大幅に修正というか書き直しをしたので、新しいツリーで書きました。 読者が置いて行かれてないか、魅力的な冒頭かどうかご指導お願いします。
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俺は誘拐の現場に直面していた。 零時を過ぎた頃だろうか。辺りは完全な暗闇で人っ子一人いやしない。かろうじて表通りの街灯が裏路地に流れ込んでその姿を映し出している。長駆の男が昼間に助けてもらった銀髪の少女……ユスティを肩に背負って闇に消えようとしていた。 どうするか、助けるか否か。 男の体躯は長身でがっしりとしている。力仕事をしていそうな無駄のない筋肉の付き方をしていた。正直、正面から太刀打ちしたら勝てそうにない。 だが男はこちらに気づいておらず横顔には笑みが浮かんでいた。完全に油断しきっている。仕事はもう終わったという満ち足りた顔つきだ。 戦って勝てなければ戦わなければいい。高い金を出して買った幻惑のリングが役に立つ時が来た。 確かこのリングに嵌っている宝石を相手の目に向けて魔力を流しこんでやれば、幻惑の魔法が放たれ相手は激しい目眩や幻覚に襲われて立っていられなくなるというシロモノだ。 そうやってふらついた男を蹴り倒して、少女をさらって宿屋に帰れば何の問題もなく助けられる。 だがそれ以上に数時間前ユスティの口から出た台詞が頭から離れずにいた。 「私、記憶喪失みたいなんです。」 間違いなく面倒事に首を突っ込む。あの男がユスティを知っていて、全て分かっていて攫っているようにしか思えなかった。 そうでなくとも、昼間の連中の仲間でユスティを攫って一泡吹かせてやろうと考えてるかもしれない。ここで彼女を助けるといろんな方面に角が立つように思えてならなかった。 もちろんただ呑気に裏路地に入り込んだユスティを攫って奴隷商人でも売り飛ばそうっていう腹なのかもしれない。顔も体も合格点だから高く売れるだろうなぁとか場違いなことを思った。 そうこうしているうちに、男は少女を背負ってズンズンと裏路地の奥へ奥へ消えていく。 面倒はごめんだ。ただ、ここでユスティが攫われるのをみすみす見逃せば彼女は間違いなくロクな目に合わないことだけは理解できた。 そして何よりも、昼間に命を懸けて助けてもらったっつーのにここで彼女をほうって置くと言うのは妹に顔向け出来ない。 覚悟は決まった。裏路地に消えていった長駆の男を追いかける。 足音を立てないように。だが迅速に。そして呑気に口笛を吹いている男の後ろに追いついた。 「おい」 男が振り向く。無防備に晒された男の眼球へ向けて右手の指輪から紫色の光が放たれる。 魔法が掛かった。おそらく激しい目眩やら幻覚やらに襲われている男の膝を蹴りバランスを崩させる。簡単にバランスを崩し少女が肩から落ちる。 少女のしなやかな体をおぶると、そこから一目散に大通りを目指した。 待ちやがれ、とか後ろから聞こえたが数分は歪む視界に振り回され続けるだろう。そう考えると少し口元が緩んだ。 それから何事も無く宿屋の自室へ帰ってきた。もちろんユスティを連れて。今はベッドで眠っている。 華奢な体の割にやけに重いとおもったら大剣を背負っていたからか。とりあえずベッドの隣に立てかけておいた。 表通りに連れて行ったらユスティを起こしてはいさよなら、というのも出来たがそれではあまりにも無責任すぎると感じてここまで連れてきてしまった。 寝かされたユスティは俺の葛藤をよそに、すうすうと静かに寝息を立てている。危うく人生を棒に振る所だったのに呑気なものだ。 改めてユスティのことをよく観察してみる。 白を基調としてブルーのラインが入った可愛らしい衣装、確かこれは商人仲間のフェッターが昼間に助けてもらった礼にと買って渡したやつだ。 彼女の清楚な雰囲気がよく強調されて似合っている。が、ミニスカートや胸元が少しだけ開いたデザインにフェッターの下心が少し透けて見えるような気がしないでもないが…… そのせいで否が応でも太ももやら豊満な胸やらに目が行ってしまう。フェッターに感謝しておかなきゃな…… よくみれば、首に赤い宝石があしらわれたペンダントをかけている。彼女の赤い瞳と合わせてこれもよく似合っていたがこれもフェッターが買ってあげたのだろうか? しかし、こうじっくりと女性の体を見たことがないからなにか悪いことをしているような気分になって、良心がちくちくと傷んだ。 ただ、それでも彼女の体……特に顔からは目を離す事ができなかった。ふっくらとした唇に、今は閉じられている瞼の奥にある赤色の眼。腰まで伸びた真珠のように神秘的で艶やかな銀髪。 上質の芸術品を見ているようで、心が満ち足りていくのを感じた。 そんな中ピクリと彼女の体がみじろいだ。俺は心臓が跳ね上がるのを感じた、やばいやばいやばい! うっすらと彼女の瞳が開かれる、俺はその間に彼女から距離をとってベッドの横にあった椅子に座って平静を装っていた。 「あれ、ここは……?」 「よ、よう気づいたみたいだな」 声震えてるぞ俺。 「あなたは……アーネストさん? えっ?」 ユスティは辺りを見渡しながら驚いていた。状況の把握に精一杯なんだろう。 「危ないところだったんだぞ、君はさっき――」 白い残像が見えた。気づけば俺はユスティに鞘に入った大剣を突きつけられていた。 「あんな人を雇って私に酷いことをするつもりだったんですね!? 許せません!」 言いつつユスティは剣を振り上げる。慌てて弁明しようとして口が動いた。 「待ってくれ話を聞いてくれ!君が連れ去られようとしたところを助けて宿屋に運んだだけなんだ!」 そよ風が吹いた。剣を振りかぶったユスティが俺の頭をかちわるか否かの寸前のところで止まる。 命拾いをした。心からそう思った。
「ごめんなさい!」 事の顛末を聞いたユスティが俺に頭を下げる。俺は笑いながら彼女をなだめていた。 「次からはちゃんと確認してくれればいい、だからもう頭を下げるのはよせって」 「でも一歩間違えたら恩人のアーネストさんのことを私の勘違いで……」 彼女の怪力とあの重い大剣で頭を殴られたらどうなるか。さすがに手加減はしていただろうが今考えると冷や汗が止まらない。 「そういえば、ユスティはこれからどこか行くあてがあるのか?」 「記憶を元に戻す手がかりを探そうと思うのですが、手がかりは自分のユスティ=エレルンって名前だけ……途方も無いので旅をしながら探そうかと思っていました。」 思った通りユスティはこれから旅に出るようだ。となると次に問題になるのは金だ、それを聞くとユスティは俯いた。 「旅をしながら探すなら、別に目的地は決まってないよな?」 「は、はい」 次の言葉を紡ぐには、少しだけ時間と勇気が必要だった。俺の護衛をする傭兵になってくれ。そういうだけなのだが言葉が出てこない。 沈黙が続く。やがてユスティが口を開いた。 「あ、あの!」 「私を護衛として雇ってくれませんか!?」 真っ直ぐな視線。確かな意思がそこにあった。俺はその眼力に圧倒されながら口を開いた。
[No.10519] 2015/05/25(Mon) 23:34:04 |