前原誠司の「直球勝負」(31)
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集団的自衛権の行使は日本を守ることにつながる
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去る4月29日から5月3日まで、超党派議員団のメンバーとして、アメリカのワシントンD.C.(以下、ワシントン)を訪れた。アメリカの代表的なシンクタンクであるCSISではハムレ所長、マイケル・グリーン氏、同じくブルッキングス研究所ではタルボット所長、リチャード・ブッシュ教授ら、AEIではボルトン氏(前国連大使)らと意見交換を行い、また、ヘリテージ財団ではシンポジウムを行い、パネリストとして基調講演を行った。国務省ではネグロポンテ副長官(元国連大使・イラク大使)、国防総省ではローレス国防副次官と会談。他に、ダニエル・イノウエ上院議員(民主党)、マカウスキー上院議員(共和党)、アーミテージ元国務副長官、コーエン元国防長官らとも議論を重ねた。
毎年、1〜2回はワシントンを訪れているが、今回ほど盛り沢山のテーマで、充実した議論をしたことはなかったように思う。議論した主なテーマは、以下の通り。
(1)イラク戦争と中東情勢
(2)北朝鮮の核開発問題と6者協議
(3)ミサイル防衛
(4)F4(航空自衛隊)の後継機(FX)
(5)安倍訪米といわゆる従軍慰安婦
(6)中国の動向
(7)環境とエネルギー
(8)アメリカの大統領選
アメリカにおける最大の関心事は、何と言っても4月末時点で3300名以上の米兵が死亡しているイラク戦争であり、来年行われる大統領選挙の最大の争点なることは間違いない。米上下両院はイラクから米軍を撤退させる法案を成立させたが、ブッシュ大統領は拒否権を行使し、この法案を葬った。「イラクを安定させ、イラク軍に権限を委譲するためには、むしろ増派が必要だ」というのが、ブッシュ大統領の考えだ。確かに、議会、特に民主党が主張するように米軍を撤退させれば、イラクはさらに混迷を深める可能性が高い。だからと言って先が見えず、毎日、多くの米兵が亡くなりブッシュ大統領の支持率が30%を割り込んでいる現状を考えると、増派も政治的に極めて困難だ。CSISのハムレ所長が示唆に富んだ解説をしてくれた。「イラクでは二つの戦争が存在する。一つは武装勢力とイラク正規軍、及び米軍との戦い。もう一つは、宗派間の内戦だ。前者は米軍を増やすことが効果的だが、後者に米軍は関与すべきではない。しかし、二つの戦争は混在しており、アメリカはジレンマに陥っている」と。出口の見えないイラク戦争と来年に迫った大統領選挙。妙案を見出すことは難しい。アメリカを批判することは簡単だが、イラク問題で自信をなくしたアメリカが、北朝鮮やイラン、中東和平といった取組みに消極的になることは、わが国にとってもマイナス面のほうが大きい。アメリカの同盟・友好国である日欧豪といった国々が果たすべき役割は非常に大きいと、改めて感じた。
特に日本は、身近に北朝鮮という大変厄介な問題を抱えている。今回、国防総省で北朝鮮によるミサイル発射のシミュレーションをかなりの時間をかけて行った。北朝鮮は、日本全土をほぼ射程に入れているノドンミサイルを200基以上持っていると言われている。また、昨年10月9日に核実験を行なったが、ミサイルに搭載できるだけの小型化が可能かどうかは断定できないものの、数発の核弾頭を保有していると言う前提に立つべきだろう。また、撃ってくるときは1〜2発ではない。何十発と続けて撃ってくるだろう。その上で、二つのことを確認したい。
一つは、日本に届くノドンミサイルという運搬手段と核弾頭、あるいは開発済みとされるサリンなどの化学兵器や天然痘などの生物兵器を組み合わせて考えた時、もっと日本は深刻にこの事実を受け止めなければならない。もし、核が使われるとすれば、朝鮮戦争を北朝鮮と共に戦い、支援を続けている中国やロシアではなく、また、同胞の韓国でもない。36年間植民地支配され、アメリカと共に戦後長らく敵対視してきた日本であることは、ほぼ間違いない。核弾頭搭載のノドンミサイルが首都圏に落ちれば、数百万人の人命が失われるだけでなく、経済や社会活動は完全に麻痺し、しばらくは立ち直れず、致命的なダメージを受けるのは必至だ。
