何も悪い事をしていないのに、下唇に巨大な穴が開いた
鏡で確認すると、その穴は、まるで僕をシニカルな目つきで見下すようである。
「どんな気分? じわじわと広がる痛みを背負って生きるのはどんな感じ?」
腐肉のようにも見えるそれは、僕に朝から晩まで精神攻撃を仕掛けてくる。
僕が何をしたって言うんだよ。
社会もそうだが、口内炎ってのはあまりにも理不尽じゃないか。
そもそも、そのような巨大な穴が突然出現した事によって、一体何がどうなる。
誰も得しないのに、突如現れるってのは、明らかに人体を取り巻くこの世界が異常って事に他ならないと思う。
口内炎の、なんとも言い難い違和感は、僕の心奥にある悩みの扉すら開ける。
今まで忘れ去っていたコンプレックスやトラウマが勢い良く飛び出す。
一つのねちっこい痛みは、数百の不快な思い出を蘇らせるのだ。
一体何が目的なの?
内部から人を破壊して面白いのか、と不思議でしょうがない
これならまだ、街中に出没したメスブタの群れに体当たりされ、踏みつぶされ、昇天する方がマシだ。
やられている理由の分からない攻撃ほど、心に悪いものはない。
原因を特定できない、これ程のストレスは他にないと思う。
不健康な生活だとか、心身の疲労によって出来ると、口内炎の説明書には書いてあった。
それはその通りなんだろうけれど、僕は毎日8時間寝ているし、心も整えているし、野菜たっぷりの食事を心掛けている。
誠心誠意込めて肉体に感謝して生きているつもりだ。
こちらは強い意志を持ってそれだけの力を注ぎ込んでいるのに、期待を裏切るように口内炎が出来るって事は、人体のミスであるとしか思えない。
免疫力のバグ、はたまたこの世界に目に見えない有毒がガスが浮遊している、と言う事になるだろう。
僕以外の何者かが、間違いなく責任放棄をしている。
そうでなければ、出来うる限りの努力をしているのに口内炎が出来るなんてありえないからだ。
もちろん、『ライフスタイルプランナー』みたいな人間を高額な報酬を出して雇っている訳ではないから、僕の生活が100点満点の健康レベルかは判別不能。
しかし、もうすぐ28歳にもなる僕は、今まで大量の書籍や、テレビ番組などによって、強健な身体にする為の情報収集をしてきたつもりだ。
何本のマーカーを使い果たしたか分からない。
頭の中に、どれだけ健康について考える為のネットワークが形成されたか分からない。
神にも誇れるような、清きパワーを解き放って生きているのに、なぜこんな事になってしまったのだろう。
これでは、迂闊にガムも噛めない。
巨大な穴に、磨き上げられた純白の八重歯が着陸したら、血が爆発するように飛び散ってしまうからだ。
武力を持たない単なる善的な一般人に、内側から圧力を掛けるってありえない事だと思うな。
金もないのに女子大生とファミレスに行ってたらふく食べてから、「ちょっとごめんね。お腹痛いから」と言って、トイレに行くフリをして帰るような卑劣さだよ。
オタクの眼鏡を叩き割って、おっさんの残り少ない髪を引き千切って、財布から札束だけ奪うような、弱者狩りのような所業。
自分を綺麗に保ちたいって、一心で頑張って生きてきたのにがっかりだ。
ここ数日むずむずする事が多かったなと思っていた。口内炎がアスファルトに咲くたんぽぽのように、唇を突き破って出てこようとしていたからか……。
アポなし営業かつ押し売り。
いらないって何度も言っているのに、痛みを置いて帰りやがって。
今までビタミンC・E、亜鉛のサプリメントを飲んだりと、身体にいくら投資してきたと思っているんだ。
優しさを与えたら、嫌がらせを返されるとは、心臓に悪いドッキリである。
まるで、誰も脱いでくれないエロゲみたいなもんだ。
人が数千円出して買って、PCにインストールして、文章を速読しながらカチャカチャとクリックして、目指すべき画像を探していたのに、何ヶ月試しても出てこないような感じ。
