緊張が解けたように、浅田氏は自らの創作の秘密もこっそりと打ち明けた。自分の机にはいつも中国の詩人、陶淵明(365-427)の詩集を置いているという。文章や物語の糸口がうまくつかめないときは、いつも陶淵明の詩を一編吟ずるのだと。
ハリウッド・スターのようにタイトなスケジュールのため、インタビューできた時間は20分。最後に、二つの楽しみについて尋ねてみた。「小説の執筆は、あなたにどのような楽しみをもたらしますか。そしてあなたの読者に、どのような楽しみをもたらすことを望みますか」。浅田氏は、二つ目の質問に先に答えた。
「特定のメッセージや楽しみを与えたいという目的はない。ただ、この3点は守ろうと思う。第一は、美しく書こう。第二は、読みやすく書こう。最後は、面白く書こう」
それからあらためて、最初の質問に戻り、しばらくうなった。「うーん、私は本当に、小説を書いているときが一番楽しい。明日が締め切りで、原稿用紙50枚分書かなければいけないのに、まだ1枚も書いていない、と考えてみよう。肉体的には本当に大変だが、その快感は一番強い。私はマゾヒストなのだと思う」。浅田氏はいま一度、大笑いした。