もう一点は、北朝鮮は自ら攻撃される、すなわち体制崩壊の危機を冒してまで核やミサイルを使用するのかという疑問だ。私の答えは「イエス」である。日米や国連決議に同調する国などの経済制裁で北朝鮮が徹底的に追い込まれ、あるいは体制崩壊の危機に瀕した時は、北朝鮮が核を使用する可能性は十分ある。また先軍政治と言われる北朝鮮の体制で、仮に金正日の健康や権力基盤が揺げば軍人がトップに座る可能性が高いだろうが、戦前の日本を例に挙げるまでもなく、客観的に勝てるかどうかだけではミサイルのボタンを押さない可能性もある。あるいは、本当に核戦争を勝ち抜くことが出来ると考えて、核を使ってくることも考えられる。我々が厳に慎まなければならないのは、「いくら北朝鮮でも、まさか核を搭載したミサイルまでは撃ってこないだろう」という根拠のない楽観論である。オウム真理教の地下鉄サリン事件の時、私な真っ先に北朝鮮を疑ったが、今後、他の団体をカムフラージュしてNBC(核・生物・化学)兵器によるテロを行ってくることも当然、想定しなくてはならない。
このことに関連して、集団的自衛権の問題について言及しておきたい。日米安保条約は、「アメリカには日本防衛の義務を課しているが、日本には課していない」という意味で片務的だ。あるいは、「アメリカに日本防衛の義務を課す見返りとして、日本は基地や資金をアメリカに提供する」という意味で非対称的だ。そもそも論として、本来の同盟条約というのは、双務的かつ対照的であるべきだろう。しかし、歴史的な経緯や、アメリカと日本の、情報収集能力や軍事技術力を含んだ軍事力の絶対的な差を考えるならば、ある程度の片務性、非対称性というのは当然だ。
にもかかわらず、私が日本の集団的自衛権行使にこだわるケースが、少なくとも3点ある。まず一点は、北朝鮮が発射したアメリカ向けのミサイルを日本が撃ち落すこと。二点目は、朝鮮半島が混乱し、日本国政府が周辺事態と認定をしたときに、武力行使の一体化の有無に関わらず、米軍のへ支援を行ったり共同対処すること。3点目は、公海上で日本が他国艦船と安全確保活動を行ったり、PKO活動をしているとき、他国が攻撃を受ければ共に戦い排除することだ。一点目は、北朝鮮が大陸間弾道弾を開発できておらず、また大陸間弾道弾を迎撃するミサイルも開発されていないので、想定すること事態、今はまだ現実的ではない。
しかし、考え方だけは整理しておいたほうが良い。北朝鮮が日本に対して核も含めたミサイル攻撃を行ってきたとする。当然、日本は同盟国であるアメリカに、核による報復を期待する。しかし、シアトルやロサンジェルスを核攻撃の危険に曝してまで、アメリカは報復を行うだろうか。日本の大陸間弾道弾に対する迎撃能力が残っていればだが、日本が「アメリカへのミサイルは集団的自衛権を行使して必ず撃ち落す」と常に言い続けておれば、アメリカが核による報復を行う可能性は高くなる。なぜなら、シアトルやロサンジェルスが危機に曝される危険性が減るからでる。そうすれば逆に、北朝鮮の日本に対する核攻撃の可能性は低くなる。つまり、核の抑止力がある程度働くのだ。ミサイル防衛における集団的自衛権の行使は、アメリカを守るだけではなく、日本に対する核の傘を強化することにつながると考えるべきである。
周辺事態というのは日本に危機が迫っている状況であり、そのような時に「武力行使の一体化になれば米軍への後方支援は止める」などと言っていては、米軍は本気で日本を守ろうとしないだろうし、日本への危機はさらに高まることになるだろう。従って、周辺事態と認定されれば、武力行使の一体化の有無に関わらず、米軍への支援を行ったり、共同で対処するのは日本の安全保障に資する。共産党や左翼が「集団的自衛権を認めることは、アメリカの戦争に加担することになる」と言っているが、少なくとも先に挙げた3点は「アメリカを助けるのではなく、日本の安全保障に資する」と、多くの良識ある国民は理解するはずだ。
国防総省で行ったシミュレーションは、日本の企業において既に経験していた。とにかく、北朝鮮がミサイルを発射すれば、日本には7〜8分で到達する。今や北朝鮮は、移動式の発射能力も有しており、米軍が事前に爆破するのも今は容易ではない。北朝鮮からのミサイルを撃ち落すためには、日本のイージス艦、PAC3やレーダーのみならず、アメリカの早期警戒衛星、Xバンドレーダー、イージス艦やPAC3を総動員しなければならない。「どの国の」のものであるかとか、「どの国が」指揮・命令を下すとか、悠長なことは言ってられない。事前に共同作戦を様々なシミュレーションをベースに作っておくと同時に、情報交換がスムーズに行われるよう、訓練のみならず共同の制度設計も重要だ。
「平和な日本を守り続ける」ため、「日本が北朝鮮によるミサイル攻撃によって火の海にならない」ために、アメリカとの協調と、集団的自衛権行使の容認が必要なのである。
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