フランスの労働市場が陥りがちな硬直性を表す法律に、悪名高い「トラントサンク」(週35時間労働制)を定める法律以上に象徴的なものはない。
この法律は、フランスの一部のトップ大学で教育を受けた者だけがうまくやっていける、「労働塊の誤謬」(世の中における仕事はある決まった一定量しかないという考え方)を冷静に無視したジョスパン政権が1990年代後半に導入し、労働者1人あたりの労働時間を減らすことで失業率の減少を目指した。1人当たりの労働時間が減ることで、労働市場に出回る仕事の数が増えるという考えだった。
結果はもちろん、立案者の意図するようなものでは全くなかった。この法ができてから労働時間は低下したが、フランスは、失業率はそうでもなかったものの、1年間の総生産ではフィンランドを除く欧州連合(EU)のどの国よりも低かった。
週35時間労働制の真の影響は雇用主の行動に表れ、それまでも渋っていたフルタイムでの雇用にさらに後ろ向きになった。実際これは、フランスの労働者の高い生産性の背景にある要因の一つだ。企業は、新たに人員を雇い入れるより、むしろ労力を節約するプロセスに投資したがるだろう。
この法律が再びスポットライトを浴びたのは、フランス電力公社(EDF)の労働争議で浮き彫りになった、別の意図せぬ結果のためだ。法改正の際にEDFの職員が週39.5時間働いていたことから、同社のホワイトカラーは、従来の年間27日の休暇に加えて23日間の休暇が与えられた。
EDFが市場競争の厳しさから隔離されているうちは問題は何もなかった。実際、より強く保護されている分野では社会的義務を押しやるのはよくあることだ。何年もの間、英国の電力消費者は、採算のとれない深い炭坑に対して補助金を払っていた。伊フィアットは、生産コストが一定に保たれるようにイタリア政府が定期的にリラの切り下げを行う限りは、製造拠点をイタリアに残せるように備えていた。
しかし、EUはそうした各国の砦(とりで)を着実にはがし続けてきた。フランスの電力市場は2007年以来ゆっくりと競争を受け入れてきた。現状の進展がカタツムリのようにゆっくりとしたものであっても、長い休暇はあまりにも負担が大きく、EDFはもはや容易に負担することはできない。
もちろん、同社が休暇について再交渉を行う目的は、人員を増やすことではなく、既に同社で働く12万9000人からより余剰労務を絞り出すことだ。政治家が雇用の成長を妨げる規制一式を総体的に見直す必要があるのはそのためだ。管理職が雇用をためらう理由は週35時間労働制だけではない。解雇の難しさも理由の一つだ。高い社会的費用やフランスの最低賃金の上昇が追い打ちをかける。1980年には、同国の最低賃金は米国よりも低かった。しかし、経済協力開発機構(OECD)によると現在は米国の2倍近くだという。
■硬直した労働システムの象徴
週35時間労働制を採用する理由は象徴的でもあり実際的でもある。この制度の廃止には、雇用主の負担を取り除く以上の効果がある。構造改革を妨げる合言葉が吹き飛ぶのだ。この法律は、フランスの硬直した労働システムにおいて、一種の信仰のような立場にある。この制度に反対して撤廃を約束したサルコジ前大統領でさえ、2007年に大統領に就任したとき、この制度を廃止することができなかった。
2つ目の理由は、改正には断固とした態度が必要になることだ。必要に迫られ、これまでの政府は労働法を柔軟にしようと試みてきた。その取り組みは政党間の駆け引きに敗れてきた。週35時間労働制の問題点を明らかにするためにサルコジ政権が導入した税法の微調整は、後継の政権ですぐにつぶされた。そうしたごまかしで雇用を刺激することはできない。実際、既に低成長と国の財政の暗い見通しに圧迫されているビジネス界では、疑念が増した。
バルス首相とマクロン経済産業デジタル相は、労働市場の改革を約束した。その出発点として週35時間労働制は最適だ。
(2015年5月29日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
(c) The Financial Times Limited 2015. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
人気記事をまとめてチェック >>設定はこちら
世界を目指す、全てのビジネスパーソンに。 ビジネス英語をレベルごとに学べるオンライン学習プログラム。日経新聞と英FT紙の最新の記事を教材に活用、時事英語もバランス良く学べます。
フランスの労働市場が陥りがちな硬直性を表す法律に、悪名高い「トラントサンク」(週35時間労働制)を定める法律以上に象徴的なものはない。
この法律は、フランスの一部のトップ大学で教育を受けた者だけがう…続き (5/29)
2001年、不動産業者のラリー・シルバースタイン氏はニューヨークにあるツインタワーの賃借権を購入した。だがその数カ月後、その32億ドルの投資はアルカイダによる9.11同時テロで瓦礫(がれき)と化した…続き (5/29)
ハイテク起業家は常に、空に手を伸ばすように大志を抱くことを奨励されてきた。今、2つの新しいアーリーステージの投資ファンドが空飛ぶロボットで空中を埋め尽くすことを目指している。…続き (5/29)