資本主義との戦いの理由




 首脳同士の固い握手のそばでは盛大なフラッシュがたかれていた。
 むろん、一国を代表するトップ会談に際しては両国のマスコミが撮影をするのはいつものことである。しかし、今回のそれはいつも以上にフラッシュがたかれていた。なぜなら、それぞれの首脳は朝鮮半島の北と南の首脳であったからである。

 韓国の太陽政策が功を奏したのか、北朝鮮の食糧事情が逼迫したのか定かではないが、この両国間の関係改善は世界的に好意を持って受け入れられていた。しかしある集団においては、この会談を受けて複雑な問題を抱えることになったのである。
 その集団の名は「Japan Red Army(日本赤軍)」という。

 「とうとう北は我々を切ることにしたようだ。強制送還されて収監されるのは間違いない。俺たちも終わりだ。」
 「一概に悲観的になるのはよくないわ、今じゃ日本はある意味天国なのよ」
 赤軍内でもトップの地位にある重信房子は、今回の北の対応を好意的に解釈していた。昭和45年のよど号ハイジャックから約30年、革命続きの生活にもはや嫌気がさしていた彼女は、祖国に戻りたい願望を抱くようになったのである。
 「確かにその通りかもしれない。しかしいかなる楽園が気づかれていようと、それが現政権の下であるのならば浅間山荘で散っていった永田洋子や尾崎充男の魂は報われないんじゃないか。」
 あくまで奥村純一は現在の日本に対しては強硬的な態度をとり続けていた。テルアビブ、ダッカ、パリのソニー工場、三菱重工ビル等の一連の事件を通じて、自らのイデオロギーを全うせんとした彼にとっては、そのような軟弱な勝利はみたくないのかもしれない。
 「但し、」 彼は遠い目をしてことばをはいた。
 「最終的に我々が勝利を得たことには間違いはない。」

 いわゆるJapan Red Armyは、ただのゲリラではなく、イデオロギーを有するテロリストである。彼らの一連の事件は全てそのイデオロギーの実現を目指すものであった。よど号をハイジャックして北朝鮮に渡ったのもしかり、浅間山荘に立てこもったのもしかり、ゴラン高原でのコマンド養成キャンプに参加したのもしかりである。
 そのイデオロギーとは、日本に肉の太平天国を築くこと、であった。
 即ち、北朝鮮に渡ったのは焼き肉の本場を一目見たかったからに他ならないし、浅間山荘に立てこもったのは溶岩石から良質の玄武岩を取り出して鉄板代わりに用いようとしたからである。また、ゴラン高原のキャンプに参加したのは牛肉を食さないイスラム原理主義の改革を目論んでいたからである。
 このイデオロギーに照らしてみると、現在の日本はまさに太平天国といえるだろう。街中至る所に焼き肉屋があり、好きな食べ物として焼き肉をあげる芸能人も増えている。即ち、Japan Red Armyはそのイデオロギーを完遂したのである。


 がちゃり
 鈍い音を立てて両手の自由が奪われた。特別機は北朝鮮の領空を越え、公空域に入ったらしい。冷たい金属の質感を感じながら、奥村は自らの選択について思いを馳せた。
 Japan Red Armyの最高決議により、彼らは条件付きで自主的に帰国する道を選んだのである。そしてその際の条件付けを設けたのが他ならない奥村であった。
 ピンポーン
 チャイムが鳴りスチュワーデスがワゴンを押してくる。奥村はそっと唇をなめてみた。あの中には彼の付けた条件、焼き肉機内食が入っているはずだ。
 「ふフファ、ははハははハ!!」
 不意に彼は笑い出した。その声は高度1万mの機内で高らかに響き続けていた。 

 

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