インパール=貫洞欣寛
2015年5月30日08時22分
第2次世界大戦末期の1944年、日本軍が攻略を目指し、多数の戦死者を出して敗退したインド北東部インパールで29日、戦没者を追悼する慰霊祭が開かれた。日本側の慰霊碑前で開かれた式にオーストラリアの駐印大使が参加し、28日には八木毅大使が英連邦軍墓地で献花。かつての激戦地は戦後70年を経て和解の場となった。
29日の慰霊祭は、インパール近郊ロトパチンの通称レッドヒル(日本軍呼称2926高地)で行われた。71年前のこの日、日本軍が撤退し、レッドヒルでの局地戦が終わった。インパール作戦の研究を続ける地元の青年グループや州政府などが共催した。
94年に日本政府が建立した「インド平和祈念碑」のある公園で、地元マニプール州のシン州首相、八木大使、豪州のサクリング大使が戦闘の概要を説明し、日英両語で「彼らの犠牲は永遠に記憶に刻まれる」と書かれた新たな石碑をテープカット。その後、平和祈念碑に献花した。
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