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異世界料理道 作者:EDA

プロローグ

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覚醒

2015.2/4 「後書き」の文章を削除いたしました。
 気がつくと、俺は見知らぬ森にいた。
 見知らぬ森で、大の字で寝転んでいた。

「あれ……?」

 半身を起こし、ねぼけまなこであたりを見回す。
 森だ。
 見知らぬ森の、真っ只中だ。
 いや、そもそも繁華街のど真ん中で生まれ育った俺に「見知った森」など存在しないのだが。それ以前に、そこは日本国内とも思えないアマゾンの密林のごとき様相を呈していたのだった。

 奇怪な形状にねじくれた大樹。
 巨大なシダの葉。
 毒々しい原色の花。
 聞き覚えのない鳥の鳴き声。

 頭上には分厚く枝葉が重なって、空の色など見えやしない。
 いったい何処なんだ、ここは?

 青々とした下生えの草に半ば埋もれつつ、俺は我が身をかえりみる。
 白い調理着、白い前掛け、白いシューズの、白装束。
 胸には『つるみ屋』の黒いロゴネーム。
 頭には白いタオルまで巻きつけた、ふだん通りの格好だ。

 どうしてこの俺が、こんな格好のまま、こんな場所で寝転んでいるのだろう。

 俺はその場にあぐらをかいて、とにかく意識を失う以前のことを思い出そうと試みた。
 すると――身体を動かした拍子に、何かが手に触れた。
 固く、なめらかな、加工された木工品の感触。
 下生えの草に埋もれていたそいつを引っ張りだしてみると――それは、朴の白鞘に収められた、一本の三徳包丁だった。

 使いこまれた、黒檀の柄。
 刃渡りは、21センチ。
 白い木の鞘から抜くまでもない。それは、俺の親父が生命よりも大事にしていた、京都の刃物店の老舗『榊屋』の逸品たる三徳包丁だった。

 そして。
 それを見た瞬間。
 俺は、すべてを思い出していた。


               ◇


 俺の名前は、津留見明日太。
 津軽海峡の津に、留まって見る。明日太ると書いて、「つるみあすた」だ。

 公立高校に通う2年生の17歳。身長は170センチ、体重は58キロで、べつだん太ってはいない。
 生まれも津軽ではなく、関東の千葉である。
 家は『つるみ屋』という大衆食堂の店をやっていて、まあそれなりに繁盛はしている。いや、繁盛していた。1ヶ月前に、あいつらがやってくるまでは。

 何でも店の隣りのビルが複合型アミューズメントなんちゃらとして改装されるらしく、その新しいオーナー様とやらが「店の敷地を売ってほしい」と願い出てきたのだ。

 建前としては、「駐車場を造りたいから」
 本音としては、「パーク内にはフードコートを設置する予定であり、隣りに人気の大衆食堂などがあると集客に影響が出そうだから」

 もちろんこちらとしては、そんな一方的な要求を受け容れる筋合いもないので丁重にお断りしたのだが。どうにも相手が悪かった。
 その新しいビルのオーナー様とやらは、どうやらそのスジの人間だったようなのである。
 そのビルも、悪辣な手段で前の所有者から強奪したものであるらしい。

 そんなわけで、ビルの改装が始まるのと時期を同じくして、陰湿な嫌がらせが始まった。

 店のシャッターに「汚染済」とかいう落書きが書かれたり、無言電話が鳴りまくったり、軒先に猫の死骸が放り捨てられたり……などという、古典的な嫌がらせである。

 唯一当世風であったのは、ネットの口コミサイトだとかで「あの店は何回も食中毒を出しているらしい」とかいう根も葉もない醜聞が拡散されたことぐらいであろうか。

 もちろん昔ながらのお客さんたちは、そのような出来事など歯牙にもかけず、同じペースで通ってくれていた。
 が、一見のお客さんや学校帰りの大学生なんかはめっきり数が減じてしまい、それは売り上げの数字にもはっきり現れた。
 インターネットの普及率および影響力とはこれほどのものなのかと、俺はほぞを噛む思いだった。