それが口内炎なんだよ。
どんな場所でも一緒にいなくちゃいけない、と言うのも苦痛の種だ
焼き肉を食べているときも、風呂に入っているときも、痛みは休む事なく続く。
たまに舌を入れてちろちろと舐めると、痛みが回避出来た気もするんだけれど、数秒後にはチクリとする。
800円ぐらい出して買った、口内炎削除クリームを塗っても、なんだか口の中がネチャネチャして、喉が渇きやすくなるだけで効果はあまりない。
口内炎経験の激しい変なおじさんにアドバイスを求めると、
「きゅうりでも食っておけや。数日気にしないようにしてりゃ、綺麗さっぱりよ」
ガムを食っているようにクチャクチャ音を立てながら教えてくれる。
けれど、僕が求めているのは今の無痛なんだよ。
口内炎のない未来ではなくて、口内炎のない今だって事を分かっちゃいない。
だから、なんでも分かっちゃってます系の経験者は嫌いだ。
そもそも、〝今は口内炎がない人〟と〝今、口内炎がある人〟とでは雲泥の差がある。
誰か忘れたけれど、エッセイストだったかが、
『プロとして活躍していない物書きほど、あたかも自分が売れっ子作家のように講釈を垂れる。出来損ないに取っては、そうしたもっともらしい事を語るのが気持ち良いんだ。悦楽に浸れる。常にヤジを飛ばすのは外野であり、プレイヤーはやるべき事に集中している』
と何かの雑誌で語っていた。
これと同じように、現時点で口内炎を所有していない人間が、どれだけ熱く演説を繰り広げたところで意味がない。
過去形でものを語る奴に治せるものなんて、この世にないんだ。
現在進行形の苦痛を味わっている僕の心を癒やせる人物なんて、この世に存在しない。
ここ最近、ツイッターなんかで、底意地の悪い文章を書いているんだけれど、これも全て口内炎のせいだ。
ゆっくりと着実に、僕を不快にし続ける口内炎に操られているような感じである。
人間は一日の中で、無意識なものも合わせれば相当な行動をする生き物だ。
その際、他者と関わるものに関しては、その時々に応じて感情を使い分けなければならない。
しかし、口内炎が出来てからというものの、行動に対して適切な感情配分が出来なくなっている。
その為、発狂するように顔面を崩壊させながら、敵意むき出しの言葉を吐き出してしまう。
善と悪を分け隔てる為の心的BOXが破壊され、混ざり合ってどす黒くなってしまったような、心的感覚がずっと続いている。
僕の中に存する種々雑多な感情が、軋轢を起こしているからなのか、頭痛や吐き気目眩がしてしまう。
精神科の門を開けるぐらいに、心が不調だったのも、口内炎が関わっているのではないかと思えてきた。
次通う時は、きちんとその辺を精神科医に相談するべきなのかもしれない。
人間は弱い生き物であり、たった一つの変化で人生が、瞬時に模様替えされてしまう事もあるのだ。
たかが一人の女子にフラれただけで、亡霊が騒ぐ樹海の奥深くへ足を運んでしまうのもその為である。
口内炎ひとつで、人はあの世に行く
小学生の頃、弟と材木を使った戦闘行為を行っていたら、
「いい加減にしろ。たかがゲームのデータが消えた事ぐらいで、命を懸けたケンカをするな‼」
胸ぐらを掴まれて風呂場に連行され、湯船に後頭部から叩きつけられた事がある。
あまりにも不合理な事だと思って、僕の体温は一気に低下した。
なぜなら、人がウキウキしながら『魔界村』って言うゲームをやっていたのに、でんぐり返しをした弟のせいでビィー、と不快な音を立てて動かなくなったのが根源なのに、僕だけが叱りつけられたからだ。
今の時代のゲームと違って、あの頃はリセットボタンが押ささったり、バグらさったりしたら、一からやり直さなくてはいけなかった。
それはつまり、人がそこへ傾けた精魂を全て台無しにされてしまうに等しい事だ。
