねば、きっと生きて帰ってきてくれると思ったから。
 でも、そんな自身の思惟さえも見透かされていたのかもしれないと、ラクスはそっと手を唇に当てた。
(でも)




「わたくしは、貴方の言葉を信じます」






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