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 NHKの籾井勝人会長は、昨年1月の就任会見以降、その言動が物議を醸し続けています。看板番組「クローズアップ現代」では、過剰演出が発覚しました。そんな公共放送NHKを、視聴者はどう見ているのでしょうか。視聴者団体の会員、スタッフらに実施したアンケートをもとに考えました。

■6団体の52人が回答

 NHKについてのアンケートは、テレビに関わりの深い六つの視聴者団体の会員、スタッフを対象として4~5月に実施しました。総回答者は、20~80代の52人です。アンケートを依頼した団体とその主な活動は、以下の通りです。

 ▽Quae(クアエ) インターネット上でテレビ番組を採点するサイト

 ▽主婦連合会 衣食住など身近な問題からIT関連の消費者問題まで取り組む

 ▽日本報道検証機構 マスメディアが正確に報道しているかを調査、検証する

 ▽放送批評懇談会 テレビ、ラジオに関する批評活動を通じ放送文化の振興を図る

 ▽みんなでテレビを見る会 東大情報学環・丹羽美之研究室が制作者らを招いて名作の上映会を開く

 ▽メディア・アンビシャス 市民の立場からすぐれた報道を表彰し応援する

 いずれの団体も、籾井勝人NHK会長らの罷免(ひめん)を求める活動には参加していません。

     ◇

 実施したアンケートの内容と主な結果は以下の通りです。

(1)いまのNHKをどう見ていますか。

①大いに評価できる ②ある程度評価できる ③あまり評価できない ④全く評価できない

理由

〈回答結果:①3件 ②27件 ③19件 ④3件〉                   

(2)NHKで評価できるところを、三つまで選んでください。

①災害時の情報提供 ②公平・公正な報道 ③ドラマなどの娯楽番組 ④学習機会を提供する教育番組 ⑤政治から独立している運営の仕組み ⑥CMがなく企業の影響を受けないところ ⑦受信料の安さ ⑧経営陣に指導力がある点 ⑨その他 

〈回答結果:①45件 ②5件 ③9件 ④34件 ⑤2件 ⑥21件 ⑦0件 ⑧0件 ⑨14件〉           

(3)NHKで評価できないところを、三つまで選んでください。

①報道が偏っている ②娯楽番組が民放化している ③番組PRが多すぎる ④番組が親しみにくい ⑤政治がからむテーマになると制作姿勢が萎縮する ⑥経営者の資質に問題がある ⑦経営委員の資質に問題がある ⑧受信料が高い ⑨その他       

〈回答結果:①9件 ②20件 ③15件 ④3件 ⑤33件 ⑥27件 ⑦18件 ⑧11件 ⑨9件〉           

(4)NHKで評価できる番組と、評価できない番組をそれぞれ三つ以内であげてください。

評価できる番組(自由記述)

理由

〈回答結果:「NHKスペシャル」14件、「クローズアップ現代」12件、「ニュース」7件、「ETV特集」7件、「連続テレビ小説」6件、「大河ドラマ」5件、「ドキュメント」4件、「バリバラ」4件、「ドキュメンタリー番組」3件、「スポーツ中継・番組」3件、「鶴瓶の家族に乾杯」3件、「ドキュメント72時間」3件、「NHKニュース7」2件、「おはよう日本」2件、「ためしてガッテン」2件、「ダーウィンが来た!」2件、「歴史秘話ヒストリア」2件、「大科学実験」2件など〉                

評価できない番組(自由記述)

理由

〈回答結果:「ニュースウオッチ9」7件、「あさイチ」7件、「ニュース」5件、「NHKスペシャル」4件、「NEWS WEB」4件、「ドラマ」2件、「バラエティー番組」2件、「NHKニュース7」2件、「クローズアップ現代」2件、「紅白歌合戦」2件、「日曜討論」2件など〉                

