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見捨てられた火山島 検証「口永良部噴火」

qBiz 西日本新聞経済電子版 5月29日(金)10時47分配信

=8月の噴火後を検証 2014年12月9日付・西日本新聞朝刊=

 黄土色の山肌に転がる無数の岩と、山頂から絶えず上がる噴煙が、約3キロ離れた本村港からくっきり見える。「緑の火山島」と防波堤の案内板がうたう鹿児島県屋久島町の口永良部島(くちのえらぶじま)。一面に木々が生い茂っていたという新岳を今、想像するのは難しい。

口永良部島で爆発的噴火(動画付き)

 「海岸線までずーっと木が枯れとるでしょうが。火砕サージ(火山ガスや灰がまじった火砕流の一種)が通った跡よ。元に戻るのに数十年かかる」。島でただ一人の町職員、川東久志さん(54)がつぶやいた。

 8月3日午後0時半前、島の真ん中にある新岳が34年ぶりに噴火した。現在も噴火警戒レベル3(入山規制)。火口から半径2キロは立ち入り禁止のまま。気象庁が24時間監視する全国47火山のうち、警戒レベル3が出されているのは他に、9月27日の噴火で戦後最悪の被害が出た御嶽山(おんたけさん)=長野、岐阜県=と、年に千回以上噴火する桜島(鹿児島県)だけだ。

 屋久島から北西に約12キロ。136人(11月末現在)しかいない島で、火山は最大の観光資源だった。「一歩違えば、ここは御嶽山より先に全国に注目されたかもしれなかったんですよ」。民宿を営む貴船森さん(42)はこう話す。

 規制が一切ない警戒レベル1(平常)から突然、噴石を伴う噴火があったのは日曜日。土曜日の正午前に噴いた御嶽山とほぼ同じ状況だ。死者57人行方不明者6人の御嶽山に対し、口永良部島は負傷者ゼロ。その背景には、台風の接近で島へのフェリーが欠航し、新岳に登る予定だった観光客が来なかったという偶然があった。

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 「本当なら、あの時間は山頂で昼ご飯を食べていたはずです」。鹿児島県屋久島町口永良部島(くちのえらぶじま)。噴火当日、東京の高校生12人と新岳に登る予定だった民宿経営の貴船森さんは、フェリーが来なかったことで九死に一生を得た。

 8月3日午後0時24分。新岳火口から約2・2キロの集落にある民宿の庭にいた。バリバリバリバリ−。山を見ると空に上がった煙が斜面を駆け下りてきた。

 「あっ火砕流!」。宿には地域活性化を研究中の大学生グループが滞在中だった。「おまえらすぐ出てこい」。軽ワゴン車に家族や学生10人がぎゅうぎゅう詰めで坂を下った。バックミラーに灰色の煙が迫る。途中、走って逃げる数人を見かけたが、車に乗せる余裕はなかった。煙は坂をまっすぐ下っていった。「煙に巻かれた人は亡くなったと思っていましたよ」

 島には警察官も消防士も医師もいない。住民を守るのは貴船さんも所属する消防団だけだ。

 火口から約1・5キロ地点では、噴火予測に使う地震観測機の設置工事中だった。死亡したと思っていた作業員から電話が鳴った。「助けてくれ」。山に向かうと、灰まみれの5人がいた。前後の区別もつかず目だけが真っ赤。視界がなくなり、横一列で手をつなぎ一歩ずつ逃げてきたという。「おれ、生きていますよね」。作業員はうつろな表情で何度も繰り返した。

 工事現場の数百メートル先には、数十センチ大の噴石がいくつも転がっていた。

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 11月15日。島には福岡管区気象台の職員2人の姿があった。火山ガスの放出量などを計測するため、チャーターした漁船で山の風下側を何度も往復する。「こうして地道にやるしかないんです」と職員は話した。

 気象台が火口付近に設置していた観測機は、噴火でほぼ全滅。安全上の理由から代替機を設置できず、観測は月に1度の麓からの調査に頼る。気象台も噴火の前兆現象を把握するのは困難と認める。

 噴火から4カ月がたつ今も、島は非常事態にある。コンクリート製造工場が立ち入り禁止区域に入り、島の経済を担う公共工事も観光客も止まったまま。小中学校では教員の車を校舎脇に止め、すぐに子どもを避難させられる態勢を取る。11月14日に実施した噴火後初の避難訓練では、避難場所を従来より新岳から遠くに変更した。

 「火山観測の態勢を見直す」「災害に強いまちづくり」。衆院選の各政党の公約には力強い言葉が並ぶ。安倍晋三首相は公示前、長野県北部地震の被災地を訪れた。だが、新岳噴火後、島を視察した国会議員はゼロ。有権者が100人ほどの島には選挙中に候補者が来る予定もない。「見捨てられとるんよ」と港のそばに住む松本章さん(70)。

 火山噴火予知連絡会は11月末、火山の観測強化を求める提言を出した。国も対策に乗り出したが、動きはあくまで御嶽山(おんたけさん)の災害を受けたものだ。「犠牲者が出んと国は動かん。口永良部で噴いたことを政治家は知っとるんやろうか」。島民の視線は冷めている。

西日本新聞社

最終更新:5月29日(金)12時4分

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