 それでも親父は、笑っていた。
「そんなデマカセを信じて俺の料理が食べられなくなるなんて、まったく損な人生だなあ」と。


 笑えなくなったのは、ついさっき。
 俺の体感としては、数時間前。
 夕の部の下ごしらえを俺にまかせて食材の仕入れに出かけていた親父は、軽トラックに轢かれて救急病院に担ぎこまれてしまったのだった。

 病院からの急報を受けて、俺は調理着のまま病室に駆けつけた。
 ベッドの上で、それでも親父は豪快に笑っていた。
 笑ってはいたが、両足を複雑骨折してしまっていた。
 腕にも頭にもぐるぐると包帯が巻きつけられており、そこかしこに赤い血がにじんでしまっている。
 何でも、時速80キロぐらいで突進してきた軽トラックに、真正面から撥ねられたのだという。
「生きているのが奇跡だ」と担当医の先生は呆れ顔をしていた。

 軽トラックは、そのまま逃走。
 目撃者は多数いたそうだが、車体からはナンバープレートが外されており、運転手は、ニット帽とサングラスで面相を隠していた。

 完全無欠に、計画的犯行だ。
 それでも、親父は笑っている。
 まあ、この親父の息の根を止めるには、ダンプカーでも用意しないと無理だということだ。


 以下は、親父と担当医の会話。

「それで、退院はいつぐらいになりますかねえ?」

「いえ、あの、退院云々というよりも、これから脳波の検査をして、それから両足の手術ということになりますので……」

「ええ。ですから、退院はいつぐらいに?」

「現段階では、まだ何とも……何せ両足の複雑骨折ですから、リハビリにだって何ヶ月かかるかわかりませんし……」

「はあ。そのへんのことは先生におまかせしますけど、俺にも店があるんですよ。車椅子でも何でもかまいやしませんから、とっとと退院させておくんなさい。こんな唐変木にまかせておいたら、俺の店が潰れちまいますわ」

 もちろんその唐変木とは、俺のことである。
 まあこの親父だったら、車椅子だろうが松葉杖だろうが、死ぬまで包丁を奮い続けることだろう。そう考えたら、何だか俺まで笑えてきてしまった。

 そこに――幼馴染の玲奈から電話が入ったのである。
「店が、『つるみ屋』が燃えている!」と。

 俺がそれを伝えると、初めて親父の顔から笑いが消失した。

「明日太! 包丁だ! あれだけは燃やしちゃなんねえ!」

 すぐさま病室を飛びだした俺は、往路よりも必死に復路をたどることになった。

 親父が生命よりも大事にしている、『榊屋』の三徳包丁。
 どんな場所でも、どんな食材でも、どんな道具でも、お客さんを満足させることができるのが本物の料理人だ!などと嘯く親父をして、「だけどこいつだけは手放せねえ」と言わしめた、『榊屋』の先代が鍛えた逸品。

 あれだけは――駄目だ。

 どんな嫌がらせを受けても、トラックに轢かれても、両足をへし折られても、店を燃やされても、決して揺らぐことのなかった、親父の心――『榊屋』の三徳を失ったら、たぶんそれが木っ端微塵に砕け散ってしまう。

 だから俺は、必死に走った。

 店の前には、何十人もの野次馬がたむろしており、消防車による消火活動もすでに始まっていた。
 しかし、『つるみ屋』は依然として炎に包まれ、6月の空に黒煙を噴きあげていた。
 どれだけ水をぶっかけても、全焼はまぬがれないだろう。

 それぐらいの燃えっぷりだった。
 悪夢のような、燃えっぷりだった。

「あすたちゃん……」

 呆然と立ちつくしていた玲奈が俺に気づき、泣き顔で取りすがってくる。
 俺はそのほっそりとした肩をつかみ、ひとつうなずき返してから――炎の中に、飛びこんだ。
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