2014年4月に閣議決定された「第4次エネルギー基本計画」(2014)では、草稿段階からの紆余曲折の末、「ベースロード電源」という言葉が明記され、マスコミをはじめ世間の耳目を集めたことは記憶に新しいと思います。それから1年経って、このベースロード電源がまたにわかに議論の俎上に載っているようです。本稿では、この「ベースロード電源」が現在国内外でどのような文脈で語られ、今後21世紀の電力系統の設計と運用を考えて行く際に果たして本当にふさわしいかものか、について論考します。
結論を先取りすると、21世紀も10年少々過ぎた現時点で、世界各国、特に欧州諸国ではベースロード電源は既に消え去りつつある、と言うことができます。実は、ベースロード電源はもう世界では時代遅れになりつつあるのです。本稿では今回から数回に亘って、この「ベースロード電源」なる用語と概念が国内と国外でどれほど乖離したイメージで語られているかについて、具体的なエビデンスを提示しながら述べていくことにします。
本稿は、「環境ビジネスオンライン」2015年4月13日号に掲載されたコラム『ベースロード電源は21世紀にふさわしいか?(その1)』を若干の修正の上、転載したものです。原稿転載をご快諾頂いた環境ビジネスオンライン編集部に篤く御礼申し上げます。
そもそもベースロード電源とはなにか
まず、ベースロード (base load) の定義として、海外文献では以下のような定義文を見ることができます。
Base Load: The minimum amount of electric power delivered or required over a given period at a constant rate.
(筆者仮訳) 一定の比率で所与の期間を通じて供給される、あるいは必要とされる電力の最小の量
これは欧州電力事業者ネットワーク (ENTSO-E) や北米電力信頼度協議会 (NERC) といった欧米の送電会社の協議団体が発行する文書に見られる定義です(注1)(注2)。かなりシンプルで端的に書かれています。このベースロードを供給する電源が「ベースロード電源」であると言えます。
(注1)ENTSO-E: Definitions and Acronyms (2011)
(注2)NERC: Glossary of Terms Used in NERC Reliability Standards, Updated March 3, 2015
一方、日本では、「第4次エネルギー基本計画」にベースロード電源に関する記述が見られます(注)(注)。ここでは、ベースロード電源だけでなく、ミドル電源、ピーク電源を含め、下記のように位置づけられています。
発電(運転)コストが、低廉で、安定的に発電することができ、昼夜を問わず継続的に稼働できる電源となる「ベースロード電源」として、地熱、一般水力(流れ込み式)、原子力、石炭。
発電(運転)コストがベースロード電源の次に安価で、電力需要の動向に応じて、出力を機動的に調整できる電源となる「ミドル電源」として、天然ガスなど。
発電(運転)コストは高いが、電力需要の動向に応じて、出力を機動的に調整できる電源となる「ピーク電源」として、石油、揚水式水力など。
日本のエネルギー基本計画では「コストが、低廉で、安定的に」という文言が明記されていますが、海外文書の定義ではこの文言は見られず、単に「一定の比率」「最小の量」とだけ定義されている点に注目すべきです。この日本と海外の定義文の差は、後述するように、そのまま日本と海外におけるベースロード電源の位置づけの違いに反映されることになります。
図1に一般的な電力系統の一日の負荷曲線におけるベース・ミドル・ピーク電源の位置づけを図示します。このような図は電気関係の多くの教科書でもお馴染みであり、実際、筆者も大学の専門課程の授業で、電力工学の基礎としてこのような模式図を教えています。
図1 ベース・ミドル・ピーク電源のイメージ図
(筆者作成)
21世紀におけるベースロード電源の議論
前述のとおり、ベースロードという概念は電力系統を設計・運用するにあたっては電力工学の「基本中の基本」ですが、実はベースロードという概念は21世紀に入ってもはや「古典」と言うべきものになりつつあり、その意義や使命も徐々に変遷しつつあると言えます。
ベースロードという従来の電力系統運用上の概念に対して懐疑的な論文や記事は、海外文献では比較的容易に見つけることができます。例えば、ドイツのエネルギーコンサルタントAGORAの報告書(注)では2022年にドイツで予測される電力系統の運用について分析されていますが、ここでは「ベースロードはもはや消え去っている (“Base-Load” power plants disappear altogether)」と明言されています(図2参照)。
(注)AGORA: 12 Insights on Germany’s Energiewende (2013)
図2 ドイツの2022年の系統運用の予測
(出典)AGORA: 12 Insights on Germany’s Energiewende (2013)
図2は従来の「古典的な」日負荷曲線の模式図(図1)と比較して非常に興味深い特徴を持っています。なぜなら、図1に見るように従来の電源の「積上げ方」は下から順にベース・ミドル・ピークなっていますが、図2では (1) バイオマス、(2) 水力、(3) 陸上風力、(4) 洋上風力、(5) 太陽光、(6) 化石燃料という順になっており、構成もコンセプトも全く異なっているからです。ドイツでは現在、エネルギーヴェンデ(エネルギー転換)がエネルギー政策の第一に据えられていますが、この転換は単にエネルギー供給のみならず電力系統の設計や運用のあり方も転換する必要があるというメッセージとも捉えることができます。
このようなコンセプトは、他の報告書でも見ることができます。例えばグリーンピースの報告書(注)では図3のような将来の負荷曲線の概念図が説明されていますが、この図では、再生可能エネルギー(以下、再エネ)が大量に導入された場合は石炭火力や原子力を硬直的に一定出力することが難しくなり、ベースロードという概念に取って代わる柔軟な系統運用が必要であることが示唆されています。【次ページにつづく】
(注)Greenpeace: Energy [r]evolution – a sustainable world energy outlook, 4th edition (2012)