山仲間がマラガの自然を撮影して公開しているブログから
カタルーニャの政治家に「Josep-Lluis Carod-Rovira」という人がいる。この人が数年前の視聴者参加型テレビ討論番組で、質問に立った20代参加者にのっけから「ホセ-ルイスさん」と呼びかけられた。
政治家「ちょっと待ってください。わたしの名前はジュゼップ-リュイスです」
参加者「でも、僕はカタルーニャ語がわかりませんから」
政治家「いや、そういう問題じゃありません。カタルーニャ語がわからなくたっていいんです。わたしの名前は、ここでも中国でもどこでも、ジュゼップ-リュイスです。あなたにわたしの名前を変える権利などありません。ジュゼップ-リュイス以外の名で呼ばれる筋合いはないのです」
参加者「じゃあ、まあ、お望みの呼び方で」
政治家「そうじゃないでしょう。そう呼ばれたいと望んでいるんじゃなく、それがわたしの名前だと言っているんです」
テレビを見ていたわたしは思わず手を叩き、歓声を上げていた。そりゃそうでしょう。人様の名前を勝手に変えてしまうなんて、どう考えてもおかしい。ずっとそう思ってきたから、この政治家の言い分に諸手をあげて大賛成。
ご存じの方も多いと思うが、念のために補足すると、スペインには国の公用語であるカスティージャ語(いわゆるスペイン語)のほかに、カタルーニャ語、ガリシア語など、地方公用語がいくつかある。
これは全国放送の番組だったから、やりとりはすべてカスティージャ語だった。カタルーニャ語の「ジュゼップ-リュイス」がカスティージャ語の「ホセ-ルイス」に相当する洗礼名だからといって、当人に向かって別名で呼びかけるのはやはり非常識だと思う。この質問者は指摘されても悪びれないどころか、どっちでもいいとばかり、どこか不満げですらあった。幸い、スペインでもこういう人は少数派のようだが、名前を訳してしまう理不尽さを疑問に感じない人がいる問題の根深さをかいま見た気がした。
『ウエスト・サイド物語』をニューヨーク版『ロミオとジュリエット』として説明している小見出しが、スペイン語では「ヌエバ・ヨルク版『ロメオとフリエタ』」(赤い四角で囲った部分) |
しかし、ふりかえってみると、日本も似たり寄ったりかもしれない。
英語をカタカナ読みしても、日本人英語に慣れていないネイティブにはほとんど通じないことは、すでによく知られていると思う。
また、漢字で書かれた中国の著名人の名を見れば、それが誰のことかはわかっても、原音でどう発音するかまでは、中国語の知識がないとわからない。毛沢東を「もう・たくとう」、習近平を「しゅう・きんぺい」と読み慣らし、それで話が通じるのは日本人同士の場合だけ。これで本人に呼びかけるのは無礼だろう。
胡錦濤を「こ・きんとう」と理解していたら、あのブッシュ大統領ネタのジョーク「Who is the President?」のおもしろさが一発では伝わらない。やはり「ふー・ちんたお」でなければ。
これまた昔の話で恐縮だが、スペインの語学学校で同じクラスだった中国人女性に紙切れを渡されて、こう聞かれたことがある。「どう読むの?」
そこには端正な字で、「村上春樹」と書いてあった。「村上春樹の作品を(中国語で)読んだことがあるよ」とわたしに話しかけようとしたものの、 作家名は中国語読みしか知らず、それではだれのことかがわたしには伝わらない、と気づいての行動だったようだ。
たとえ自国の文字でも、読めないものは読めない。文字が同じでも言語がちがえば当然ともいえるが、そのときは妙に新鮮な気づきを得た感じがした。
これが西洋語話者だったら、母語が何語であれ、「Haruki Murakami」と日本語に近い発音で伝えられただろう。なまじ文字が同じであるために、かえって読めない事態が発生するのだ。
スペインも日本も、人名を「訳す」というよりは、同じ文字で書かれた他言語の人名を、自国式の発音、読み慣れた音に「置き換える」感覚に近いのかもしれない。
※写真を拝借したブログのURLは、
http://vinotecaandarina2.blogspot.com.es/
です。
2015.5.24
★ 「ケソ」とはスペイン語でチーズのこと。「味噌とケソ。音の響きもさることながら、発酵食品どうし、これがなかなか相性よし。毎日、和西折衷ごはんを食べて暮らしている日本人とスペイン人カップルの日常の断片を、アンダルシア的に(不定期に、のほほんとマイペースで)お届けする予定。味噌やケソのように熟成できるかどうか、乞うご期待?!」(齋藤さん)
【筆者略歴】齋藤慎子(さいとう・のりこ) 新潟県生まれで、おもに奈良県育ち。同志社大学文学部卒業後、大阪での広告会社勤務などを経て2003年からスペインのマラガ県に在住。2010年夏から2014年秋まで夫ルイスの転勤でニューヨークで暮らした。現在、ビジネス書や自己啓発書を中心とする翻訳のほか、“国際カップルよろず相談”に乗ることも多い。主婦業も一応こなしている…つもり。
主な訳書に『究極のセールスレター』『究極のマーケティングプラン』(いずれもダン・ケネディ著、神田昌典監修、東洋経済新報社)、『ザ・コピーライティング』(ジョン・ケープルズ著、神田昌典監訳、依田卓巳共訳、ダイヤモンド社)、『ザ・マーケティング』(ボブ・ストーン他著、神田昌典監訳、ダイヤモンド社)、『マンデー・モーニング・リーダーシップ』(デビッド・コットレル著、東洋経済新報社)、『カオティクス:波乱の時代のマーケティングと経営』(フィリップ・コトラー、ジョン・A・キャスリオーネ共著、東洋経済新報社)、『バルタザール・グラシアンの賢人の知恵』(バルタザール・グラシアン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『賢者の処世術』(バルタサール・グラシアン著、幻冬舎)、『アランの幸福論』(アラン著、抄訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『代表的日本人』(内村鑑三著、致知出版社)、『ペンギンブックスのデザイン 1935ー2005』(フィル・ベインズ著、山本太郎監修、ブルースインターアクションズ)、『最新脳科学でわかった五感の驚異』(ローレンス・D・ローゼンブラム著、講談社)、『ハッピーをさがしてあるこう』(リビー・リース著、訳者名さいとうのりこ、メイツ出版)など。
「味噌もケソも…」の最新記事
| 【味噌もケソも...】易きに流れる発音かな | 05.24 04:45 |
|---|---|
| 【味噌もケソも...】カルロタ王女ご誕生、おめでとうございます | 05.14 06:05 |
| 【味噌もケソも...】大ざっぱなのに細かい!徹底的にこだわるマラガのコーヒー文化 | 04.28 11:15 |
| 【味噌もケソも...】聖週間は黄金週間(その2) | 04.20 13:10 |
| 【味噌もケソも...】聖週間は黄金週間(その1) | 04.15 13:10 |
| 【味噌もケソも...】「ちょっとしたこと」のスゴい威力 | 04.06 13:12 |
| 【味噌もケソも...】3月19日は「父の日」 | 03.31 10:32 |
| スペインに戻ってきました。(齋藤慎子) | 03.11 11:22 |
| ニューヨークの入浴事情 | 05.09 10:43 |
| スペインの雪辱 | 04.21 10:00 |