数年前、季節は桜が見頃なころ
ディーラーへとオイル交換に行ったとき、それが初めて彼と出会ったときでした。
待ち時間に暇を持て余していたわたしがディーラーの敷地内で試乗車や中古車をふむふむと歩いて見て回っていたとき
僅かな段差にヒールをとられ、わたしの足元はふらつきそのまま転びそうになってしまいました。
「あっ!」となったその瞬間、どこからともなく現れてわたしの腕を力強く支えてくれた一人の男性がいました。
その男性は、少しばかり背が高く甘い香りのする男性でした。
「ありがとうございます」とお礼を伝えたのも束の間、担当の方がわたしの名前を呼びオイル交換が終わったことが告げられました。
もう一度、「すみません、ありがとうございました」と伝えると男性は優しく微笑み「いえ」とよく通る優しい声で答えてくれました。
素敵な男性もいるものだなぁ。と思いディーラーを後にし
優しさに触れてウキウキしていたのか、男性に触れたられてドキドキしていたのかいささか舞い上がっていたのかルンルン気分で少し遠回りをして岐路へとつきました。
そして、夏が過ぎ秋になった頃です。
といっても、その日ばかりはとても残暑の厳しい日でした。
わたしは車検のためディーラーへと足を運んでいました。
クラッチがダメだしお金がかかるだろうなぁ。なんて憂鬱な気分に浸っていて
気分を紛らわせようといつも差し出してくれるアイスティーの氷をストローで転がして遊び、ちゅーちゅー吸って飲んでいると
夏の香りには似つかない甘い香りが漂ってきました。
それは、どこかで嗅いだことある香りでした。
すると、わたしの右横の方から見知らぬ顔がひょっこり顔を出し
「今日は外じゃないので転ぶ心配はないですね」とよく通る優しい声で言われました。
その声のトーンはというと、周りに聞こえないぐらいの大きさなのですが
でも、わたしの右横の方から話しかけるので耳にはよく響き渡り、驚くというよりも何故か不思議と心地よかったのです。
わたしが、はっとした顔で右上を見上げるとそこには男性が立っていました。
もちろん知らない人です。突然知らない人に声かけられたのです。
このときの数秒の出来事で、以前転びそうになったときわたしの腕を掴んでくれた人。とは気づいていません。
神妙な趣きでその男性を見上げ首を傾げると、「忘れましたか?僕が掴まなかったら貴女は転んでいたはずですよ。」
そう言われた瞬間、わたしの脳内細胞はものすごい速さで前頭葉へと行き渡り春の記憶を引っ張り出してきました。
「ああ!あの時の!」
「思い出してもらえましたか?」
「あの節はありがとうございました」
そう話しているうちに、男性はわたしの隣の椅子に腰を掛けました。
そして、今日は何しに来たとか車の話や他愛もない会話をしました。
どうやら彼もオイル交換へ来ていたみたいです。
一度会っているとはいえ、ほとんど知らない人です。
手探りの会話でしたが、彼との共通点は多くそれまで遊んでいたアイスティーの氷には目もくれないくらいとても盛り上がりました。
すると、「○○さ〜ん」とディーラーの人が駆け寄ってきたのが見えると
彼が「行きますね、また会えると思っていました。なのできっとこの次も会えますよ」と、またよく通る優しい声でわたしに言いました。
「あ、はい」と言い返すのが精一杯です。
だって、実はわたしの身に何が起こっているのか把握できてなかったからです。
さっきまであんなに遊んでいたアイスティーのストローを抜き取り、グラスに口をつけごくごくごくと勢い良く飲み干しました。ふぅ。と一息つくと瞬く間に冷静になれました。
きっとこれは夢だ!夏風邪をひいて悪い夢に魘されているだけなんだ!
そう言い聞かせ、後ろを振り返ってみました。
すると、黄金の夕陽が真っ直ぐな線を描いて射し、それに照らされたぴかぴかの綺麗なRX-8に乗り込む彼がいました。
現実だったのです。わたしが話していた見ず知らずの男性は実在したのです。
こうなってくるともはやパニックです。
車検の代車がMTでいい?なんて、わたしを女性とは思っていない車を充てがわれても素直に頷くだけしかできませんでした。
車検も終わり、日常が戻ってきて、毎日が過ぎていきました。
けれども、ことあるごとに彼のことを思い出してしまいました。
彼が話してくれたことのなかではっきりと覚えていたのが、車は大事にするとそれに応えてくれる。ということでした。
なので、わたしはこのままRX-8を乗り続けていればまた彼に会える。そう思ったのです。なんとも恋心の籠もったRX-8なのです。
そうして、ハルドルを握る手が冷たくなる冬も過ぎ、初めて彼と会った春も過ぎ、夏の暑さにも負けず わたしのRX-8は恋心を乗せ走り抜きました。
秋になったので一年点検をとディーラーへ足を運びました。
彼に会えるかもしれない。という、なんとも偶然極まりない淡い期待もしましたがその期待は虚しく終わりました。
そしてまた冬が過ぎ、春の訪れが感じられ 暖かくなってきたころ
わたしのRX-8に異変が現れました。すぐさまディーラーへと足を運ぶと圧縮低下でエンジンがいつ死んでもおかしくない。とのこと。
それと同時によくここまで乗れましたね。と褒められました。
いわば、余命宣告です。
まだ走れる!と誤魔化し誤魔化し乗っていましたが、常に不安はついて回りました。
もし突然エンジンがブローしたらもうRX-8に乗れないのか?
