「時をかける少女」筒井康隆著

2015/5/30 文学・小説・エッセイ

以前「戦国自衛隊」の原作小説を紹介したが、本作も同様に、映画で知っているものの原作小説は読んだことがないという作品の一つだった。特に映画が有名すぎて、そして幾度と無く映像化されていることもあって、傑作だとの評判は聞いていたものの、手が出ずにいた。

本作を筒井康隆が発表したのが1965年で丁度五十年前、僕が知ったのは1983年の原田知世主演映画だから、それでも三十年余りの間読まずにいたわけだが、こういう本こそ読んでおこうと最近思うことが多いので、遅ればせながら読んでみた。どこを切り取っても全く古びたところがなく――せいぜいヒロインの名前（芳山和子）が古臭いぐらい――、本当に面白かった。

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SFミステリーということもあって何を書いてもネタバレになるが、一方で繰り返し映像化されていることもあって、多くの人が内容を知っている作品でもあり、どこまでを語るのが良いか今ひとつ判断に迷う。みんながあらすじ、さらには物語の真相を知っているという点で「ジーキル博士とハイド氏」みたいなものだ。

そういう態度で読み進めることになってもなお、謎解きに至る過程が丁寧かつスリリングでとても惹きつけられる。理科実験室で謎のにおいを嗅いで昏倒してから畳み掛けるように様々な事件が起こり、それらが確かに現実という実感がありながら、それを認識しているのが自分だけ、という中で、必要最小限の登場人物がそれぞれ役割を果たしつつその謎解きに向かって展開がテンポよく進む。ラベンダーの香りとか地震の揺れとか五感を掻き立てられるのも良い。

とても興味深かったのが、未来世界における科学教育の限界といった話が結構細かく描かれていることだった。これ、映画であったかなぁ、記憶が無い。

「二六二〇年。原子力の平和利用で、地球の文化は大きく飛躍し、さまざまな科学的な発明が行われた。だが一方では、あまりに科学が発展したため、一般の人たちは、これらの科学知識に、ついていくことができなくなってしまった。科学者たちも、専門化され、分業化された。その結果として、自分の研究していることだけはよく知っているが、その他のことは、初歩的なことさえ、ぜんぜん知らないという、いわば精神的な不具者が多くなったのである。」（P90）

その結果、学校教育でも一般常識すら教えることも困難になり教育期間は伸びる一方で、労働もオートメーション化されていることから、人間はより専門的な業務につく必要が有るため、より長期の専門教育を受ける必要があり、就職できるのは早くて四十歳前後、ゆえに、結婚も四十過ぎてのことで子供の出生率も減少し、それにあわせて地球人口が減少し人類衰退の危機になった、という、1965年の作品としてはかなりシビアな未来像が描かれていて面白い。これを人類がどう克服したかが謎解きにも大きく関わってくる。

また、タイム・リープ（時間跳躍）という言葉が使われているが、タイム・トラベル、タイム・スリップとあわせてタイム・リープという言葉が登場してくるのはいつごろなのだろうか。眉村卓、筒井康隆などこの時期のSFで同時多発的に使われているような印象があるが、その言葉の登場の経緯も気になる。

ほか、記憶とトラウマを青春時代・幼年時代の一コマとして描いた「悪夢の真相」、平行世界を精神だけが行き来する「果てしなき多元宇宙」も面白かった。特に「悪夢の真相」は内面世界の問題を、とけい塔、故郷の古びた橋などの立体的な風景の中で情緒的に描いていて映像的な表現で心に残る。

ということで、今更でも読んでみると非常に良い読書体験が得られたので未読の方や読んでから随分経って忘れてしまっている方にもおすすめしたい。筒井康隆作品は続いて「家族八景」を読んでいるところだが、「魔界転生」「伊賀忍法帖」なども懐かしいので山田風太郎にも手を出そうかなと思っているところ。