あさイチ 2015.05.27


ゴンタ?
(大輔)明けましておめでとうございます。
(徹)誰?生字幕放送でお伝えしますゴンタとゴンタが出会っちゃいましたね。
有働⇒1人はゴンタじゃないですけどね。
急な展開ですね。
この展開の途中で終わるのがイライラするタイプ。
でもまだ横浜でのことを仕事のことを言っていないんだよね。
でもおもしろくなってきますね。
一気に解決するんでしょうね。
それがまた土曜日になってね。
きょうのゲストをご紹介します。
原千晶さんと還暦のお誕生日、おめでとうございます、内藤剛志さんです。
本日お誕生日ですね。
内藤⇒朝ドラ受けではないですけど夢を追いかけて大阪から出てきて初めてのドラマが東京でこのスタジオの、隣のスタジオで「人間模様」ってやつね。
それから、40年近くたってきょうも仕事をしているという。
赤いものを着ていないじゃないですか。
着させられますかね、夜。
まだまだお若いですからね。
あと60年ぐらい頑張ります。
すごい計算になります。
きょうは国会中継のため8時55分までの放送です。
まずはこちらからです。
アッキー⇒きょうはみんな大好き、沖縄!年間700万人の観光客が訪れる亜熱帯の島。
今回、小さいころよく訪れていた僕、篠山輝信が旅をしました。
そんな沖縄を歩いていると…。
そこで見えてきたのは沖縄の現実でした。
70年前には地上戦が繰り広げられた地。
そして戦後一貫して続く、アメリカ軍基地と隣り合わせの暮らし。
旅の中で聞こえてきた地元の人たちの声とは。
きょうは、僕の旅を通じて沖縄を再発見しましょう。
篠山⇒おはようございます。
内藤さん、おめでとうございます。
ありがとうございます。
今回、僕は沖縄を旅してきました。
皆さん、沖縄、好きですか。
大好きです。
嫌いな人いないでしょう。
原⇒憧れがありますね。
北海道出身だから。
南国日本なのにすごく海外に来たみたいな感覚。
いいところですよね。
今回、僕が旅をしてきたのがこちらです。
国道58号線。
沖縄本島の南北を貫く大動脈です。
この道を旅してみたところ沖縄のさまざまな今が見えてきました。
アッキーにとってもゆかりのある土地だよね。
そうですね。
僕の祖母も、沖縄の宜野湾市というところに住んでいましたので小さいときに何度も通いました。
有働⇒アッキーの目線で58号線を旅します。
皆さんからのメールを募集しています。
きょうの番組に関すること何でもお寄せください。
皆さんにとっての、沖縄お寄せください。
沖縄に住んでいる方も、沖縄のこんなことも知ってほしいということも教えてください。
最近、ニュースで沖縄が出てきますのでこんなところが分からないということも含めてお寄せください。
篠山⇒まず僕が行ったのは58号線のスタート、那覇です。
最初に向かったのは沖縄といえば、ここ。
那覇市の国際通り。
お土産屋さんが並ぶこの通りは休日には2万人もの人で、にぎわいます。
こちらは、国際通りからほど近い牧志公設市場。
戦後まもなくにできた市場には沖縄ならではのものが、たくさん。
地元の人たちの台所にもなっています。
南国の海で育つ夜光貝。
味は、アワビに似ていて1個2000円ほど。
沖縄のソウルフード、豚肉。
鳴き声以外は、すべて食べるといわれるほどです。
てびち、むき出しの。
やっぱりもうこれ…70年続くお店の売りはお客さんのリクエストに応えたさまざまな味。
中でも人気は、このパイン味です。
こちらのお店の方、最近気になることがあるそうです。
ほかのお店でも同じような声が。
観光地にも、こうした影響が表れているようです。
国際通りを歩いていると…。
こんにちは。
毎年、沖縄でやってる…出会ったのは沖縄のお笑い事務所に所属する芸人さんたち。
基地をテーマにしたコントが地元で人気だそうです。
稽古の様子を見せてくれるというのでお邪魔することにしました。
メンバーは、20人ほど。
ふだんは別々に活動していますが年に1度この舞台のために集まり稽古をします。