(5)NHKの籾井勝人会長の言動に関心をもっていますか。

①大いに関心がある ②ある程度関心がある ③あまり関心がない ④全く関心がない ⑤その他

理由

〈回答結果:①22件、②12件、③13件、④4件、⑤1件〉                   

(6)籾井会長はNHKのトップとして適任と思いますか。

①大いに思う ②ある程度思う ③あまり思わない ④全く思わない ⑤その他

理由

〈回答結果:①0件、②2件、③13件、④34件、⑤3件〉                

(7)放送法で、NHK会長の任命には、国会が同意し首相の任命した経営委員(12人)の9人以上の賛成が必要となっています。いまの仕組みをどう思いますか。

①今のままでいい ②ある程度変える ③大幅に変える ④全面的に変える ⑤その他

理由

〈回答結果:①6件、②8件、③17件、④17件、⑤3件、未回答1件〉            

(8)NHK経営委員会が実施している「視聴者のみなさまと語る会」で出ている声やNHKが力をいれている分野などをあげました。優先して実施すべきことを次の項目から二つまで選んでください。

①民放と違うNHKならではの番組を増やす ②国際放送で海外への発信力を強化する ③インターネットでNHKテレビと同じ内容の無料配信を拡大する ④経営陣を刷新する ⑤受信料の支払いを義務化し値下げする  ⑥効率的な経営をする ⑦その他     

〈回答結果:①31件、②13件、③14件、④24件、⑤10件、⑥8件、⑦3件〉 

■番組の萎縮に危機感

 アンケートでは8項目の質問をしました。選択肢を設けてNHKの番組、姿勢、経営陣への評価やその理由を尋ねたのをはじめ、評価する・しない番組については、名前を挙げてもらいました。

 いまのNHKについては、「ある程度評価できる」が52%、「大いに評価できる」は6%と、「評価できる」が「評価できない」を上回りました。「あまり評価できない」は37%、「全く評価できない」は6%でした。

 「視聴率が取れないテーマでもしっかりと報道する姿勢に共感できる」(学生の長谷川裕さん、23歳)や「民放より実験的な企画に取り組んでいる」(学生の瀬尾華子さん、26歳)といった肯定的な意見が寄せられました。半面、「肝心なニュースが伝えられていない。お笑い番組でさえ、当たり障りのない内容ばかり」(無職の井上輝子さん、73歳)、「政治に対する批判精神のないことはジャーナリズムにとって致命的」(大学名誉教授の小玉美意子さん、72歳)といった厳しい声も目につきました。

     ■

 籾井会長はNHKのトップとして適任と思うかという質問では、「全く思わない」が65%、「あまり思わない」が25%と「思わない」が大勢を占め、「ある程度思う」は4%だけでした。

 理由は「現政権に近すぎる」(団体職員の平林克英さん、48歳)、「マスコミ、放送というメディアに対する知識が絶無」(無職の橋本隆さん、73歳)などでした。会社経営の新家(しんや)竜介さん(39)は「政権を批判できない人間がジャーナリズムから最も遠いのは確か」と指摘しつつも、「不適任者がトップに就任することなど特段珍しいことでもない」と冷ややかに見ています。

 会長選任のシステムにも疑問が示されました。放送法で、NHK会長の任命には、国会が同意し首相の任命した経営委員(12人)の9人以上の賛成が必要となっています。その仕組みをどう思うかとの質問に、「今のままでいい」は12%にとどまり、「大幅に変える」と「全面的に変える」がともに33%、「ある程度変える」が15%でした。

 不満の理由として「首相の意向の強い人事は問題。偏りがないよう見直す必要がある」(主婦連会長の山根香織さん、58歳)が代表的な声でした。大学教員の吉田徹さん(40)は「英BBCのように経営委員は公募制にすべきだ」と提案しました。

     ■

 NHKが優先して実施すべきことを7項目から二つまで選んでもらったところ、半数前後が「民放と違うNHKならではの番組を増やす」と「経営陣を刷新する」を選びました。

 いまの執行部が力を入れている「インターネットでNHKテレビと同じ内容の無料配信を拡大する」と「国際放送で海外への発信力を強化する」を、それぞれ4分の1程度の方が選びました。

 評価できる番組と評価できない番組をそれぞれ自由に三つまで挙げてもらいました。

 評価できる番組で多かったのは、①「NHKスペシャル」

②「クローズアップ現代」

③「ニュース」「ETV特集」

⑤「連続テレビ小説」。

 理由としては、「Nスペ」が「取材に時間をかけている」「知の底上げに貢献」などが挙げられました。「クロ現」と「ETV特集」については、それぞれ「社会を考察する視点を提供」「骨太の検証報道」と称賛する声がありました。