幼い頃の貴重な時間を投資して、換言すればいくらかの寿命を千切って魔界村の世界に与えていた。
失われた時間を取り戻したくて、僕は狂乱したんだ。
廊下にあった、乱雑に置かれる材木を掴んで、
「お前だけは許さない」
怒りに震えながら決闘を申し込んだ。
そして、お互いに血だらけになりながら材木で殴り合っていたら、
「ふざけるなっ‼」
筋肉隆々の父親が、血管を浮かび上がらせて参戦したのだ。
どうして、このような話をしたかと言うと、たとえ何百万人の人間がくだらないと思う事であっても、本人からすれば、何にも代えがたいものがあるって事を伝えたかった。
たった一つの、それも向こうの景色が見えるぐらいに薄っぺらいものだったとしても、それを所有する人間を形作る大切な宝物かもしれないのだ。
であるから逆に、口内炎のたった一つを持って人生が終わってしまうような事もありえる。
これは何も極端な話ではない。
現にネトゲのアカウントをBANされて、ハラキリしたプレイヤーが少なくとも数人は過去にいる。
小さいものに、瞬殺されるかもしれない。
それが心の弱者・人間なのだ。
口内炎は、一歩間違えれば凶悪犯罪に繋がる
重苦しく吸い付くような痛みに長時間やられていれば、正常な判断能力だって失うものだ。
もはやスピリタスを鼻から注入されて、ふらふらになっているような酩酊状態に近い。
そんな状況で、僕は真人間を貫けるだろうか?
いつも通り、見知らぬ他人ににっこりと微笑んで挨拶出来るだろうか?
きっと、口だけで何も出来やしない暇なニートのように、ボソボソと不満を口にするだけだ。
もしかしたら、自分の情けなさと、ずっと続く不快感に耐えかねて暴走行為を働いてしまうかもしれない。
口内炎に少しずつ精神的なヒットポイントを減らされてしまうと、気分も落ち込む。
そうなれば、「あの時ああしていれば……」「なんだろうこの人生……」と悲観的な考えのアクセルを全開に踏んでしまい、心的な大事故を引き起こしてしまうだろう。
もう全てが嫌になり、口内炎のある唇を引き千切って食べてしまうかもしれない。
この自己主張の激しい口内炎を、かすかに音色を奏でているようにすら思える口内炎を、きっと僕は自己犠牲など顧みる事なしに砕いてしまうだろう。
顔にも酷い傷が残り、今まで以上の痛みが僕を襲うはずだ。
スパッ、と斬られた垂れ幕のように血液が一気に落下して、「あぁ、ぁぁ、ぁあ……」と青ざめながら悲鳴を上げるしかない。
病院に直行して、お医者さんに診察して貰って、
「まさか、治療費って掛かるんですか?」
「当たり前でしょう。あなた自身が作ったケガなんですから」
「……はぁ……」
ポケットマネーを取り出さなくてはいけない。
僕を苦しめてきた口内炎のせいなのに、どうして更にお金まで出さなくちゃならないのか。
きっと、何万時間経過しても答えが分からないような、闇の悩み時間がスタートするだろう。
本業も捨てて、北海道の田舎にある森の中でずっと体育座りをして暮らす事になるかもしれない。
肉親とも疎遠になり、いつしか口内炎の痛みを懐かしみ、「あの頃はまだ良かった……」と人知れず泣くだろう。
口内炎が僕から全てを奪い取って、消え去るのだ。
もうどこにこの怒りをぶちまければ良いかも分からない。
木々によって光は遮られ、昆虫たちの活動によって安心して横になる事も出来ず、血も涙もない野生動物の叫びによって心臓は跳ね上がるだろう。
なんでこんな嫌な想いをしなくちゃならない。
これでも精神統一を心掛けていたし、全世界に感謝する優しい気持ちの日々を過ごそうと思っていた。
それがなんで、こんな責め苦を味わうハメになっているんだよ。
じっと何もしないで生きている事すら、無理なんじゃないかと思えてくる。
僕はこの先、生きていけるのだろうか?
