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「これは、どういうつもりかね?」 問う声音の穏やかさは常と変わらず、心持ち顰められた眉は訝しさを表しはしても動揺までには至っていない。 動じる気配のない男は裏腹に、琥珀の瞳を極限まで瞠っている少女は掠れた声音で一つの名を口にした。 「アスラン……」 今、彼女の瞳にはどんな自分が映っているのだろうと思いを巡らせつつも、アスランは差し向けた銃口の先にある男を見据えた。 「カガリから、離れてください、議長」 自分でも分かる硬い声音。 「君は何か誤解していないか? 私が姫に何かするとでも?」 何もしていない。 何かするどころか、彼は少女の今までの苦難を労い、慰めと力強い支援の言葉を紡いだばかりだった。 「……そうですね。貴方は何もしていない。――――貴方自身は」 最後の一言に込められた思惟は自嘲の響きが含まれていた。 「アスラン・ザラ」 「お返しします」 男の言葉を制するように、アスランは自身の胸にあった『忠誠の証』を剥ぎ取り、男に突き返した。 「……どういうつもりだね?」 先ほどより、やや低くなった声音に、アスランは双眸を細めた。 「貴方は、かつて私の信念や信義に忠誠を誓えばいいと言って、これをくれました。だけど、そうやって、私はまた同じ愚を犯した」 信じるに足ると思った。 信じたいと思った。 だけど、そうして、アスランがしたことは、かつてと同じ過ちだった。 ザフトに戻り、戦い、そうして、何をした? 親友と擦れ違い、大切な、何よりも大切な、守りたいと思う少女をこんな危険なところまで来させた。 「証なんて、いらなかったんだ。誰かに、認めてもらう必要も、保障されることも、いらなかった」 アスランは無言で見つめてくる穏やかな顔に、表情を歪めた。 「信じることに、資格も力もいらなかった」 「アスラン」 「デュランダル議長、今一度、その真意を」 銃を突きつけ、優勢であるはずのアスランが、必死に言葉を綴るのをカガリは息を呑んだ。 抵抗する術を持たぬ男に、アスランが気圧されている。 「何故、ミーアを『ラクス・クライン』に? そして、ラクスの暗殺は……貴方の指示なのですか?」 その問いに、カガリはアスランの葛藤を感じた。 アスランは、銃を突きつけることになっても、まだ信じたいのだ、彼を。 信じられると思うことがあったのだ――離れている間に。 「……私の『ラクス・クライン』のことに関してはかつて言ったとおりの理由しかない。それにしても、ラクス・クラインの暗殺?」 まるで初耳だというように、柳眉を上げ、思案する素振りに、カガリは表情を強張らせた。 「もし、それが本当ならば、すぐに彼女の身柄の安全を図らねばならない。アスラン、彼女の居場所を君は知っているのか?」 「!」 カガリの目に、アスランの躊躇いが見えた。 議長は本当に知らないのだろうか……本当に? 次の瞬間、カガリは咄嗟に口を開いていた。 「ラクスは!」 不意のことに、二人の視線がカガリに集中する。 それにわずかに動揺しながら、それでも、カガリは明言した。 「ラクスは、何よりも一番安全な所にいる。議長の杞憂されるところではない」 そう、ラクスは大丈夫だ。 誰よりも彼女を想い、守るための力を得た『彼』の傍らに在るのだから。 (だから、私は) ぐっと唇を噛み締め、カガリは表情を改めた。 「カガリ」 アスランの呼びかけを無視して、カガリはまっすぐに男を見据えた。 「議長、私も知りたい。貴方がこの戦いの最後に何を見ているのかを」 「何を?」 「貴方はかつて、言った――争いがなくらぬから力が必要だと」 その言葉に、闇雲に反論していた自身を思い返し、カガリは自嘲の笑みを浮かべた。 カガリが無力であるばかりに、オーブを、誇りあるオーブの理念を汚させた。 それは、いまだ、オーブ代表の身であるカガリが生涯をかけて贖わねばならない罪だった。 「争いがあるから力を、力を持つから争いを、互いが互いを生むのならば、その連鎖を断ち切るにはどうしたらいい?」 どうしたら。 どうやって。 それは絶えず、付き纏う疑問。 「議長、私は愚かだ。私一人の力など、たかが知れている。だからこそ、問いたい。どうしたら良い?」 「姫」 かつて、カガリは力を持つことに対して強硬なまでに批判した。 だが、無力さは更なる争いを生んで――それは、父ウズミが選んだ末の戦いとは比べ物にならないほどの痛みを伴うものだった。 カガリの問いに、男は静かに笑んだ。 「力は力ですよ、姫。そこに善悪など存在しない。それを定めるのは人の意志――歴史そのもの」 その瞬間、それまで沈黙していたアスランの顔色が変わった。 「議長……!」 振り返った男に、アスランは強張った表情で見据えた。 「議長、今の言葉、『勝てば官軍』と?」 歴史は勝利した者が作る。 アスランの父パトリックが『悪』と印象付けられたのも、負けたからに他ならない。 アスランには議長の真意が見えない。 だが、分かったことが一つだけあった。 彼は、ギルバート・デュランダルは、『勝利者』の位置に自らを定めている。 どんな不足の事態でも、すべてを逆転させるだけの力を――それは実際の戦力だけではなく、内外の政治的戦略を含めて――有し、それゆえに、何が起こっても怯まない。 「アスラン」 男の呼びかけを振り切るように、アスランは言い放った。 「認められません」 次の瞬間、部屋全体が揺れるほどの衝撃がした。 そして、照明が赤い非常灯に切り替わる。 『コンディション・レッド発令! コンディション・レッド発令!』 戦闘を知らせる警報に、男とアスランの意識が向いた瞬間だった。 「アスラン!!」 逸早く、我に返ったカガリがアスランの腕を掴み、駆け出す。 「カガリ!?」 驚きながらも、カガリに従ってアスランも駆け出した。 一瞬、背後の男を警戒して視線をやるが、動く気配がない。 部屋を飛び出し、非常事態に走る人波に紛れてカガリは工廠に向かっていた。 「待て、カガリ、お前、どこに」 咄嗟に、肩を掴んだアスランにカガリは足を止めて、強い声で告げた。 「お前、この艦にあるんだろう」 「は!?」 「だから、お前の機体だよ!」 「……セイバーのことか?」 「そう、それ! それで、逃げるんだよ」 「は、あ!?」 思わず、マヌケな声を零すアスランにカガリは苛立たしげに続けた。 「キラたちが来てる」 「キラ……!?」 「ああ、そうだ。私の役目は時間稼ぎだ。……キラが、もう一度『剣』を受け取るまでの」 「待て、一体、何の話だ?」 ついに、カガリの気が切れた。 元々、気は長い方ではないのだ。うじうじと悩むのも、大人しく待つのもカガリの性分ではない。 「だから、お前はとにかく操縦して私を連れて行けばいいんだよ!! 分かったか!?」 これ以上、どこに何の説明があるとばかりに叫ばれ、アスランは口を噤んだ。 同時に、ひどく懐かしい気分に襲われた。 カガリ・ユラ・アスハという少女は、確かに、こんな人間だった。 理屈や論理や、ややこしい定義をいっそ乱暴といえるほど無視して、傲慢なまでにまっすぐに答えを叫ぶ。 そんな彼女に惹かれたのを思い出して、アスランは微笑むを浮かべた。 「ああ、分かった」 今まで悩んでいたのが嘘のような、久々に晴れやかな気分でアスランは笑った。 「俺はお前の傍にいる」 |
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