見せていただいたのは基地近くの病院での一コマ。
なんだよ、おじい。
(飛行機の爆音)…たわけさ。
いや、でもそうだと思います。
内藤⇒伝説的な番組が昔あってね若干、自虐的なギャグをされる。
DVDで今見られるんですけれどアッキーと同じで笑っていいのかな、と思ったりするわけ。
でも逆に僕は彼らのパワーや強さを感じるけどね。
篠山⇒本当に笑っていいのかなと思いますよね。
ここで見ていましたけど、皆さん全員笑っていました。
今、内藤さんもおっしゃったんですけれどお笑い米軍基地の皆さんがされていることというのは基地と暮らす沖縄の人のありのままの日常を、そのまま舞台にのっけている。
そうすると見ると笑えてしまうコントになってしまう。
おもしろいんだけどやっぱり、それを県外の人が見るとおもしろいけど複雑ですよねどう捉えていいのか。
僕らが作ることはできないけれど、見て笑って、興味を持つことはできますよね。
入り口なんだよね。
原⇒興味を持ってやっぱり県外に住んでいると差し迫った問題じゃないところもあるわけじゃないですか。
でも私たち日本人が興味を持っていく、意識を持っていくというのがすごく大事でそれが、お笑いという1つのツールを、考えたんだなと。
柳澤⇒僕は30年前、5年間沖縄で仕事したんですけれど正直に言って本当にこれ笑っていいのかどうかという戸惑いがあるというのが正直な気持ちですよね。
沖縄の人の気持ちというのを僕じゃなくて助っとを呼んでいます。
沖縄生まれ沖縄育ちの沖縄放送局の西銘記者です。
西銘⇒よろしくお願いします。
沖縄あるあるというのはそういうものなんですか?皆さんが今、笑っていいか複雑だと言っていたのが、私は笑います。
なぜかというと、基地の現実を目の前にしていてそれを知っているから笑える。
皆さんが複雑に感じてくれるというのは、知らないからとか差し迫っていないとかその基地に対する温度差みたいなものを原さんがおっしゃったようなツールとして取っかかりになるというような意味でお笑い米軍基地の取り組みというのは有効といいますかいい取り組みだと思います。
柳澤⇒戸惑う気持ちはいいんですね、笑っていいのかなって。
そのことが沖縄に住んでいる人しか知らない痛みというかそれが突き刺さっているのかなと。
内藤⇒自虐ということばを使いましたけれどこのことをネタにするということは沖縄の人たちも忘れてはいけない自分たちのメッセージということですか。
沖縄でも若い世代と沖縄戦を知っている世代とか私のように基地のない町に住んでいるとかいろいろな温度差がありますよね。
沖縄と本土の方とかその温度差が少しずつ埋まるツールになっているというのもあると思います。
ライブの映像で、地元の人たちが笑っていた映像が見えたからそのあとの稽古場でやっていてコントを僕らも笑えたのかな。
東京であれをやったときにどう捉えていか分からないというのは確かにありますけれど地元の人たちが笑うということは本当に、あるあるなんだということが分かるからその裏に隠されていることは何かという興味を持てることができますね。
有働⇒沖縄の方も見られるんですね。
篠山⇒毎年6月に公演を行っていてことしは沖縄県内3か所の4公演が予定されています。
今回、僕が旅をした国道58号線沿いにも基地などのアメリカ軍施設がたくさんありました。
どれぐらいあるのかといいますとオレンジ色の部分がアメリカ軍施設です。
沖縄本島の面積の18%が米軍施設。
沖縄県全体で見ると日本国内にある米軍の専用施設の74%が沖縄県に集まっています。
実は今回、僕が旅をしている国道58号線というのはかつて軍用道路1号線として占領期に、米軍が整備した道路なんです。
柳澤⇒幅広いところは片側3車線合わせて6車線ぐらいあって広いんですよ。
いざというときはそこに飛行機を降ろす滑走路にしようということで、できた道路なんです。
篠山⇒その58号線を通って基地のある町へと向かいました。
旅の2日目。
