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【社説】

国民と財政議論 納税者は蚊帳の外か

 財政健全化の議論が進んでいる。だが、重要な視点が欠落している。国民の関わり方だ。「お上」の決めるままに税をとられるだけでいいのか。

 財政と税は表裏一体だ。中東と違い油田も乏しい日本では、財政資金は国民の税で原則賄われるべきなのに、政府は税収(五十兆円)の二倍もの支出(百兆円)を続けている。そんな積み重ねが一千兆円を超す借金の山を築いた。

 安倍政権が進める財政健全化議論でも、過大な経済成長を期待して税収の大幅増を当て込む。財政の鉄則は「入るを量りて出(い)ずるを制す」だが、税収見込みが甘すぎれば財政再建など夢物語である。

◆密室で決まる税制

 「税制の歪(ひず)みが、膨大な財政赤字を生み、格差拡大や社会的不公平も招いてきた」

 民間税制調査会(民間税調)という納税者目線の政策提言集団を二月に立ち上げた三木義一・青山学院大教授は指摘する。

 税制の歪みの原因は、納税者が「税は自分たちで決められないもの」と諦観や無関心でいるのをいいことに、政府与党が密室で都合よく決めてきたためだという。

 だから民間税調は政府や政党とは違う立場で国民的議論を起こし、望ましい税制の提言を目指す。著書「資本主義の終焉(しゅうえん)と歴史の危機」が昨年来注目を集めるエコノミスト出身の水野和夫・日大教授、租税回避問題に詳しい志賀桜弁護士ら在野の税財政の専門家八人が中心となり、数百人規模のシンポを開催している。

 「密室協議」で決まる、わが国の税制とはどういうことか。税制の決定機関は大きく二つ。有識者で構成する政府税制調査会(政府税調)が改正の理念や制度の大枠を示す。具体的な税目や税率など実質的に仕切っているのは自民党税調である。業界の要望を受け付け、採否を判断する。法人税の租税特別措置といった減税はこうした密室での差配によるものだ。

◆衰えた再分配機能

 「税は国家なり」というように税は社会や国の方向性を示すものだ。残念ながら日本では政治献金や票によって税が歪(ゆが)められてきたといっても過言ではない。

 戦後七十年、日本の税制は明らかに「失敗」だった。それは主権者である納税者に「税はお上が決めるもの」という諦観と無関心を生んだことに加え、「奪い取られるもの」との被害者意識を植え付けてきたからだ。端的にいえば税はとられたが、その「見返り」の実感が乏しいということである。

 税には本来、財政資金を賄う財源調達機能とともに富の偏在を正す再分配機能がある。富める人がより多く負担するということだ。戦後の一時期は、所得税の最高税率が85%にも及んだり富裕税を導入するなど、税制を通じて中間層の育成に寄与した。

 一方で、納税者の大多数を占めるサラリーマンは源泉徴収と年末調整により有無を言わさず税を取られるので、それも被害者意識につながっている。実際には、納めた税金は年金や医療、生活保護など社会保障で自らに返ってくるにもかかわらずだ。

 「見返りの実感が乏しいのは予算の支出が不透明だから」と三木教授は言う。特定業界への利益誘導のような使われ方や無駄遣いが目立つし、社会保障は税とは別に保険料負担も重く、給付との見合いで本当にメリットがあるのか疑問だというのである。

 国外に資産を移すなど税金を逃れている富裕層や、必要経費と称して課税所得を小さく操作する事業所得者もいる。諸々(もろもろ)の不公正・不公平がはびこり、真面目な納税者に「被害者意識」や「嫌税感」が強まってきたのだ。

 安倍政権は成長路線一本やりで、富める者がより富むような税制・財政政策が目立つ。再分配に後ろ向きで中間層は没落し、社会的弱者は窮地から脱しにくい。

 財政健全化の議論では、高齢化で増え続ける社会保障費を抑制するかが焦点だ。国民に理解や納得感があれば議論も進みやすいのだろうが、そうは思えない。来夏の参院選を控えて政権の及び腰も目立っている。

 英国とは対照的だ。キャメロン首相は、歳出を四年間で二割カットし、日本の消費税に相当する付加価値税を17・5%から20・0%に引き上げた。財政健全化を成し遂げ、先の総選挙で大勝した。

◆納税者自身が変える

 わが国では、当選を最優先する政治家は減税や予算増大など聞こえのいい政策を優先しがちである。しかし、それは結局、財政赤字となって国民に返ってくる。

 税と財政への無関心や諦観や思考停止が深刻な事態を招いてきたのである。民間税調の議論に耳を傾けたり、声を上げ、投票で意思を示す。財政健全化は納税者自身が推し進めるべきものだ。

 

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