外道記 48
「ん・・・・莉乃ちゃんからメールだ。なになに。宮城くんにこれを見せて欲しいって・・・」
「どうしたんですか」
宮城がバカでかい顔を近づけ、バカでかい鼻の穴から、荒い鼻息を吹きかけてくる。
「いや・・・しかし・・・これを見せてもいいものかどうか・・・」
「見せてください。お願いします。蔵田さん、お願いします」
「まあ、宮城くんがそう言うなら・・・」
常人ならば今の俺の語調と、険しい表情で、莉乃からのメールが自分に好意的な内容ではないことを察するものだろうが、他人の気持ちを理解できず、都合の悪い情報は一切頭に入れようとしない宮城は、何か勘違いをしているらしい。莉乃からのメールというのは嘘で、本当は俺が、さも莉乃が書いたように作った文章なのだが、期待に胸ふくらませてその文章を読んだ宮城に降りかかるのは、愛ではなく絶望、心の崩壊である。
――宮城さん、気持ち悪いから、これから私の半径五メートル以内に近寄らないでください。宮城さん、アレを切り取ってください。私はセックスは好きですけど、宮城さんみたいなきたない人とするのは死んでもいやです。私はカッコいい人が好きなんです。しょうらい、万が一宮城さんが女の人と結婚して子供がうまれたら、その子供は宮城さんみたいなきたない顔になって絶対にいじめられてかわいそうなので、子供をつくらないためにもアレを切り取ってください。子供がかわいそうです。まあそんな心配をしなくても宮城さんはずっと童貞でしょうし、それならアレがあっても辛いだけで、ようするにどっちにしても宮城さんのアレは誰も幸せにはしないのではやく切り取ってください。それか男の人としててください。宮城さんは気持ち悪いです。次私に話しかけてきたら警察にうったえます。死んでください。
酷い言葉を書き並べるだけでなく、莉乃を清純な処女と思い込んでいるであろう宮城の理想を突き崩し、宮城が大事にしている世界観すべてを崩壊させることを狙った文章である。実際には、学習障害を持つ莉乃にはこの程度の文章すら書くことはできないであろうが、普段からこれに近いことを平気で口走っている莉乃なら、もしや、と思わせることはできる。文章に目を通した宮城は、特に表情を歪めるわけでもなく、俺に黙ってスマートフォンを返し、無表情、無言のままに歩き始めた。
「ごめん、やっぱ見せるべきじゃなかったな。ごめんな、宮城くん」
「いえ。これできれいさっぱり、諦めがつきました。中川さんには、ご迷惑をかけてすみませんと伝えてください」
気丈に振る舞ってはいるが、語尾は震えている。他人の気持ちは理解できないが己が傷つくことには敏感な宮城が、あの文章を読んで平気でいられるはずはない。
「迷惑?それは本気で言ってるのかい?こんな酷いことを言う女に、そこまで卑屈になることはねえだろ。今回ばかりは俺もさすがに頭にきたよ。宮城くんにこんな酷いことを言っておきながら、アイツは今頃他の男、たとえば香川とかの腹の下でヒイヒイ言ってるかもしれねえんだぜ。赦せないだろ」
「別に・・・・・。自分が恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿ですから」
痩せ我慢もここまで行けば大したものであるが、そうやって己の心の中を無理やり清潔に保とうとすればするほど、いざ許容量を超えたショックを受けたとき、汚れはよりどす黒く広がるのである。残念ながら、世の中は善人が幸せになれるようにはできていない。キレイごとばかり吐き続ける生き方は、無菌室の中に引きこもって生きるようなもので、絶対的に健全ではない。今、宮城の理性は、腐りかけた小屋のようなものである。あとはドアを蹴りさえすれば崩壊するのだ。
「こんな女は、酷い目にあわせてもいいと思うぜ。世間も同情してくれて、刑期も短くなるんじゃねえか。もし俺が宮城くんの立場なら、このまま屈辱を抱えて、あるかどうかもわからない幸せを信じて真っ当に生きるよりか、ここで怒りをブチまけて、シャバにお別れを告げる方を選ぶな。男として正しい道ってのは、屈辱を味合わされたら、相手にきっちりケジメをつけるってことじゃねえかな」
宮城が本当にやりたいと思っているであろうことを代弁してやると、とうとう痩せ我慢も限界に達したのか、宮城は堰を切ったように泣き始めた。呻吟に喘いだ彼の三十年近い人生が全部流れ出したような、滝のような涙である。
「ぼっぼくはっ。中川さんを幸せにしてあげたいだけだったっ!幸福な家庭を築いて、学習障害なんか関係ないんだよ、と教えてあげたいだけだったっ!」
あなたが好きだ。あなたがいなくては生きていけない。だから付き合ってほしいでいいものを、どうしてそんな施しを与えるような態度でいるのだろう。まるであなたは可愛そうだから付き合ってあげますと言わんばかりではないか。