ずっと昔を生きていた偉大な思想家たちも、口内炎が出来ると、やはり死の瀬戸際に立たされたのだろうか。
悩みに悩んだ結果、ちんまいな生きる希望を得て、真っ暗な未来に覗き穴程度の光が現れたりしたのだろうか。
優秀な人々であれば、口内炎に打ち勝って、心を壊さずに生き続けられるのかもしれないが、僕には厳しい話なんじゃないかと思ってしまう。
時計回りにねじられているような痛みが続くと、まるで酸素欠乏状態のようになり、過呼吸のようなものがはじまる。
その場でうずくまって、スーっースーっと、細い息を吐いては吸ってを繰り返して、なんとか整える。
これだけ、口内炎に遊ばれている人生の中に、どうしたら生きる希望を見出せるのだろう。
ヘミングウェイは、「盗聴器だ‼ 盗聴器だ‼」とはしゃぐ妄想性の病気を抱えていたらしいが、それに近いのかな。
口内炎が痛くて、傷口に意識を集中しているのか、それとも精神に異常があるから、傷口に執着してしまうのか、全く分からない。
虚空に古代文字を描くように、手を振って暴れて痛みを忘れるだけの毎日だ。
口内炎が、僕を完膚なきまでに毒するとは予想もつかなかった
もう二度と笑顔を作る事も出来ないのかな。
涙がぽたぽたと落ちると、口内炎の傷口に吸い込まれて行き、口の中で火薬爆発でも起きたような痛みが走り出す。
こんな痛い思いをするなら、悲しい気持ちになって落涙するのも禁止だ、と自分に言い聞かせてしまう。
きっと、喜怒哀楽の全てが、近い将来消えてなくなる。
変なおじさんが教えてくれたように、時間が経過すれば口内炎はなくなるのかもしれない。
しかし、僕の脳髄と精神に焼き付いた、陰湿な痛みは、長期記憶として死ぬまで居座る事になるだろう。
世の中には取り返しのつかない事だってある。
一度、猛悪な口内炎が出来てしまえば全て終わりなのだ。
もう二度と立ち上がる事が出来なくなる。
こうやって、空元気を出してブログ記事を書けるのも、今だけだろうな。
なんだか、指先に口内炎があるような気さえしてくる。
全身に口内炎が転移して、僕はまともにキーボードを押すことも出来なくなるんじゃないだろうか。
終わりだ。終了だ、滅亡だ。
優しい色の空から降ってきた、厳しい雨の味に驚いていたような、純粋に人生を楽しんでいた僕はもう戻ってこないんだろうな。
青かった空が、ペンキを塗られたように灰色になって行く日のように、僕の人生も鮮やかさを失って行く。
幼かったあの日、風呂の中で人生が停止していたら、どんなに幸せだっただろう。
雄弁に鈍痛を物語るような口内炎の存在を、知らずに生きられたらどんなに笑えただろう。
そうやって、今この時点でどうにもならない事を口にしたって仕方ないのは分かっている。
けれど、こうでもしていなければ口内炎の痛みを忘れられないんだ。
もう耐えられない……。
これが口内炎か。
終わりだ。
辛い。
♬
- 作者: アンディライリー,Andy Riley
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貧乏で経験の浅い美少女でなければ、こちらの心は震えないね。富豪の娘であったり、あらゆる経験を積んで頼りがいがあったりする場合は、もはや心はおばさんだ。「ぁ……ぇっ、うん……」とオドオドしてなくては、真の美少女とは言えない。美少女は孤独でなければならない。
— ピピピピピ@親の遺産で暮らそうと思う。 (@pipipipipiwarau) 2015, 5月 28
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