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美は、見る人のなかにある『美しい幾何学』

美しい幾何学 これを紹介するのは、とても簡単で、すごく難しい。

 というのも、簡単なのは、これは「見る数学」だから。ただ眺めているだけで、その美しさが伝わってくるから。教科書ならモノクロで印刷される定理や図形を、鮮やかなモダンアートにして魅せてくれるから。オイラー線やサイクロイド、シュタイナーの円鎖など、単体でも美しいフォルムをカラフルにリデザインしており、ページを繰るだけで楽しくなる。ひまわりやオウムガイの螺旋に見られる、形のなす必然に心が奪われるだろう(たとえフィボナッチ数の話を知っていたとしても)。

 同時にこれは、「知る数学」でもある。だから、伝えるのは難しい。直感だけで受け取った美には、そのパターンを支えるシンプルな定理が存在し、かつそれは、なるべくしてそうなっていることに気づかされる。この必然性を知るためには、やはり定理を解き、式を理解する必要がでてくる。編集方針なのだろう、数式を控えめに、なるべく「見て分かる」ようにしている。この、簡潔だけど丁寧に解説する知的態度を伝えるのが難しい。

 さらに、中学で習った三平方の定理のすぐ脇に、奥深い無限の世界が口を開けていることも、見える化されている。もちろん無限は描き尽くせない。だが、どっちへ進むとそうなるかは、描ける。有理数とイコールで結ばれた(完結した)世界から、いきなり果てのない深淵の扉が開くのは、実はとっても怖いことなんだと、あらためて教えられる。アルキメデス学派がタブー扱いするのも分かる。量を測るための数学が、量をなくしてしまうことになるから。頭で分かってはいても、見えるようにするとゾッとなる。

 たとえば、表紙のシェルピンスキーの三角形だ。こんなプロセスで出来上がる、フラクタルな無限である。

 1. 正三角形を描く
 2. 正三角形の各辺の中点を結んだ正三角形を描く
 3. 中央の正三角形を取り除く
 4. 上記2.と3.を繰り返す

 最初の三角形の面積を1とすると、次の3つの三角形のそれぞれでは、面積が1/4で、全部を合わせた面積は、3*(1/4)=3/4になる。次のステップで9個の黒い三角形の面積は1/16で、総面積は9*(1/16)=(3/4)^2となる。これを続けていくと、残った部分の面積は、数列1,3/4,(3/4)^2,(3/4)^3...となり、公比3/4の等比数列となる。

 公比は1未満のため、数列の項は、n→∞のときに0に限りなく近づく。そのため、最終的には元の三角形は、各段階で黒い領域の1/4だけを取り除いたにもかかわらず、消えてしまうことになる。表紙のシェルピンスキーの三角形は、わずか6ステップしか踏んでいないのに、既に完璧な"篩"になっている。面積という、見える有限の「量」が無限のステップの中で消えてしまう不思議。

 その一方で、三角形の周長は、一辺1とすると、3,9/2,27/4,81/8...となる。これは公比3/2の等比数列で、公比は1より大きいので、より多くの三角形を取り除くにつれて、項は際限なく大きくなり、周長は無限に大きくなってゆく……面積がゼロに限りなく近づく一方、無限の長さをもっている! ありふれた三角形から、この世のものではない無限を導き出し、それを見せてくれる。プロセスとして無限の扱い方は知ってはいるが、実感となると慄く(いまだに、アレフとかいう一つの記号で無限を表すことに違和感がある)。

数学で生命の謎を解く 「見る数学」に無限の深淵を見せる一方で、数学の美を絶対視していないところもいい。たとえば、このテの話にありがちな、「なんでもかんでも黄金比」に堕していないところ。黄金比の素晴らしさに"洗脳"されて、全ての中に探そうとする態度を戒める。自然界の生物から始まって、パルテノン神殿などの建築物、ダ・ヴィンチのスケッチ、果てはクレジットカードの縦横まで、なんでも黄金比で解決しようと/取捨選択しようとする人がいる。イアン・スチュアートの名著『数学で生命の謎を解く』[レビュー]によると、これは都市伝説になる。統計手法を望むデータ周りに集中させることで、強引に当てはめることが可能になるという。現代の数秘術だね。

数学は美しいか シンプルなかたちの中に、奥深い原理を知る。パターン・数・形と遊びながら原理を知ることで、自分のなかで美が再構成されるのが分かる。美しいものは、見える人のなかにあることが分かるのだ。以前、「数学は美しいか」という特集した雑誌を手にしたことがある。『美しい幾何学』は、この挑戦的なタイトルへの一つの見事な応答だろう。

 数学は美しい、だがその美は、見る人のなかにある。


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