自己愛性人格障害に当てはまる人間の多くは、やたら自己評価が高く、他人に対して上から目線である。与える立場の人間を気取っているが、他人のために何かしようとするのは本当に他人を思ってのことではなく、すべて自分が必要とされたいだけ、自分の評価を上げたいだけということを見透かされているから、まともな人間には相手にされない。自分自身はプライドの塊である癖に、他人にもまた、同じようにプライドがあることを理解できない。境遇が不幸云々というのは自分で嘆くのはよくても、他人から同情され、救ってあげるなど言われたら、大きなお世話と感じるのが正常である。たとえ宮城の容姿がまともでも、こんな傲慢な態度では、女は振り向かないだろう。もっとも、容姿がまともであれば宮城の性格もまともであったかも知れず、そうであれば宮城はそもそも生まれたこと自体が間違いだったという悲しい結論である。
「戦前の女はつつましかった。自らの運命を受け入れ、自分は一歩引き、常に男を立てて生きていた。だが、わけのわからないババアが女の権利拡大を訴えたせいで、今のこんな世の中になってしまった。女優遇は経済、消費の面じゃよくても、国家の構造としては間違ってるんだ。すべてにおいて男に劣る女に、選ぶ権利なんて与えちゃあいけねえよ。宮城くんが、イカれたこの世を正し、図に乗りすぎた女に天罰を下すヒーローになってもいいんじゃねえか」
俺は宮城と肩を並べて寮へと向かう道すがら、宮城の味方であるフリをしながら、復讐を肯定するような言葉をかけ続けた。これで宮城が莉乃を殺せば、俺は殺人を教唆したと疑われるのかもしれないが、捜査の手が俺にまで辿り着くまでには時間がかかる。宮城に見せたメールは、俺がトバシの携帯から自分自身のスマホに送ったものであるから、そう簡単に足はつかない。仮にすべてが露見したとしても、悪ふざけだったとかなんとか、のらりくらりと言い訳する余地はあるだろう。何も知らない奴が客観的に見れば、俺が莉乃に殺意を抱く動機は薄いのである。その間に俺も吉沢を殺し、宮城と一緒に仲良く法の裁きを受ける立場となるだけだ。
事の推移をワクワクしながら見守っていたが、期待するようなことは起きなかった。どこまでも腰抜けの宮城は、莉乃にケジメをつけることもなく、何処かへと姿を消してしまったのである。
「どうしたんですか」
宮城がバカでかい顔を近づけ、バカでかい鼻の穴から、荒い鼻息を吹きかけてくる。
「いや・・・しかし・・・これを見せてもいいものかどうか・・・」
「見せてください。お願いします。蔵田さん、お願いします」
「まあ、宮城くんがそう言うなら・・・」
常人ならば今の俺の語調と、険しい表情で、莉乃からのメールが自分に好意的な内容ではないことを察するものだろうが、他人の気持ちを理解できず、都合の悪い情報は一切頭に入れようとしない宮城は、何か勘違いをしているらしい。莉乃からのメールというのは嘘で、本当は俺が、さも莉乃が書いたように作った文章なのだが、期待に胸ふくらませてその文章を読んだ宮城に降りかかるのは、愛ではなく絶望、心の崩壊である。
――宮城さん、気持ち悪いから、これから私の半径五メートル以内に近寄らないでください。宮城さん、アレを切り取ってください。私はセックスは好きですけど、宮城さんみたいなきたない人とするのは死んでもいやです。私はカッコいい人が好きなんです。しょうらい、万が一宮城さんが女の人と結婚して子供がうまれたら、その子供は宮城さんみたいなきたない顔になって絶対にいじめられてかわいそうなので、子供をつくらないためにもアレを切り取ってください。子供がかわいそうです。まあそんな心配をしなくても宮城さんはずっと童貞でしょうし、それならアレがあっても辛いだけで、ようするにどっちにしても宮城さんのアレは誰も幸せにはしないのではやく切り取ってください。それか男の人としててください。宮城さんは気持ち悪いです。次私に話しかけてきたら警察にうったえます。死んでください。
酷い言葉を書き並べるだけでなく、莉乃を清純な処女と思い込んでいるであろう宮城の理想を突き崩し、宮城が大事にしている世界観すべてを崩壊させることを狙った文章である。実際には、学習障害を持つ莉乃にはこの程度の文章すら書くことはできないであろうが、普段からこれに近いことを平気で口走っている莉乃なら、もしや、と思わせることはできる。文章に目を通した宮城は、特に表情を歪めるわけでもなく、俺に黙ってスマートフォンを返し、無表情、無言のままに歩き始めた。
「ごめん、やっぱ見せるべきじゃなかったな。ごめんな、宮城くん」
