自民「改憲漫画」:ターゲットは若い主婦…本音もちらり
毎日新聞 2015年05月27日 15時18分(最終更新 05月27日 15時22分)
自民党が改憲をテーマにした漫画を制作した。「さぞやお堅い内容では」と手に取ると、意外なことにユルいギャグ風。そうは言っても、よく読めば話の展開や設定に「ご都合主義」がちらつき、ツッコミどころ満載だ。その中身とは−−。【小林祥晃】
◇「不安、戦争できる国に…」→「改正もいいような気が」
漫画のタイトルは「ほのぼの一家の憲法改正ってなぁに?」(全64ページ)。登場人物は、2歳の男の子、翔太を育てるほのぼの一郎(35歳)と優子(29歳)夫婦、おじいちゃんの司郎(64歳)、ひいおじいちゃんの千造(92歳)の5人。この4世代がドタバタ劇を繰り広げながら、憲法改正について考える内容だ。
物語は、優子が「私は不安で仕方ないのよ〜っ 憲法改正なんて〜っ」「戦争のできる国にする…なんて話も聞くじゃない?」と騒ぎ出す場面から始まる。それを受け、家族が憲法の歴史を調べ「ケータイもネットもなかった時代の憲法で 今の社会についてこれるのかしら」「環境問題についても書かれてないなんて 今の憲法ってエコじゃないのね!」などと“時代遅れ”ぶりが強調される。
今の憲法の草案が、GHQ(連合国軍総司令部)主導で短期間に作られたと振り返るシーンもある。「そもそも憲法って変な日本語が多くない? 特に前文」(優子)、「憲法の基を作ったのがアメリカ人だからじゃよ」(千造)など、「占領下の押しつけ憲法」観が全開のセリフも多い。
そして21ページ。
一郎「(今の憲法では)“敗戦国日本”のままってことなのか……」
優子「いやよ そんなの!!」(とちゃぶ台をドン)
物語の冒頭で「改憲で戦争のできる国になる」と警戒していた優子の、この“変身”ぶり。「戦後レジームからの脱却」を唱える安倍晋三首相が乗り移り、別人になったかのようだ。
憲法制定の歴史に詳しい独協大名誉教授の古関彰一さんは「憲法を作ったのがアメリカ人?」と目を丸くする。
「連合国軍最高司令官のマッカーサーはアメリカ人ですが、占領したのはあくまで連合国。しかも憲法草案は日本人による帝国議会でさんざん審議し、修正も加えられた。9条に関しては『戦争放棄』しかなかったGHQ案に、『国際平和を誠実に希求し』という平和主義を加えたのも日本側です。自由党など保守政党も積極的に賛成しました。しかし、漫画にそういった経緯は描かれていません」
自民党憲法改正推進本部に真意を尋ねたが、「GHQが憲法の大本を作ったというのが歴史的事実と考えている」との答えだった。
漫画家で、憲法改正に反対する識者らでつくる「マスコミ9条の会」呼びかけ人の石坂啓さんは「したたかだな、と思ったのは、登場人物に改憲に対する不安をところどころで言わせているところ」と言う。確かに優子が「(憲法改正で)私たちの生活がどうかなっちゃうのかしら」「やっぱり反対、反対」と叫んだり、一郎も「戦争なんてしない方がいいに決まってるよ!」と言ったりする場面がある。「でも、そんな不安や懸念はやんわり否定されたり、反論されたりして、いつの間にか改憲への抵抗感が薄れていく。漫画としては優れているのかもしれませんが罪深いですね」。劇中でも中盤、優子が「なんだか憲法改正もいいような気がしてきたわ〜」と言い出している。
自民党が2012年に発表した改憲草案には、人権を制約する見直しも盛り込まれ「明治憲法の焼き直し」などと批判された。漫画にも「今の憲法は個人主義的といえるのう」という記述が見える。
「国民は政府の言うことを聞き、ものを考えずにいてほしいという考えがにじみ出ている」と批判するのは弁護士の武井由起子さん。自民党改憲案に反対する弁護士らでつくる「明日の自由を守る若手弁護士の会」のメンバーだ。イラスト入りリーフレットや紙芝居を使って憲法を学ぶ「憲法カフェ」の講師を務める経験からこう話す。「イラストや漫画なら難しい話でも実感的に理解できる。だからこそ、私たちは『権力側に都合の良い内容ではないか』と疑うべきです」
◇個人の自由より家族の絆や地域の連帯?
それにしてもこの漫画、誰に読ませようとしているのか。自民党憲法改正推進本部事務局長の礒崎陽輔・首相補佐官は、4月28日の制作発表記者会見で「ターゲットとした読者層の中心は、若い主婦」と明かした。5万部を刷り、街頭演説会場などで配布している。
「自民党の狙いはよく分かる」と語るのは石坂さん。「絵は現代風でおしゃれ。子育て漫画、主婦向けエッセー漫画によくある軽いタッチで、若い母親世代を狙っているのが明らかです」。そのわりには女性は優子一人しか登場しないが……。
「若い主人公が改憲を納得するには、戦争体験者が『○○じゃよ』と語るのが最も都合がいい。ただ、今の20〜30代の親は戦後生まれだから、さらに上の世代が必要。でも登場人物がこれ以上増えると読者が混乱する。苦肉の策として『男ばかりの4世代』になったのでしょう。おばあちゃんや、ひいおばあちゃんは邪魔だったんですね」。石坂さんは苦笑する。
唯一の女性、優子の描き方に異議を唱えるのは武井さん。「突然、ヒステリックに怒り出したり、流行に流されたりして短絡的で情緒的。『ものを考えていない女が改憲を邪魔している』と言わんばかりです」
終わり近く、ひいおじいちゃんが「現行憲法では男女平等が大きく謳(うた)われて 事実 この70年で女性の地位は向上した」と語り、おじいちゃんが「でも個人の自由が強調されすぎて 家族の絆とか地域の連帯が希薄になった70年かもしれませんねえ」と受ける場面がある。女性の地位向上が家族の絆などを希薄化させたとストレートに言っているわけではないが、そう読まれても仕方がない会話だ。
「社会のひずみの原因をすべて女性に押しつける発想を感じる」と武井さんは憤り、同様の例として、昨年から厚生労働省がホームページに掲載している年金制度のPR漫画を挙げた。「いっしょに検証!公的年金」と題したこの漫画では例えば、少子高齢化で年金財源の将来を心配する女子大生に、公務員の姉が「あんたが結婚してたくさん子どもを産めばいいのよ」と言う。物語の最後は、女性主人公の「今週のお見合いパーティも頑張りましょー!」というセリフだ。案の定、インターネット上で「結婚して子どもを産まないのが悪いのか」という批判が渦巻いた。厚労省の担当課は「全体を読んでもらえば、女性をやゆする意図はないと分かってもらえる」と掲載を続けている。
お上の作る漫画には、どうソフトに装っても、高慢な“本音”がにじみ出てしまうということか。