サブタイトルは「日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか」。
「少子化」、「働き方」、「福祉制度」、「家族」という4つの問題の相互作用を意識しながら日本の陥っている問題を明らかにしようとした意欲作。こうした問題、特に「少子化」、「働き方」、「家族」の3つに関しては印象論で語られることも多いのですが、この本ではきちんとしたデータ分析と国際比較を行い、それをもとにしてこれからの日本のあり方を考えようとしています。
つい最近、この本の分析の枠組みを提供しているG・エスピン=アンデルセン『福祉資本主義の三つの世界』を読んだばかりだったので、その分インパクトは弱かった面もあるのですが(エスピン=アンデルセンの名前は第4章ではじめて出てきますが、分析の枠組みは最初からエスピン=アンデルセンですよね)、エスピン=アンデルセンの本は日本はメインとなる分析の対象からは外れていますし(「日本語版への序文」でかなり突っ込んだ分析がしてありますが)、濱口桂一郎の『新しい労働社会』(岩波新書)などの日本的雇用の知見なども活かして、かなりしっかりとした総合的な分析になっていると思います。
目次は以下の通り。
目次を見ればわかると思いますが、この本ではまず少子化の要因を分析し、そこから女性の働き方や家族の問題へと分析を進めていきます。
少子化の要因についてはさまざまなことがあげられていますが、この本ではまず未婚化が少子化の最大の要因だとして、その未婚化の要因をさまざまなデータから探っていきます。
単独で決定的な要因はないものの、著者の考える少子化をもたらす有力なルートは、「女性の高学歴化→経済的余裕→経済的な期待水準と現実とのギャップ→共働きできればよいが両立困難→未婚化」というもの。
これ以外に、「経済停滞→男性の所得見込みの停滞」といったルートが絡まり合って、今の少子化をもたらしているのです。
世界の長期的なデータを見ると女性の労働力参加率の上昇は出生率の低下をもたらしています。しかし、「共働き戦略」が社会の中でうまく機能したスウェーデンやアメリカは、この出生率の低下をうまく中和することが出来ました。一方、「男性稼ぎ手モデル」が中心であった日本やドイツ、イタリアなどでは、「共働き戦略」が両立困難なために少子化が進んだのです。
では、日本において「共働き戦略」はなぜ困難なのか?
その答えが、日本の男性社員が行っている無限定な働き方です。日本の会社員は、決まった職種に採用されるわけではなく、入社すればまさに無限定に様々な仕事をこなしていきます。そして、無限定の中には仕事の内容だけではなく、勤務地、勤務時間なども含まれます。
1985年の男女雇用機会均等法以降、女性に対する就職時の差別は解消されてきたはずですが、実際は「専業主婦というサポート」がなければ維持できないような働き方を女性にも押し付けることで、一部の「スーパーウーマン」以外の女性を会社の正社員というメンバーから排除してきたとも言えます。
結局、日本において増えたのは女性のパート労働でした。
配偶者控除制度の「103万円の壁」と、第3号被保険者制度の「130万円の壁」の存在などもあって、女性パートの待遇は一般的に低く抑えられており、パート勤めでは「共働き戦略」というほどの展望性を持ちえません。しかし、正社員になれば無限定な働き方が要請される日本では、子どもを抱えた女性はパートを選ぶしかない場合が多いのです。
では、この問題に答えはあるのか?
第4章で、著者はエスピン=アンデルセンのモデルに依拠しながら、自由主義路線のアメリカ、社会民主主義路線のスウェーデン、保守主義路線のドイツを紹介しながら分析を進めていきます。
少子化を抑えることに成功しているのはアメリカとスウェーデンですが、それぞれまったく違うタイプの国ですし、一長一短があります。けれども、男女双方の労働力参加率を上げようとしている面は共通しており(ドイツは定年年齢を早めるなど、失業率を下げるためにむしろ労働力参加率を下げる取り組みをしていた)、著者は日本においても労働力参加率を上げていくことが1つのポイントだと見ています。
さらに第5章では家族そのものの機能やその行方について、社会学者らしい考察を行っています。
いつまでたっても解消されない日本の男女の家事分担率について、家事への希望水準の問題などからうまく説明しています。
このように現在の日本の直面している問題を非常に鮮やかに分析、説明している本です。今の日本では、「雇用」「福祉」「家族」といったものが密接に絡まりあって、「少子化」「格差」「ワークライフバランス」などの問題を生み出しているわけですが、それを解きほぐすための最初の1冊としてお薦めできる本です。
また、「終章」に書かれた次の言葉もまさにその通りだと思います。
仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書)
筒井 淳也

「少子化」、「働き方」、「福祉制度」、「家族」という4つの問題の相互作用を意識しながら日本の陥っている問題を明らかにしようとした意欲作。こうした問題、特に「少子化」、「働き方」、「家族」の3つに関しては印象論で語られることも多いのですが、この本ではきちんとしたデータ分析と国際比較を行い、それをもとにしてこれからの日本のあり方を考えようとしています。
つい最近、この本の分析の枠組みを提供しているG・エスピン=アンデルセン『福祉資本主義の三つの世界』を読んだばかりだったので、その分インパクトは弱かった面もあるのですが(エスピン=アンデルセンの名前は第4章ではじめて出てきますが、分析の枠組みは最初からエスピン=アンデルセンですよね)、エスピン=アンデルセンの本は日本はメインとなる分析の対象からは外れていますし(「日本語版への序文」でかなり突っ込んだ分析がしてありますが)、濱口桂一郎の『新しい労働社会』(岩波新書)などの日本的雇用の知見なども活かして、かなりしっかりとした総合的な分析になっていると思います。
目次は以下の通り。
第1章 日本は今どこにいるか?
