「京作先輩、京作先輩」
その元気な声に、僕は読んでいた本にしおりを挟んだ。
「なんだい、マイナちゃん」
文芸同好会部室。 歴代の先輩方が大量の本を放棄していったせいで、同好会の分際で部室を使わせてもらっている。
部員は僕とマイナちゃんの二人だけ。 地震がくれば間違いなくお陀仏確定と自信を持って言えるほど高く積み重なった本に囲まれながら、マイナちゃんはポニーテールを揺らして、自信満々に言った。
「この部に人が来ないのは、マスコットキャラがいないからだと思います」
その発想はおかしい。 僕は喉まで上がってきた言葉をぐっと押さえ込んだ。
読書の邪魔をされるのは不愉快だけど、はいはいと言ってスルーしていた方が早く終わるだろう。 無視すると怒るし。
「……もう用意してきてるの?」
「はい、フリップを用意しています」
よくクイズ番組で回答者が答えを書くボードまで用意してきて……なんだろう、この気合いの入り方は。
「よし、じゃあ見せてもらおうか」
ここまでされると少しは興味が湧いてくる。
「んー? 見たいんですか? マイナの……見たいんですか?」
「面倒くさくなってきたな」
「ごめんなさい、調子に乗りました! ……まず一枚目はこれです!」
「……これ、何のマスコットだっけ?」
「文芸同好会のマスコットです」
「なんでゴブリンなんだ!?」
筋肉の質感がやたら生々しく、武器の錆具合まで丁寧に描かれたゴブリン。 子供が見たら多分、泣くぞ。
「え、だって文芸同好会ですよ。 私達、高校生ですよ」
「そうだな。 そこからどうしてゴブリンなんだ」
「厨二病、高二病と言えばファンタジー! ファンタジーと言えば」
「フリーダムファンタジーとか」
「はっ」
僕の言った大人気のナンバリングタイトルを、マイナちゃんは鼻で笑った。
「ファンタジー=ゴブリン以外で何があるんですか」
「エルフとか」
「ペッ」
実際に吐いてはいないけど、まさか後輩に唾を吐き捨てられるとは。
僕はショックのあまり、フリップを破り捨てた。
「あー!? マイナ八時間の力作が!?」
「お前、そんな事より学祭用の書き下ろしてこいよ」
毎年、文芸部ではお題を出して、競作をしている。 僕はもう出したけど、マイナちゃんはまだだ。
「出したじゃないですか、メリーさん」
「去年のお題じゃないか」
「アイディアが浮かばないんですよ、今年の……」
「じゃあ今から」
「さ、次のマスコットです」
まぁ書けと言われて書けるなら苦労はない。 あと少しだけ待ってあげよう。
最悪、僕がもう少し書いてもいい。 僕オンリーというのも気分は悪くないし。
「さあ、次のマスコットはー……!」
「ぼーん」
「何するんですかぁ!?」
「黄色い手拭いを首にかけた小汚いおっさんなんて、危なくて外に出せるか!?」
思わず殴って穴を開けてしまった。
「わがままですね、京作先輩は!」
「もっと一般受けするネタを持って来い!」
「一般受けするネタですか……なら」
次に出てきたのは降りしきる雪が美しい絵だった。
中央には小さな女の子。 そして、周りには湯気を上げるマッチョ達が思い思いにポージングをしている。
「人様のネタはやめろよ!?」
「企画競作タグ総合評価一位独走中!」
僕は殴って穴を開けるわけにもいかず、そのフリップを奪い取って、そっと下に下ろした。
「あれもだめ、これもだめ。 ならどうしたらいいんですか!?」
「見て、入部したいと思うマスコットを持ってきなさい」
「あ、これなら」
マッチョに手を伸ばしたマイナちゃんを止める。
「ダメです」
「ちぇー。 仕方ないですねえ」
そう言うとマイナちゃんは定期入れを取り出して、何も描かれていないフリップに何かを貼り付けた。
「私はこれを見て、入部しました!」
「……僕?」
毎日、鏡で見ている顔だ。 見間違えるはずはない。
集中してPCに向かっている僕の写真が、フリップに貼られていた。
「京作先輩、好きです」
「え? 嘘?」
「嘘や冗談でこんな事、言いませんよ」
マイナちゃんは頬を染め、それでもしっかりと僕の目を見て言った。
「あなたの真剣な眼差しが好きです。 あなたの小説にかける情熱が好きです。 あなたの優しい話が大好きです」
「あ」
自分の書いた物が、こんなにも人に好きになってもらえるなんて、思ってもみなかった。
誰かに評価されたくて書いているわけじゃない。 楽しいから書いてるだけだ。
だけど、誰かに認めてもらうのは、泣きたくなるくらいに嬉しい。
「先輩、大好きです」
その日から文芸同好会のマスコットは僕という事で、マイナちゃんに決定されてしまった。