「いえ。これできれいさっぱり、諦めがつきました。中川さんには、ご迷惑をかけてすみませんと伝えてください」
気丈に振る舞ってはいるが、語尾は震えている。他人の気持ちは理解できないが己が傷つくことには敏感な宮城が、あの文章を読んで平気でいられるはずはない。
「迷惑?それは本気で言ってるのかい?こんな酷いことを言う女に、そこまで卑屈になることはねえだろ。今回ばかりは俺もさすがに頭にきたよ。宮城くんにこんな酷いことを言っておきながら、アイツは今頃他の男、たとえば香川とかの腹の下でヒイヒイ言ってるかもしれねえんだぜ。赦せないだろ」
「別に・・・・・。自分が恋した女性の幸せを願うのが、男として正しい姿ですから」
痩せ我慢もここまで行けば大したものであるが、そうやって己の心の中を無理やり清潔に保とうとすればするほど、いざ許容量を超えたショックを受けたとき、汚れはよりどす黒く広がるのである。残念ながら、世の中は善人が幸せになれるようにはできていない。キレイごとばかり吐き続ける生き方は、無菌室の中に引きこもって生きるようなもので、絶対的に健全ではない。今、宮城の理性は、腐りかけた小屋のようなものである。あとはドアを蹴りさえすれば崩壊するのだ。
「こんな女は、酷い目にあわせてもいいと思うぜ。世間も同情してくれて、刑期も短くなるんじゃねえか。もし俺が宮城くんの立場なら、このまま屈辱を抱えて、あるかどうかもわからない幸せを信じて真っ当に生きるよりか、ここで怒りをブチまけて、シャバにお別れを告げる方を選ぶな。男として正しい道ってのは、屈辱を味合わされたら、相手にきっちりケジメをつけるってことじゃねえかな」
宮城が本当にやりたいと思っているであろうことを代弁してやると、とうとう痩せ我慢も限界に達したのか、宮城は堰を切ったように泣き始めた。呻吟に喘いだ彼の三十年近い人生が全部流れ出したような、滝のような涙である。
「ぼっぼくはっ。中川さんを幸せにしてあげたいだけだったっ!幸福な家庭を築いて、学習障害なんか関係ないんだよ、と教えてあげたいだけだったっ!」
あなたが好きだ。あなたがいなくては生きていけない。だから付き合ってほしいでいいものを、どうしてそんな施しを与えるような態度でいるのだろう。まるであなたは可愛そうだから付き合ってあげますと言わんばかりではないか。
自己愛性人格障害に当てはまる人間の多くは、やたら自己評価が高く、他人に対して上から目線である。与える立場の人間を気取っているが、他人のために何かしようとするのは本当に他人を思ってのことではなく、すべて自分が必要とされたいだけ、自分の評価を上げたいだけということを見透かされているから、まともな人間には相手にされない。自分自身はプライドの塊である癖に、他人にもまた、同じようにプライドがあることを理解できない。境遇が不幸云々というのは自分で嘆くのはよくても、他人から同情され、救ってあげるなど言われたら、大きなお世話と感じるのが正常である。たとえ宮城の容姿がまともでも、こんな傲慢な態度では、女は振り向かないだろう。もっとも、容姿がまともであれば宮城の性格もまともであったかも知れず、そうであれば宮城はそもそも生まれたこと自体が間違いだったという悲しい結論である。
「戦前の女はつつましかった。自らの運命を受け入れ、自分は一歩引き、常に男を立てて生きていた。だが、わけのわからないババアが女の権利拡大を訴えたせいで、今のこんな世の中になってしまった。女優遇は経済、消費の面じゃよくても、国家の構造としては間違ってるんだ。すべてにおいて男に劣る女に、選ぶ権利なんて与えちゃあいけねえよ。宮城くんが、イカれたこの世を正し、図に乗りすぎた女に天罰を下すヒーローになってもいいんじゃねえか」
俺は宮城と肩を並べて寮へと向かう道すがら、宮城の味方であるフリをしながら、復讐を肯定するような言葉をかけ続けた。これで宮城が莉乃を殺せば、俺は殺人を教唆したと疑われるのかもしれないが、捜査の手が俺にまで辿り着くまでには時間がかかる。宮城に見せたメールは、俺がトバシの携帯から自分自身のスマホに送ったものであるから、そう簡単に足はつかない。仮にすべてが露見したとしても、悪ふざけだったとかなんとか、のらりくらりと言い訳する余地はあるだろう。何も知らない奴が客観的に見れば、俺が莉乃に殺意を抱く動機は薄いのである。その間に俺も吉沢を殺し、宮城と一緒に仲良く法の裁きを受ける立場となるだけだ。
事の推移をワクワクしながら見守っていたが、期待するようなことは起きなかった。どこまでも腰抜けの宮城は、莉乃にケジメをつけることもなく、何処かへと姿を消してしまったのである。
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