東邦ガス環境写真展
2015年6月17日〜23日
ラシック
暮らし<コウちゃんのクラス 特別支援教育を考える> (下)熱意
コウちゃんこと、松本康汰君(11)=愛知県刈谷市=は二〇〇四年一月、双子の兄弟の弟として生まれた。兄の健汰君に障害はなかったが、コウちゃんは脳性まひだった。 「康汰は風邪をひいても頭が痛いとか言うことができないし、症状の出方が普通の子とは違うんです」と祖母一代さん(65)。急に動きがバタッと止まって息遣いがおかしくなる。熱性けいれんじゃないかと病院に連れていったら、即座に入院ということが何度もあった。 就学に際して困ったのは、特別支援学校が市内にないこと。隣の同県半田市にある「ひいらぎ特別支援学校」までは車で片道一時間半かかる。コウちゃんが五歳になったころから、父の建一さん(40)は地元の小学校での受け入れを求めて、刈谷市教育委員会に相談。市は予算が必要なことや、専門性のある教員がいないことなどを理由に、受け入れには消極的だった。 だが、〇七年の学校教育法改正に伴う特別支援教育推進の流れと、建一さんの熱意が行政を動かした。市教委はコウちゃんの入学前、富士松東小学校の駐車場から車いすで移動できるバリアフリー構造に改築。入学後にクーラーを教室に取り付けた。 当時、愛知県では肢体不自由学級は「児童二人以上」が開設要件で、「ひとり学級」は特例扱い。コウちゃんが入学した年は十五校だけだった。人数の要件がなくなった本年度は六十二校に増えた。担当教員の研修にも県教委が力を入れるようになった。 さらに、肢体不自由児を対象にした市立特別支援学校が一八年度に開校することになり、中学の特別支援学級を経て高等部進学のめどが立った。児童が障害のあるコウちゃんと交流し、教育関係者もその意義を実感できたことで、地域の特別支援教育・福祉の充実につながってきた。 「多くの方々の理解と協力に感謝しています」と建一さん。二十七日にあった交流学習に参加した健汰君は「コウちゃんはちゃんと首を上げて歌を聞いていて、頑張ってるんだと思った。みんながコウちゃんを見ているのはちょっと照れくさいけど」と温かい目で見守る。 心身障害児の福祉・教育問題に詳しい同県豊田市こども発達センターの三浦清邦センター長は「特別支援学級と特別支援学校の連携によって、児童のコミュニケーションの可能性を広げることができ、周りの子どもの障害者理解も進んだ。こうした取り組みが広がってほしい」と評価する。 ただ、同じ肢体不自由児でも、たんの吸引や人工呼吸など医療的ケアを必要とする子の受け入れ態勢は十分ではないという。看護師の配置がなければ地域の小中学校の特別支援学級で学ぶのは難しく、地域によっては特別支援学校に配置される看護師も不足しており、家族に付き添いを求めるケースもある。 「すべての子どもたちが、個々に応じた教育を受けられ、日ごろ頑張っている家族の負担も軽減する仕組みをつくっていく必要がある」と課題を指摘する。 (編集委員・安藤明夫) PR情報
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