ギリシャ人とドイツ人の関係が険悪な理由
「ギリシャ人って、ドイツ人のことが本当に嫌いみたい」と、周りにいるドイツ人がよく言う。ドイツには、多くのギリシャ人、あるいは、ギリシャ系の人が住んでいる。彼らの心中は、おそらく複雑なのだろう。「旅行でギリシャに行くと、皆、すごく親切なんだけどねえ」と、そんな彼らにドイツ人は少し当惑気味だ。
ギリシャ経済が破たんして以来、さまざまな救済措置が施されており、EUやIMFがつぎ込んだ援助額はすでに莫大だ。そして、それを仕切っているのがドイツで、援助の条件としてギリシャに過酷な緊縮財政を強いている。ところが、そのお金のほとんどはギリシャ人の手には渡らず、債権者である外国の銀行に還元されているらしい。これでは、ギリシャ経済ではなく、外国の銀行の救済だ。そうするうちにギリシャ人は職を失い、貧乏のどん底に落ち込んでしまった。
当然のことながら、目下のところギリシャ国民はドイツに感謝はしていない。しかし、自分たちの貴重な血税をギリシャ人のために差し伸べていると信じているドイツ国民は、これだけ援助しているのにギリシャ人は感謝もしないと腹を立てている。そこで腹いせに、「怠惰だ」とか「腐敗だ」といってギリシャ人を責めるが、まあ、これも当然のリアクションか。そんなわけで、ギリシャ人とドイツ人の関係は、現在、たいへん険悪だ。
ただ、ギリシャ人のドイツ嫌いは、実は、今に始まったことでない。それは戦時中のナチによる占領時代にまでさかのぼる。当時、ナチスドイツの厄災はヨーロッパ中に及んだが、ギリシャはその中でも、一番苦しんだ国の一つだ。フランスのようにあっという間に降伏して、ナチの傀儡政権を建てた国とは違い、ギリシャ人は最後の最後まで抵抗を止めなかった。そして、それが仇になった。
1940年、まだ元気の良かったイタリアのムッソリーニが、ギリシャに降伏を迫った。それに対してギリシャの将軍が返した電報はたった一言「ochi」。ノーである。怒ったイタリア軍は大軍を率いてギリシャに攻め込んだ。ところがイタリアは、兵力では勝っていたのに、勇猛なギリシャ軍に敵わず、あっという間にアルバニアとの国境まで押し戻されてしまう。呆れかえったヒトラーは、仕方なく援軍を差し向けた。
ドイツ軍もギリシャ軍には手を焼く。それでもようやく蹴散らして、そのあとは、特別過酷な占領政策を敷いた。ナチに逆らうとどうなるか、世界に見せつけるためである。
それでも、ギリシャのパルチザンの抵抗は止まず、ナチのやり方はますます過酷を極めた。ドイツ兵が一人殺されたら、その報復として10人のギリシャ人が殺された。30もの村が全滅した。橋も建物も破壊された。こんな小さな国なのに、物的損害は、ポーランド、ソ連、ユーゴスラビアに次ぐ規模だったそうだ。結局、1941年~44年までの占領時代、婦女も含めてなんと全人口の7.8%が犠牲になった。もちろん経済が壊滅状態となったことはいうまでもない。
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