膵臓がんの謎、小さいのに転移しやすいのはなぜか
地道な積み重ね型研究 西川伸一 THE CLUB

写真はイメージ。記事と直接の関係はありません。(写真:Stuart Caie/クリエイティブ・コモンズ表示 2.0 一般

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 言うまでもなく、膵臓がんの予後を決めているのは転移性だ。亡くなった私の友人も、発見されたときにはリンパ節は言うに及ばず、多くが肝臓転移を伴っていた。

小さいうちから転移しやすい

 膵臓がんはできたがんが小さいうちから転移しやすい。転移メカニズム研究には、できるだけ人に近い動物での実験を可能とする必要がある。膵臓がんについては、人と同じ突然変異を膵臓だけに起こしたマウスが存在する。

 今回紹介する米国フレッド・ハッチンソンがん研究センターからの論文は、このモデルを使って転移しやすい膵臓がんを知るための指標を調べた研究だ。6月4日号の有力科学誌セル誌に掲載された。

 タイトルは「Runx3は膵管腺癌の転移性スイッチをコントロールする(RUNX3 Controls a Metastatic Switch in Pancreatic Ductal Adenocarcinoma.)」だ。

問題が「Runx3」と呼ばれるタンパク質に

 研究自体は地道な積み重ね型研究で、驚くようなアイデアがあるわけではない。

 常に実際の膵臓がんを念頭に置いて研究を進めているとよく分かる研究だ。

 研究では人の膵臓がんに見られるさまざまな遺伝子の突然変異を起こして、転移を早める分子を探索している。

 「Dpc/smad4」と呼ばれる遺伝子が2対あるうちの片方の染色体で欠損したとき転移性が上昇すると突き止めている。

 この変化が人のがんでも見られることを確認している。

 次に「Dpc」と呼ばれる突然変異の影響がどの分子に及んで転移のしやすさを変えているかを調べている。

 結果として、「Runx3」と呼ばれるタンパク質に突き当たっている。

治療の効果も左右する

 Runx3は転移しやすくさせる一方で、がんの増殖を抑える働きがあると分かった。膵臓がんの発がんのプロセスでがん抑制遺伝子である「p53」に突然変異が起こると、Runx3が上昇する。細胞の増殖を抑える半面で、同時に転移しやすくする。がんが小さくても転移を促しているという結論になる。

 最後にこの仮説に立って人間の膵臓がんを調べたところ、Runx3が高いガンでは50%の人が生存している期間で約1年も短くなると示している。

 さらに、抗がん剤と放射線の治療をすると、Runx3の低いがんは高い効果が得られる。Runx3、Smad4(DPC4)を指標とすると、手術、放射線、化学療法の組み合わせを選択できる可能性を示している。

良い「プレシジョン・メディシン」

 プレシジョン・メディシンの観点で見ると、動物の研究と人での研究を丹念に対応させると、個別のがんに合わせた治療が可能であるとよく分かる(最近がん論文で目にする「プレシジョン・メディシン」、精密な医療の時代へ)。その意味で、目的のはっきりした好感の持てる研究だ。

 もちろん次はこの仮説を実際に治療に生かしたとき、もっと多くの膵臓がんが助かるかどうか人間の研究で調べる番だ。期待したい。

文献情報

Whittle MC et al. RUNX3 Controls a Metastatic Switch in Pancreatic Ductal Adenocarcinoma.Cell. 2015 May 20.[Epub ahead of print]

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25985273


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西川伸一(Medエッジスーパーバイザー)

1948年生まれ。京都大学医学部卒。熊本大学医学部形態発生部門教授、京都大学医学研究科分子遺伝学部門教授、理研発生再生科学総合研究センターグループディレクターを経て、2014年8月より「Medエッジ」スーパーバイザー。京都大学名誉教授。

ウェブサイト:http://www.mededge.jp