那覇をあとにし向かったのは普天間基地のある宜野湾市。
実は、僕にとってはかつて祖母が住んでいて小さいころから訪れていた思い出の場所です。
大人になった今この町をどう感じるのか。
まずは、市内が見渡せる高台の公園を訪れました。
2700mの滑走路を持つ普天間基地。
宜野湾市の25%を占め9万5000人の市民がその周囲に住んでいます。
こうした状況から世界一危険な基地ともいわれています。
その基地の近くにかつて祖母が住んでいました。
最後に訪れたのは10年以上前です。
普天間基地と祖母の家の距離は僅か100m。
このゲートにもよく来ていました。
こういうところは、でも行ったことないですけどね。
フェンス沿いにあった小道を歩いてみました。
2012年から普天間基地に配備されたオスプレイ。
この日は8機とまっていて離陸前からエンジン音が響いていました。
うわあ、きた!10分後、僕の目の前を飛び立っていきました。
さらに歩いていると見覚えのあるスーパーを発見。
まさかの再会!ありがたいことに僕や祖母のことをよく覚えていてくださいました。
ありがとうございます。
原⇒やっぱりお孫さんがいてというところで歴史的だったり政治的な背景とはまたちょっと別に心配という思いというのはそうなんだなと感じました。
内藤⇒崔洋一監督の作品でドラマを撮りに行ったことがあるんです。
最初は協力していただいていたんですけれど、背景を撮らせてくださいとか戦争が激化するとともに顔つきが、変わってくるんですよ。
東京に場所を移して撮り直したというか、作品を撮りました。
撮影をしている場合ではなかったということなんですね。
それほどシリアスというかこれから戦地に行くわけですよね。
柳澤⇒現実と隣り合わせなんですね。
現地の人たちが巻き込まれているということですよね。
事故もたくさんあったでしょうしオスプレイが出てきたというときに大丈夫かということなりますよね。
内藤⇒本土にいると分からないことがいっぱいありますね。
有働⇒ファックスです。
他県より引っ越して那覇市に住んでいます。
オスプレイは上を飛んでいます。
音が大きいというか振動が大きくても家が揺れています。
事故をしたときにアメリカもどういう対応がされるかが心配ですということです。
アッキーはどうですか。
篠山⇒本当に僕、旅をして正直、自分が恥ずかしくなりましたよ。
小さいときによく沖縄に通っていてすぐ近くに基地があることは知っていました基地があることについて一度も考えないでこの年まできてしまったなと気づいたんです。
実際に行ってみると飛行機の爆音がしょっちゅう鳴り響いていて飛行機が建物に当たるんじゃないかというぐらい低空でどんどん飛んでいくんです。
そういう中で祖母が生活をしていたというその気持ちを考えることが今までなかったということが恥ずかしかったです。
考えさせないようにふだんの生活もちゃんとしてくれていたのかもしれないよね。
普天間基地を実際に見た方のほとんどが思うと思うんですけれど世界一危険と言われる基地になってしまったのかどうしてできてしまったのか経緯を知りたいなと思うんですよね。
そもそも普天間基地の沖縄戦のさなかにアメリカ軍が住民の土地を接収して造られて戦後、住民たちが戻ってきたら住む土地はフェンスの中その周りに住むしかなくてその一方で焼け野原になって仕事もないわけですから基地の中に仕事を求める人が県内各地から来て生活の場が作られていってそうした中で今もおっしゃったようにいろんな事故があるし本土とかで大きく報道されない。
米軍のヘリコプターから物資が落下するとかそういったこともたびたび起きていて大きく報道されないことも県内ではあってそういう不安が先ほどの商店の方がおっしゃっていたようなことで今も続いています。
篠山⇒基地があるということで基地の周りに越してくる方もいらっしゃったということですよね。
仕事を求めてですね。
柳澤⇒離れることはできないという中でお墓があったり畑があったりとか先祖伝来のゆかりのあるものがある危険なところを離れればいいという話ではないんですよね。
