2015-06-01 23:55:48

各国における精神科の非任意入院

テーマ:精神科一般
精神科とその他の科の入院医療制度において、最も特徴的なことは、本人に意思に基づかない入院形態が、どの国でも法的に位置づけられていることだと思われる。上のタイトルの「非任意入院」とはそういう意味である。

この制度は、個人の自由を認めている憲法に反しているのではないか?と思うかもしれないが、その自由に時に制限が加わることは、刑法や精神保健福祉法で例外的に認められている。

その根拠は、法的には「パレンス・パトリエ」と「ポリス・パワー」である。この概念は精神科では精神保健の範疇であり看護学校ではよく教えていた。ただし、やや難しいこともあり僕はこのカテゴリーはあまり試験に出さなかった。

パレンス・パトリエとは、ラテン語で「人民の父」という意味である。一般的に「国親制度」などと呼ばれることもある。一方、ポリス・パワーは読んで字のごとしで、「社会防衛」を意味している。

日本の精神医療では最も頻度の高い非任意入院は「医療保護入院」である。これは精神保健指定医の診察で決定されるが、運用的には家族の意向や、その時の状況的なものも判断に加わることもある。(必ずしも機械的に決められているのではない)

なお、自分の名前が書けない人はたとえ聾唖や盲目で書けなかったとしても、「医療保護入院」を選択するように国から指導されている。

自傷他害の恐れのある人、あるいは既にそのような事件を起こしてしまった人は、「措置入院」という入院形態になる。これは精神保健指定医2名の判断によるが、診断までは一致する必要はなく、措置にさせるべきかどうかが一致すれば問題ない。

なお、より重大な犯罪では、措置入院によらず医療観察法により処遇される。従って現在の医療保護入院は比較的軽微な犯罪に限られるようになった。(微妙なケースでは最初に措置入院になり、その後医療観察法で処遇されるものもある)

措置入院における「自傷他害」には上記の「パレンス・パトリエ」と「ポリス・パワー」の考え方がそのまま当てはまる。つまり、自傷はパレンス・パトリエ、他害はポリス・パワーに根拠を置いている。なお、措置入院は医療保護入院と比べずっと少ない。また処遇のされ方が各県で異なり、年間の措置入院件数が極めて少ない都道府県がある。

たいていの国では非任意の入院根拠において、この2つの概念はさほど区別されていない。

自傷他害の恐れのある患者(措置入院)は、欧米のほとんどの国では、入院の必要性(治療の必要性)は精神科医または医師が認定している。ただしその認定に基づき、最終的な入院の判断を誰がするかは国により異なっている。

日本は行政(都道府県知事)が判断するが、これはイタリアも同様である。アメリカでは裁判所が判断する。ヨーロッパでは、ドイツのように裁判所が判断する国と、日本のように行政が判断する国とで分かれる。

興味深い点は、入院の判断を医療が行う国が少なくないことである。つまり認定する人と入院決定を判断する人が同一人物または同じ医療機関になっている。これらは、デンマーク、フィンランド、スウェーデン、アイルランド、ルクセンブルクなどである。

ヨーロッパのほとんどの国では、非任意入院(自傷他害の場合)の評価者は、精神科医または医師以外が行うことはない。(警察や検事、裁判官などはないという意味)。

ただし、決定する人はさまざまなのである。特別な国はイギリスで、社会福祉士が担っているらしい。ただし近年は心理士なども関係しており、次第に医療系の専門職が担う傾向になってきているという。

日本では措置入院にするかどうかは、犯罪の内容とどのような疾患なのかが重要であり、社会的なものは現在はほとんど関係していない。過去には、到底医療費が支払えそうにない患者は警察などが保護したケースでは、措置入院にさほど該当しない人も措置入院で処遇されることがあった。これは医療費が確実に行政から支払われるからである。これらは社会的措置などと言われていた。

現在ではむしろその逆が多い。自傷他害は必ずしも平日の昼間に事件が起こるわけではなく、措置鑑定のために精神保健指定医を2名集めるのが結構難しいのである。人口減少が著しいある県では、ある年の措置入院件数がなんと2名だったことがあるらしい。これは精神保健指定医が不足しているのもいくらか関与していると思われる。

国の姿勢は、任意に該当する人は任意に、医療保護や措置に該当する人はそのようにすると指導しているが、もし措置入院数が多いと、措置鑑定も含め行政が回っていかないのが現実だと思われる。

従って精神疾患を持ち、自殺未遂で精神科病棟も持つ総合病院に搬送された者さんに対し、措置鑑定を依頼されたことはない。ほとんどはたぶん医療保護入院ないし応急入院で対処されていると思われる。

一般には、措置鑑定を行う場所は、警察署、精神科病院内が多く、稀に刑務所などでも実施される。(自分は警察署、精神科病院が、3:2くらい。刑務所に行ったのは数回)

