『タイム・アフター・タイムなんて』(第10回目)2-4
『実は急に叔父さんから連絡があって、長野の会員制コテージに叔父さんの代わりに1ヶ月間泊まらないかと声を掛けられてね』
『1ヵ月間も長野に・・・』
留美からのその後の言葉を待ち受けたが、暫くの間沈黙だけが続いた。僕はいよいよ演技を始めた。今回もそう長く続くことではないと言う自分勝手なエクスキューズを頼りに、僕は留美に話をし始めた。
『実は僕はどうやら若年性健忘症を患ってしまったらしい』
それまで前を向いたままで話していた留美が、その言葉を聞いた途端僕の方に向き直ったのがはっきりと分かった。
『彰彦さんが、若年性健忘症・・・?』
『もう何度も通院して医者にも診てもらったけど、間違いなさそうで・・・』
『私、よく病気のことをよく知らないので気に障ったらごめんなさいね。彰彦さんに具体的にどんな症状がでているの?』
僕は両親、ゼミ担当の教授、そして留美に対して、演技をすることに麻痺していたかもしれなかった。良心の呵責がどんどん薄れていくような気がしていた。僕はさっきゼミの教授に話した内容をそのまま留美に伝えた。
『具体的には、何と言うか集中することが出来ないし、大切な事柄もさっきのことをすぐに忘れてしまう。それに過去のことが上手く思い出せさない』
留美は僕の方を向いたまま、問い掛けを続けた。
『過去のことが上手く思い出せないって、全て忘れてしまったの?』
『いや、そんなことはない。部分的に思い出せない事があるということだよ』
『どうして、急にそんな病気になったのかしら?それよりどうすれば病気は治るの?お医者様は何ておっしゃっているの?』
留美からの矢継ぎ早の問い掛けが僕に投げ掛けられてきた。
『原因としては頭部を強打すると言った以外だと強いストレスにさらされたりや長期間外部との接触を断ち、頭を使わなかったりした場合に起こるらしい。それでも僕の場合、はきりと特定できていない』
『治療方法は?』
『家の中に閉じこまらないで積極的に外出して様々な刺激に接することやとにかく他人と会話する機会を増やすようにと、医者からは言われている』
さっきまで僕の方に向き直って必死な形相で話ししていた留美は、いつの間にか真正面に向き直り少し先の廊下を見つめていた。
『本当にそんな事をするだけで完治するのかしら?』
『それは僕にも分からないけど、取り敢えず医者の言う通りにするしかないと思っている。差し当たって日常生活に大きな支障がある訳ではないし、ストレスが原因だったら何かの切っ掛けで好転することがあるということなので気長に構えてやっていくよ』
『そうね、そうするしかなさそうね』
ようやく留美は自分の思惑とは掛け離れた僕の現状を受け入れてくれたようだだった。僕の中で留美をこんなに心配させていることに、だんだん後ろめたさが増幅して来ていた。何とか今日のところはこのまま話を終わらせようと考えたが、留美の話は違う話題に展開し始めた。
『そんな状況だと、先のことなど考えられないわよね』
『先の話?』
『そう、彰彦さんはこの春就職活動をしなかったみたいだけど・・・』
僕の話から留美の話に切り替えようと、僕は彼女にこちらから幾つかの問い掛けを投げ掛けた。