昨今、石油を探すのが特に容易な場所は世界に存在しないが、北極圏にはしばしば独特の難しさがあると考えられている。漂流する氷、荒海、隔絶された場所などの条件から、企業にとって北極圏での掘削には格段の困難が生じる。油の流出が起これば、北極圏での除去作業はメキシコ湾よりも難しいだろう。
ロイヤル・ダッチ・シェルの掘削装置(奥)が係留する港で、同社の北極圏の事業に反対するカヤック愛好者らがデモを行った(5月16日、シアトル)=AP/Daniella Beccaria/seattlepi.com
米政府が5月11日に、アラスカ北岸の約70マイル沖合で6つの油井を掘るという英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルの計画を条件付きで承認したとき、その決定は予想通り反対の嵐にさらされた。ある環境団体によると、北極圏は「石油を採掘するには地球上で最悪の場所」だという。
北極圏は美しく大部分が未開発で、その保護を求める声には感情に訴える力がある。しかし、この先数十年の間、世界が化石燃料を必要とするだろうと認める者は、シェルの計画を受け入れることも覚悟すべきだ。同社が安全面の約束を守れる限りの話だが。
北極圏での採掘への反対意見は2つの懸念によるものだ。1つ目は、2010年の英BPの施設「ディープウオーター・ホライズン」での事故よりも被害が大きくなる可能性がある油の流出の危険性だ。
2つ目の懸念は、生産がおそらく2030年代まで開始されない石油の探査に関わることだ。これは、環境保護活動家が許容できない破滅的な地球温暖化の危険性をつくり出すという化石燃料の長期的な未来像を暗示する。
しかし、これら2つの懸念は、シェルの計画に対する決定的な反論にはならない。過去にも別の企業が北極圏で採掘を行っている。実際、シェルは、この夏に探査が予定されるまさにその地域で1989~91年に採掘を行っており、その当時から技術と管理体制の両方が改善している。同社の幹部によると、この掘削計画は史上最も綿密な調査が行われたという。おそらくこの言葉は正しい。北極圏で探査を行うならば、例えばロシアなどの国よりは、米国の規制当局による監視の下で行う方が好ましい。
シェルは北極圏で安全に操業できることを今後証明しなければならないが、それを正しく行う動機はそろっている。事故は環境の面で大災害になるだけでなく、同社の北極圏への野望にも破滅的な結果を招く。
気候への影響についての懸念の点では、シェルがエネルギー大手5社と共同で英フィナンシャル・タイムズ紙に宛てた書面で認めたように、世界は気候変動リスクを抑えるために温暖化ガスの排出量を削減しなければならないのは確かだ。
しかし、二酸化炭素(CO2)の排出が抑制された世界ですら、石油は必要であり、今から20年後にその需要をいかに満たすかについて我々は確信を持っていない。ペルシャ湾で戦争が起こらないだろうか。米国のシェール油井のコストは、全ての最良の採掘場所の枯渇で高騰しないだろうか。おそらくそうなるだろう。ある程度の確信をもって予想できるのは、需要は増え続けるだろうということだ。
■シェルのリスクは認められるべき
北極圏の石油はコストが比較的高くなると見込まれ、他の地域の供給量が豊富であれば競争力を持たない可能性があるが、シェルがそのリスクを取ることは認められるべきだ。他の地域からの供給が抑制された場合、アラスカ沖北極圏での生産が大いに歓迎される可能性がある。
同社がその選択肢を作るために約束した70億ドルが有効に使われたかどうかの判断を法的に支配しているのは同社の株主かもしれない。しかし、米国の消費者が石油を必要とし続ける限り、経済面と国の安全保障面の両方の理由から米国の領域内で石油を生産した方がよい。
ウィンストン・チャーチルが1913年に正しく述べたように、「石油の安全性と確実性は多様化にあり、多様化のみにしかない」。米国は現時点で選択肢への扉を閉ざすべきではない。
(2015年6月1日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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