実のところ、医療保護入院で済むのに敢えて措置入院の処遇にすることは、人権にかかわる大問題である。この2つはいずれも非任意入院でありながら、後者は行政のかかわりも含め、かなり重大である。実際、過去に、なぜ措置入院にしたのか?ということで訴訟が起こったことがあるらしい。

自分が精神保健指定医のケースレポートを提出した時代、8つのケースレポートを書き上げる際に、最も症例が集まりにくいものは「児童思春期」の症例であった。それに次ぐのが「措置入院」である。

たいていの都道府県では、措置入院患者はどこの病院でも入院できるわけではなく、措置入院患者を受け入れられる病院は限られていた。現在は医療観察法により、例えば3名の殺人をした患者などは措置入院で処遇されないようになったが、以前は措置入院で処遇されていたため、措置患者を受け入れられる病院は、それなりのアメニティやスタッフが揃っていなければならなかった。現在でも措置入院を受け入れない病院は少なくない。

また、今はルールが変わっているが、僕がレポートを提出した当時は、児童思春期は医療保護入院など非任意入院で処遇された患者に限られていた。また、児童思春期症例は、それなりに児童思春期特有の文脈を持たないといけなかったのである。

このようなことから、措置入院は大学病院ではなく市中の中核的な精神科病院、児童思春期は、むしろ大学病院の方が症例を選びやすかったのである。症例を選ぶという意味だが、上記のルールを満たしていても、精神保健指定医のレポートには向かないか、書き辛い患者はいるもので、どうしても症例が限られていた。そのようなことから、1つの病院で全ての症例を賄うことは意外に難しく、何か所かの病院を異動しながらレポートを書いていたのである。

このエントリである県で年間の措置入院件数が2名だったと言う話が出ている。僕がその統計を見た時、その県の精神保健指定医のレポートはどんなふうにしているんだろうか?と本気で心配した。また家族から、「措置にする必要がないのに措置入院にしたという訴訟」はひょっとしたら、レポートがらみの思惑があったのかもしれないと思った(この事件を聴いたときの感想。特に問題がないものだったかもしれない。)

ずっと以前だが、架空の症例をでっち上げてレポートを提出し、それがばれると言う事件があった。もちろん提出した人は指定医が認められないが、そのレポートに署名した指導医も指定医を取り消されている。これは指導した精神科医にとっては重大である。上に書いた理由から、すぐにレポートを書き、指定医を取り直せないからである。一般の精神科病院では、ある一定数の精神保健指定医がいないと、医療が成り立たない。

今年になり、関東圏の私立大学の医学部附属病院で、精神保健指定医取得の際に不正が発覚し、大量の指定医取り消し処分が行われている。これは東京都内の全ての精神保健指定医の数を考慮しても無視できないほどの多さである。しばらく東京都の措置鑑定などの行政などにも影響を及ぼす規模と思う。不正の内容だが、同じ症例の使いまわしなどだったようである。

このような事件が生じうるのは、条件が揃っていて、書きやすい症例はあまり多くはないことも関係している。

なお僕が取得当時、精神科指定医取得のためのレポートは、臨床経過が良い悪いではなく、法律的なものをきちんとおさえた書き方が重視されており、むしろ理系的なレポートの方が合格しやすかった。

今回の記事の後半は、該当する私立大学を擁護するものではない。精神保健指定医は、試験で決まるわけではなく、既定の経験年数と経験したケースレポートにより資格取得ができるものである。その辺りの特殊事情は一般の人たちにあまり知られていないため、紹介した次第である。

精神保健指定医に意味があるとすれば、精神科に関係する法律を勉強することと、実際に3年以上精神科病棟で精神科治療に携わることだと思われる。その意味で、単に試験ができることより遥かに価値があると考えている。

参考
措置入院の鑑定について
措置入院
精神保健指定医の更新と医師免許のことなど
薬の残量を基準に来院する人たち
抗精神病薬の減量のテクニック
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コメント

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1 ■無題

ありがとうございます。

2 ■精神保健指定医

4月21日の厚生労働委員会において、川田龍平議員が塩崎厚生労働大臣に対し、
「他の指定医の虚偽申請を調査をするにあたり、児童精神医学の症例報告についても、
1万5千人近くいる指定医全員を適切な症例報告を提出しているかどうか調査をするのか」
と質問した意図は、まさにその「症例の集まりにくさ」にあったということでしょうか。
塩崎厚生労働大臣はその質問の際に
「児童思春期症例についても当然調査の対象になる」
と答えていましたが、実際にどのような調査が行われているのかは現時点では不明です。
現在、関東では某私立大学だけでなく某国立大学においても不正取得の疑いが指摘されている情況で、
kyupin先生の仰るとおり、行政への影響を及ぼす規模の問題であるように感じています。

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