篠山⇒世界一危険な基地と言われる普天間基地ですけれど除去しようという動きというのは動いているんです。
実は普天間基地というのは返還がすでに合意されています。
改めて知って結構、驚いたんですけれど返還合意がいつされたかということを皆さん、ご存じですか。
1996年には日本とアメリカで返還が合意されているんです。
19年前です。
今でも普天間基地はありますよね。
19年間というのは何なのかなということを思います。
柳澤⇒返還は決まったんだけれどいちばんの問題は普天間基地の役割をどこかに移さなくてはいけない。
移すことを条件に返還ということになっているんですよね。
5年から7年ぐらいの間にということで、どこに持っていくかということを日米間で協議をしてきて今、名護市の辺野古というところで海を埋め立ててという話になっていますけれど総理大臣が変わったり知事が替わったり、地元の市長さんが替わったりするたびに受け入れ反対、賛成とかしかも記憶にあると思いますけれど昔総理大臣が最低でも県外ということをおっしゃったこともありました。
そのたびに、沖縄の人たちが翻弄されてきたというのが現実です。
いまだに辺野古埋め立てという話は大きいニュースになっていますけれど地元では選挙をやってみると反対という声が大きくなっています。
われわれも沖縄に住んでいるわけではないのに、これだけ基地があって普天間という名前を知っているということはそれだけニュースになっているということですよね。
篠山⇒周辺の住民の人たちはどんな感じなんでしょうか。
私は印象に残っていて、返還合意のあとに先輩記者がインタビューをとりに行ったんですけれど町の人たちは最初は信じられない。
けれど希望を見いだすというかその表情や声が印象に残っていたんですけれど翌日になってみると県内への移設ということでまた上がった気持ちが下がったような感じでした。
沖縄の中だけでただでさえ集中しているわけですから沖縄の外に行くのではないかと普通に思ってしまうことが沖縄県内で完結するんだという落胆ですね。
そこだけで完結するということへの残念さというか。
柳澤⇒沖縄全体の負担は変わらないということですよね。
今は、どう思っていますか。
この何年かでインタビューをとりに行って諦め感が強くなった時期とか基地の中で働いている方に対する配慮とかで私たちが言えることではないとかいろんな町の方の複雑さもあってでもまたなぜ沖縄だけにということを分かってほしいということになってきているような気がします。
篠山⇒そもそも普天間基地ができるきっかけとなったのは沖縄の地上戦です。
その痕跡は、終戦から70年たった今も見ることができます。
普天間基地の近くにある公園の一角。
ここで見つけたのは…。
陣地壕、戦時中に日本軍が拠点にしていた洞窟でした。
この辺りは、沖縄の地上戦でも最初に激戦が繰り広げられた場所だといわれています。
1945年4月の初めからおよそ2週間にわたった嘉数の戦い。
両軍合わせて10万人近い死傷者が出ました。
当時、住民たちの多くは市内に140あったガマと呼ばれる自然の洞窟に逃げていました。
その1つが今も残るお宅を訪ねました。
はじめまして、篠山と申します。
呉屋盛一さんです。
うわあ!なんとガマの入り口は井戸の中。
地元でも、めったにない形でチンガーガマと呼ばれています。
まずは呉屋さんが中へ。
その入り口は、井戸の水面から1m上にあいた横穴。
続いて僕も、井戸を下りました。
高さ1mほどの空間がなんと170mも続いているというんです。
戦時中、このガマには近所の人たち30人ほどが逃げ込み、暮らしていました。
当時ここで使っていた日用品が今も残されていました。
まだ幼かった呉屋さんは一緒に逃げた家族や知人からそのころの話を聞かされて育ちました。
本当に息を殺して。
このガマにとどまった人は助かりましたが耐えきれず外へ逃げたことで命を落とした人もいました。
