「あのね、あっちでジンの前から消えたいって思ったらね、白い空間に飛ばされたのよ」
「白い空間に?」
「ここでもあっちでもない空間よ。そこでね、神様に会ったの」
「神様!?」
「うん、小さい体だったけど、とても威厳のある話し方をしていたわ。神様と名乗っていたから神様だと思う」
そう言ったユリカをジンは疑う様子も見せずに聞いていた。
目の前でユリカが消えていくのを見たからには神様の存在があるかもしれないと思ってのことだった。
「神様はね、言ったの。『救えなくてすまぬ』って。聞き返したらね、『わしがお主をあの世界に飛ばしたのじゃ』って。神様のおかげであなたに会えたのよ」
「それじゃあ神様に感謝しなきゃな」
「そうね。……ここへ送り返してくれたのも神様なのよ。わたしが行くところがないって言ったら『そなたの世界に返そう』って。この世界にわたしの居場所はないのにね?」
「ユリカ……」
「神様にせっかく帰してもらったんだから、この世界で頑張ろうって思ったけど、思ってみたんだけど、ね……」
ボロボロと涙をこぼし肩を震わせるユリカの肩をジンは抱き寄せた。
ユリカはしばらく躊躇ったあと、我慢できないというふうに抱き着いた。
「ジン、ジン、……わたし、ここで、ひとりぼっちなの。おばあちゃんも、わたしの代わりに死んでしまったわ」
「なら、ミントバァムへ一緒に帰ろう」
「だめだわ。わたしはここの人間だもの。ここで生きなければならないのよ。おばあちゃんが死んだここで!頑張らなきゃならないのよ」
「そんなことない! ユリカは自由だ! 好きな場所で好きなことをしていいんだ! 死にたくなるくらいなら逃げていいんだ! 何にもしたくないならなんにもしなくていい! 生きていいんだよ! ユリカは生きていいんだ!」
ジンは相変わらず熱かった。
それにユリカは涙が止まらない。
ヒックヒックとしゃくりあげながら懸命に首を振る。
「だめったら。だめなんだったら。わたしは頑張らなきゃならないの」
「もうユリカは充分頑張ったよ! だからここまで育ってきたんだろ! だからおれが好きになるくらい魅力的になったんだろ! ユリカは充分頑張ったんだ!」
「ジン……」
ギュッと抱き締める力を強めたジンに、ユリカはそっとその胸板を押し返す。
「だめなの。わたしはあなたに必要じゃないの。誰にも価値を見出してもらえないような人間だもの」
「いやだ! ユリカがユリカをあきらめるなら!ユリカはおれがもらう! おれが攫って養ってやる! それがおれのしあわせだ! だからユリカがいやって言っても連れて帰る!」
「どうして、どうしてなのよ……」
「ユリカのことが好きだからだ」
「なんで、そんなことになったの? わたしは迷惑しか掛けてないのに」
「ユリカのそういう危ういところを見てるとおれがしあわせにしてやりたい、笑顔にしてやりたい、そう思うんだ! だから! 絶対にしあわせにしてやるから!」
「世の中に絶対なんてないわ」
「ある! 絶対っておれが言ったら絶対だ! 神に誓ってもいい!」
「……ジンの、ばか」
どんっとジンの胸板を叩いたが抱き締める力は少しも緩まない。
「ユリカはしあわせになるべきなんだ」
「なんでよ……」
「生きたいって言ったの、ユリカだろ? それには生きてしたいことがあるってことだ。きっとそれはユリカのしあわせだ」
「……たしかにわたしは生きたいと言ったけれど、あなたはそれを許してくれるの?」
「当たり前だろ」
「あのときは何にも言ってくれなかったし探してもくれなかったのに」
「それは全部バートリーがおれを思ってやったことのせいだ。タイミングが悪かっただけなんだ! それにおれはユリカを探していたよ」
「口ではなんとでも言えるわ」
「じゃあ、行動でも示してやる」
ユリカには何が起こったのかしばらくわからなかった。
ただ、目の前にジンの顔があって、肩を両方痛いほどに掴まれていることはわかっただけだった。
唇に感じた感触に気がついたのはしばらくしてからだった。
唇が、ジンの唇と重ねられていた。
その状態のまま、長い長い一瞬を終えたあと、ジンは少し顔をはなしてユリカの目を、まっすぐに見つめた。
「好きだ。ユリカ、おれと来い」
有無を言わせない口調にドキリとする。
そしてドキドキドキドキと心臓が変にうるさくなって涙がまた止まらなくなった。
顔がとても熱い。
「答えは『はい』しか受け入れないからな」
「……横暴だわ」
「好きなことは譲らないのが信条だ」
「強引ね」
「ああ。そうじゃないとユリカには伝わらないからな」
「…………ひどい、ひとだわ」
「なんとでも言え。ユリカはおれが攫ってく!」
「はい」