第2章 なぜ出生率は低下したのか?
第3章 女性の社会進出と「日本的な働き方」
第4章 お手本になる国はあるのか?
第5章 家族と格差のやっかいな関係
終章 社会的分断を超えて
目次を見ればわかると思いますが、この本ではまず少子化の要因を分析し、そこから女性の働き方や家族の問題へと分析を進めていきます。
少子化の要因についてはさまざまなことがあげられていますが、この本ではまず未婚化が少子化の最大の要因だとして、その未婚化の要因をさまざまなデータから探っていきます。
単独で決定的な要因はないものの、著者の考える少子化をもたらす有力なルートは、「女性の高学歴化→経済的余裕→経済的な期待水準と現実とのギャップ→共働きできればよいが両立困難→未婚化」というもの。
これ以外に、「経済停滞→男性の所得見込みの停滞」といったルートが絡まり合って、今の少子化をもたらしているのです。
世界の長期的なデータを見ると女性の労働力参加率の上昇は出生率の低下をもたらしています。しかし、「共働き戦略」が社会の中でうまく機能したスウェーデンやアメリカは、この出生率の低下をうまく中和することが出来ました。一方、「男性稼ぎ手モデル」が中心であった日本やドイツ、イタリアなどでは、「共働き戦略」が両立困難なために少子化が進んだのです。
では、日本において「共働き戦略」はなぜ困難なのか?
その答えが、日本の男性社員が行っている無限定な働き方です。日本の会社員は、決まった職種に採用されるわけではなく、入社すればまさに無限定に様々な仕事をこなしていきます。そして、無限定の中には仕事の内容だけではなく、勤務地、勤務時間なども含まれます。
1985年の男女雇用機会均等法以降、女性に対する就職時の差別は解消されてきたはずですが、実際は「専業主婦というサポート」がなければ維持できないような働き方を女性にも押し付けることで、一部の「スーパーウーマン」以外の女性を会社の正社員というメンバーから排除してきたとも言えます。
結局、日本において増えたのは女性のパート労働でした。
配偶者控除制度の「103万円の壁」と、第3号被保険者制度の「130万円の壁」の存在などもあって、女性パートの待遇は一般的に低く抑えられており、パート勤めでは「共働き戦略」というほどの展望性を持ちえません。しかし、正社員になれば無限定な働き方が要請される日本では、子どもを抱えた女性はパートを選ぶしかない場合が多いのです。
では、この問題に答えはあるのか?
第4章で、著者はエスピン=アンデルセンのモデルに依拠しながら、自由主義路線のアメリカ、社会民主主義路線のスウェーデン、保守主義路線のドイツを紹介しながら分析を進めていきます。
少子化を抑えることに成功しているのはアメリカとスウェーデンですが、それぞれまったく違うタイプの国ですし、一長一短があります。けれども、男女双方の労働力参加率を上げようとしている面は共通しており(ドイツは定年年齢を早めるなど、失業率を下げるためにむしろ労働力参加率を下げる取り組みをしていた)、著者は日本においても労働力参加率を上げていくことが1つのポイントだと見ています。
さらに第5章では家族そのものの機能やその行方について、社会学者らしい考察を行っています。
いつまでたっても解消されない日本の男女の家事分担率について、家事への希望水準の問題などからうまく説明しています。
このように現在の日本の直面している問題を非常に鮮やかに分析、説明している本です。今の日本では、「雇用」「福祉」「家族」といったものが密接に絡まりあって、「少子化」「格差」「ワークライフバランス」などの問題を生み出しているわけですが、それを解きほぐすための最初の1冊としてお薦めできる本です。
また、「終章」に書かれた次の言葉もまさにその通りだと思います。
筆者は、「働くこと」と「家族」についての人々の認識に違和感を覚えることがよくある。それは、人々がしばしば、「働いてお金を稼ぐこと」を利己的な行為として認識しているの対して、「家族のために奉仕すること」をどちらかといえば利他的な行為として理解することがある、ということだ。私の感覚では、これはむしろ逆だ。お金を稼ぐことは二重の意味で利他的である。一つには、経済取引は原則、双方がその取引をすることによって厚生を増す場合にのみ成立し、そうでない取引は法的に規制される、ということ。もう一つは、有償労働は税と社会保険料の負担を通じて世帯を超えた支え合いを実現する、ということだ。(204p)
仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書)
筒井 淳也