 一方、評価できない番組として名が挙がったのは、

①「ニュースウオッチ9」「あさイチ」

③「ニュース」

④「NHKスペシャル」「NEWS WEB」の順でした。

 不評の理由は、「ニュースウオッチ9」が「及び腰」「単なる事象紹介のニュース」、「あさイチ」が「品位がない」「自局のPR臭が強すぎる」など。「NEWS WEB」については「ネットとの融合も中途半端」と指摘されました。

■逢坂巌・立教大兼任講師に聞く

 今回のアンケート回答から何が読み取れるか。メディアと政治の関わりについて詳しい逢坂巌・立教大兼任講師(政治コミュニケーション論)に分析してもらいました。

 ――アンケート結果で最も印象に残ったのは。

 「『評価できる』ところについてです。『災害時の情報提供』が圧倒的に多かったのに比べ、『公平・公正な報道』はわずか。指定公共機関としての地震速報は信じるけれど、通常のニュースは評価していないと言っているようなもので、NHKにとってはきつい見方です。視聴者はジャーナリズムとしてのNHKには『眉つば』になりつつある。同時に、教育番組を放送しているEテレにおもしろいものがある、と見ているのも特徴的ですね」

 ――「評価できない」ところの回答で、政治がらみの萎縮が6割、次いで経営者の資質が半数に達しました。

 「視聴者が最も心配しているのは番組の萎縮というのは注目すべきことです。偏向への批判よりも、政権にビビって大事なことを報じないのではと懸念しているようです。籾井勝人会長についてはNHKトップとして適任と思っている人はほとんどいません。公共放送の長に信頼されていない人が就いているのは一種の矛盾です。会長を任命する経営委員を首相が任命する現行の放送法の仕組みについて抜本的な変更を求める声が3分の2もありました。政府から独立した経営委員の人選を求めているといえます。ただ、経営委員を誰が選ぶのかは難しい問題です」

 ――籾井会長の言動については「大いに関心がある」が42%、「ある程度関心がある」が23%という結果でした。

 「『あまり関心がない』は25%ですから、視聴者の関心は高いですね。NHKが暮らしや政治に重要な役割を担っている、と考えているからこそでしょう」

 ――アンケート結果では不評なのに、NHKは昨年度決算で過去最高の受信料収入を記録、黒字は前年度より213億円も増えました。不祥事が続発した2004年度のように受信料不払いがなぜ起こらないのでしょうか。浜田健一郎経営委員長は「視聴者はNHKの番組を冷静に見て、それなりの判断をしているのでは」と言っています。

 「海老沢勝二会長時代に起こった視聴者からの批判は、制作費の使い込みやカラ出張などわかりやすいカネの問題でしたから、コトの性質が今回とは違っています。ただ、情報という目には見えないものの色がだんだん変わってきて『御用放送』化しているのではないか、という危機感をコメントから感じます」

 ――とはいえ、全体としては60%近くが評価し、多数派となっています。

 「個々の番組や職員への温かな視線を感じました。いままでの信用が残っていますね。番組の民放化批判も目立ち、NHKならではの番組に戻れと望んでいるという心情ですね。テレビは誰のもので、どのように作られるべきなのか、という問いを視聴者は投げかけている、と受け止めるべきです」

     ◇

 〈おうさか・いわお〉 1965年生まれ。東大助手、立教大助教などを経て現職。テレビと政治の関わりなどを研究。著書に「日本政治とメディア」。

■〈記者の視点〉放送法の核心、政府から自立した放送

 1950年に制定された放送法の核心は、政府から自立した放送にあります。ところが、政権与党・自民党の調査会にNHKと民放幹部が呼ばれるのが65年後の現実です。

 この落差を視聴者は感じ取っています。NHK会長の任免権をもつ経営委員を首相が任命する放送法の規定を「今のままでいい」と答えたのは12%にすぎません。一昨年以降のNHK会長、経営委員の人事が、放送法の精神を形骸化させたという危機感の表明といえます。

 これまで歴代のNHK会長9人を取材してきましたが、籾井現会長はかなり特異な存在だと言えます。不用意な発言による混乱が絶えず、現場からの信頼は薄い。ところが、受信契約者は増え続けています。いまのNHKは信任されているのか、視聴者に聞いてみようと、今回のアンケートを試みました。

 回答結果は「原点を忘れるな、守りに入るな」というNHKへのメッセージと感じました。公共放送がどこへ向かうのか、肉薄しつつこれからも目を凝らします。(川本裕司)

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