そして後日。
オイル交換の予定があったため、エンジン交換したらいくらになるのかなど見積もりなども出して貰いました。車検やタイヤなどこの秋やってくる出費も含めたら中古車が買えてし舞うような金額に驚きと哀しみがわたしの胸を浸しました。
初夏が過ぎ、夏本番が来ました。
その時もやって来ました。
何度セルを回してもかからないエンジン。バッテリーチェックするも良し。
わたしの頭の中にはあの嫌な予感しかありません。
もちろん、その予感は当たっていました。エンジンブローです。
すぐさまレッカーを呼び、レッカーの助手席で惨憺たる顔をしその様子といったら精気すら微塵も感じ取れなかったことでしょう。
ディーラーの敷地内、奥の方にレッカーされたRX-8。
すると、見覚えのあるRX-8が停まっていました。
まさかあの彼の?でもなんでこんな奥に??
さっきまで重かった足取りが少しばかり軽くなり、ぐんぐんと店内の方へ歩幅を進めました。
彼でした。彼が居たのです。
おおよそ、二年ぶりの再会です。なのできっと彼はわたしのことなんか忘れているはずです。
そう思うも、もしかして━。という、恋心を胸に声をかけようか迷いながら卑怯にも彼の視界に入る席へと腰掛けました。
目と目が合いました。
はっとする彼。わたしに気づくやいなやすたすたと歩み寄ってきてくれました。
「お久しぶりですね」
「あ。奇遇ですね」
「ほら、また会えましたね」
覚えててくれた!!!
わたしの胸の鼓動はまたもやものすごい速さで脈を打ちました。
二年も経つというのに覚えていてくれた。また会えたのが、エンジンブローという最悪な出来事の日でも妙に甘く嬉しい気持ちになりました。
例えて言うなら、ソフトクリームにタバスコを垂らして食べる感じです。
それからわたしたちは、また同じく今日は何しに来たとか車の話とか二年ぶりだというのにあの日の二年前に戻ったような気持ちです。
でも、現実はそう甘いものではなく担当の方から「死亡宣告」されました。
そのときわたしはまだエンジンを載せ替えるか決めていなかったため、「考えさせてください」と言いました。
すると彼が「僕、載せ替えたことあるので詳しくお話ししませんか?」と言って下さりました。
車に無知なわたしにとってなんとも心強い一言です。
わたしはすぐに「もちろんです。近くにファミレスあるのでご一緒しませんか」と彼を誘い出しました。
そして、目と鼻の先にあるにも関わらず彼が自慢のRX-8に乗せてくれてそのまま近くのファミレスへと行きました。
ほんの数百メートルなのに、RX-8の助手席に乗るのが初めていや、男性の助手席にのる経験値が乏しかったせいかすごくドキドキしました。車内に広がる彼のあの甘い香りのせいで汗顔も増しました。
こうしてファミレスで、「人間と同じでロータリーエンジンにも寿命がある。貴女は大切に乗ったほうです。よく頑張りましたね」と彼が言ってくれました。
とても嬉しかったのです。
また、ひどく落ち込んでいたわたしを励ますかのようにユーモアを交えておもしろおかしく他愛もない話しもしてくれました。
初めて会ったときと二回目に会ったとき…そのときの印象とは少し違い初めて笑う彼の笑顔は屈託がなくとても似合っていて、またそのよく通る優しい声が安心感を与えてくれます。
わたしはこのとききっと恋に落ちたのです。
そして、エンジンを載せ替えることも決心したのです。
その後一大決心したわたしは、大金をはたいてエンジンも載せ替え、彼とも頻繁に会うようになっていました。
俗に言う【デート】というものですら、事の重大さを重んじるべきです。
何度か会った少し肌寒くなってきた秋の日。
彼に告白をされました。
出会いの偶然が重なりすぎておかしい!これは悪い夢だ!詐欺だ!などと少し戸惑っていたわたしのせいで時間が徒に過ぎ、ますます暮れていきました。
冷たい夕風が吹いたそのとき
「真剣です。貴女の車が200000キロ迎えたそのとき結婚しましょう。だから、それまで貴女のペースで走ってください。」
そう言われました。
わたしはなんだか泣きたい気持ちになりました。とても嬉しかったのです。
「はい」
そう答えたのが去年の秋です。
そらから一年が過ぎて2014年11月1日めでたく200000キロを迎えることになりました。
この距離を迎えるまで早かったのか遅かったのか。それはわたしだけの秘密です。
なのでわたし結婚します
彼と巡り合わせてくれたRX-8に感謝します。
これからも末永くどこまでも彼とRX-8と共に走り続けます。
あなたに会えて本当によかった━。
という妄想をした。
さぁ!いきますよ!!
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キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
祝☆200000キロメートル☆
こんな色気のない場所で無事に迎えました。
なにかいる様子