原⇒初めて知りましたガマというものを。
防空ごうのようなものですよね。
篠山⇒地上戦が行われている2か月半、避難していました。
ずっとそこにいたということですよね。
ああいうガマというのは沖縄にたくさんあるんですか。
県内にはたくさんあるんですけれど、アッキーさんの行ったようなガマもあれば入り口は狭いけれど1000人ぐらい人たちが収容されていたものもあります。
ガマが人々の命を救った場合もあるんですけれどそこに日本軍の兵士と住民が一緒に避難をしてそこが攻撃の的になってたくさんの方が一緒に亡くなったりガマは命を助けたものでもあり沖縄戦の悲惨なものが見える場所でもあります。
篠山⇒VTRでガマから出てきたときに地上はいいなというようなことを言っていたんですけれど実際1945年、沖縄で生き延びた人、何があったかというとガマから出てきたあと、辺り一面焼け野原で自分の家もなくなっています。
そしてその後、収容所に入れられて戦争が終わったあとに自分の集落に戻ってみるとそこはフェンスが張られて米軍の基地として接収されていた。
そのときの沖縄の方の屈辱は大きかったんだろうなと思います。
沖縄の人にとって、そもそも基地というのはそういう感情や思いが根底にあるんだよということそういう思いをした人がいるということを理解しようとすることは大事なことなのではないかと思いました。
柳澤⇒70年たったと言われて沖縄の現実を見てみるとまだずっと続いているんですよね。
いわゆる戦後が終わったとかということではなくてそうではないんじゃないかなと思います。
今の方は74歳の方ですけれども記憶がないということですから思いや想像力を働かせてどんなに大変だっただろうということを考えることですよね。
有働⇒いろんな立場で意見をいただいています。
奈良に住んでいますが沖縄、私のふるさとです。
私は基地のないふるさとを求めています。
人を殺すものはいりません。
昔から武器より三味線をと、床の間に飾っていました。
沖縄県の方です。
私の間でも、育ちも沖縄で最近よく思うのは沖縄を観光地にしたいのか基地を置く島にしたいのかよく分かりません。
沖縄好きということばはうれしいのですが今、問題となっている辺野古基地はすてきなロケーションです。
そこに基地を置いて自慢の観光地と言えるんでしょうか、ということです。
東京都の方です。
私の横田基地のすぐ近くに住んでいます。
決して人ごとではありません沖縄県30代の方です。
私たちの怒りは戦後安全を享受しながら基地問題に無関心でいられる県外の方々にも向けられていることを知ってほしいと思います。
埼玉県に10代の方です。
きょうは米軍基地ネガティブキャンペーンですか。
私たちの安全は米軍基地があってこそです。
この状態でも中国や尖閣にちょっかいを出しているのに悪いものとやるのはいかがと思います。
2015/05/27(水) 08:15〜08:55
NHK総合1・神戸
あさイチ「もっと沖縄を知りたい!〜アッキー・沖縄旅〜前編」[字]

もっと沖縄を知りたい!〜アッキー・沖縄旅〜前編 【ゲスト】内藤剛志、原千晶、篠山輝信,【キャスター】井ノ原快彦、有働由美子、柳澤秀夫

詳細情報
番組内容
もっと沖縄を知りたい!〜アッキー・沖縄旅〜前編 【ゲスト】内藤剛志、原千晶、篠山輝信,【キャスター】井ノ原快彦、有働由美子、柳澤秀夫
出演者
【ゲスト】内藤剛志,原千晶,篠山輝信,【出演】沖縄局記者…西銘むつみ,【キャスター】井ノ原快彦,有働由美子,柳澤秀夫

ジャンル :
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
情報/ワイドショー – 健康・医療
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

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